第464話 昼食(中間報告会)②
黙って聞いていたアカツキが口を開く。
「仮定の話はともかくとして、創造陣っていうのは結局どこまで解析できてんの?」
話を本筋に戻す発言に、ヒロフミが感心した口調で「お前、真面目に話せるんだな」と呟いた。
アカツキは不満そうな表情で「お前、俺に失礼すぎない?」と抗議している。だが、あっさりと聞き流された。
「今分かってることは二つ。一つは――」
ヒロフミが指で創造陣の一部を軽く叩く。
「ここの部分が、特定の記録を読み取ること」
「それは、生じた現象から考えると、アカツキさんに関する記録を読み取ったということですね。……あれ?」
言った後で、自分の言葉に疑問が浮かんでしまった。
「――記録? 記憶と同一ですか?」
「俺は違うと思ってる」
ヒロフミが、得たりと言うような表情で頷く。アルはヒロフミの想定通りのところに引っかかったようだ。
「どのような点で?」
「記憶は自分の主観的なものだ。だが、記録とは他者のもの」
アルはヒロフミの端的な言葉を理解して、パチリと目を瞬かせた。
「……イービルがアカツキさんを創り出すために使ったのは、自分の記憶ではない?」
「アテナリヤからイービルが生じたと言っても、その性質の違いを考えたら、分かれた時点で別の存在だと捉えるべきじゃないか?」
アテナリヤとイービルは敵対しているのだから、言われてみれば同一の存在と考える方が無理があると納得した。
「――イービルはアテナリヤの記憶を多少受け継いでいたとしても、自分のもののように自在に扱うことはできなかった可能性がある。だから、この創造陣に探るための機能を付けた」
「違和感はありませんね」
ヒロフミの考察に、アルは頷きながら、創造陣をじっと見つめた。
イービルの中に残された、アテナリヤの記憶に関する記録。それが読み取るためにも、この創造陣は必要とされたのだろう。
「その機能については、こっちの【転写陣】にも同じ紋様として記されているの。あ、転写陣っていうのは、二つ目の紋様を私たちがそう称してるってだけよ」
サクラが二枚目のメモをひらりと掲げる。
指先で示した部分は、確かに創造陣の一部とそっくりだった。
「こっちは、アカツキさんから記憶――イービルからすると記録ですか、それを読み取るために使用されたということですね」
「ええ。その理解で間違いないはず」
サクラが頷いたところで、ヒロフミが「話を創造陣の方に戻すぞ」と続けた。そして、創造陣が描かれたメモの一部を指し示す。
「創造陣のこの部分は、魔粒子の操作に関わる部分だと思う。アルから情報をもらえて助かった」
微かに微笑むヒロフミに、アルも微笑んで「いえ」と返す。
解析作業中に「アルが霧の森探索のために研究したっていう亜型魔粒子について、資料をもらいたい」と言われて、特急で仕上げて渡したのはつい最近のことだ。すぐさま理解して、創造陣の解析に役立てられるヒロフミはさすがである。
「私はこの部分、ちゃんと理解できてないんだけど……」
サクラが疲れた表情でため息をついた。それを見て、アカツキが「うげっ、じゃあ、俺はなおさら聞いてもわからないじゃん……」とこぼす。
「最初っから理解を諦めてんなよ。がんばれ」
「そうは言っても、難しいのは僕も同感ですよ」
魔粒子はすべての物質を構成する最小単位だ。原初の魔力とほぼイコールだと考えてもいいが、厳密に言えば違う。魔粒子をなんの定義付けもせずに純粋なエネルギーとして構築したものが原初の魔力と言うべきか。
そうした原初の魔力が世界に満ちて、世界・生物の構築に用いられているのだ。放棄された塔で生み出され、増幅されていた魔力も、この原初の魔力である。
「……まぁ、そうだな」
アルのフォローに肩をすくめ、ヒロフミが説明を続ける。
「――俺は最初、原初の魔力を使って創造する仕組みなんだと思ってたんだ。この場所で使われてる創造能力がそうだったからな」
アカツキが「んん? ……異次元回廊は原初の魔力、イービルの創造陣は魔粒子を使ってるってこと?」と自信なさげな雰囲気で呟く。
「ああ。原初の魔力の方が、すでにエネルギーとして形を為しているから使いやすいはずなんだ」
「……なるほど? そういえば、亜型魔粒子を使う場合は、エネルギーとして構築するための理論も組み込む必要がありましたね」
無意識の内にしていたことだったので、ヒロフミに言われて初めて気づいたような感覚だった。
「アルはその点、天才だよな。あっさりと構築しちまってるんだから」
