第463話 昼