なぜだか苦笑されているが、褒められていると考えていいのだろうか。首を傾げながらも、アルは曖昧に微笑んでおく。
「つき兄のダンジョンも、原初の魔力を使ってるんじゃない?」
「それ、俺に聞いて答えがあると思ってんの?」
「ごめん、無理だったね」
「……即座に諦められるのも、ちょっと心が傷つく」
「わがままねぇ」
「どこが!?」
サクラとアカツキの会話に耳を傾けながら、アルはアカツキのダンジョンのことを思い返した。
創造能力を使っているところを見たことがあるが、特別違和感を覚えることはなかった。普通に魔力が使われているように見えたからだ。おそらく、侵入者などから吸収された魔力がろ過されて原初の魔力となり、創造能力に使われていたと考えられる。
「アカツキさんのダンジョンも、異次元回廊と仕組みはさほど変わりないでしょう。創った存在が同じなんですし」
「俺もそう思ってる」
アルの言葉にヒロフミが頷き、話を本筋に戻す。
「――イービルが使った、創造陣で使われてるのは、魔粒子そのものなんだ。霧の森とは違うもんで、この世界の構成に使われるもんとほぼ同一と考えていいだろう」
「でも、原初の魔力とは違う? エネルギーとして構築されてはいるんですよね?」
アルは当然肯定が返ってくるものと思っていた。だが、ヒロフミは渋い表情で暫く口を閉ざす。
「それが、魔力のような形に構成するような理論が見当たらないのよ」
「え?」
ヒロフミの代わりに口を開いたサクラは、頬に手を当てて困惑した表情だった。
「魔粒子がそのまま使われているように見えるの」
「……なるほど? 面白いですね」
魔粒子そのものを使った創造――それは随分と特殊だ。
「普通は魔粒子から原初の魔力になり、それが定義づけられて魔法なり、物質構成なりに使われる魔力に変わる。ソーリェンとやらは、魔力からさらに魔素に変えられて、物質構成に使用されると言っていたようだが」
「そうですね」
「でも、この創造陣は、魔粒子から直接物質が構成されるんだ。魔力になる段階をすっとばしてる。なんでこれが効果を示せんのか、全然分からねぇ」
ヒロフミが解説をしながら、難問にぶつかった表情で額を手で押さえた。随分と苦悩していそうである。
アルは創造陣を見つめながら、追記されている文字にも目を通した。
現在解析が済んでいるのは、創造陣の上半分。向かって左側が記録を読み取る機能を示し、右側が魔粒子の操作に関わる部分のようだ。
「この下半分は、まだ分かっていないんですか?」
「そうだな。おそらく、記録から創造へ繋げる機能を持ってると思うんだが……」
ヒロフミの言葉に頷きながら、アルはふと視線を上げた。アカツキと目が合う。
暫くアカツキをじっと観察して、首を傾げた。アカツキが「な、なんです……?」と戸惑っているのは気にしない。
「アカツキさんたちって、見た目は人間らしく見えますけど、根本から違う存在ですよね?」
「まぁ、そうだな」
「僕たちの体は、原初の魔力が粘土のようにして形作られていると思うんですけど」
「あっさりそう解釈できるアルさんって、すごいよね……」
なぜかサクラに感心された。聞き流して話を続ける。
「そうやって原初の魔力が構築できるのって、創世神によって人間はそういうものだと定義されて、定型が存在してるからだと思うんです」
「……ほお?」
ヒロフミが関心をそそられた様子で声をもらした。
「では、人間ではないアカツキさんたちは、どうやって構築されるか……。考えてみると、鋳型式が簡単なのかなって思うんです。最初に型があれば、形だけ人間に似せた感じで、中身は全然別物にしやすいですよね」
「イービルが創った鋳型に魔粒子が流し込まれて、形となる? ――あり得るな」
アルはそれに曖昧に頷いた。アルが言いたかったこととは微妙に違ったのだ。
「僕は、イービルが創った鋳型というより、異世界から持ってきた鋳型って考えたんですけど」
「なに?」
「厳密に言うと、記録を基に構成された鋳型、あるいは異世界にいる本人を写し取った鋳型、ですね」
難しい表情をするヒロフミの横で、アカツキが「まったく理解できない……」と疲れ切った口調で呟いてテーブルに突っ伏した。
その隙を狙っていたように、アカツキの手元にある器に顔を突っ込むブランは、さすがに空気が読めてなさすぎる。お代わりは用意してあげるから、アカツキから牛丼を横取りするのはやめてほしい。あまりに可哀想だろう。
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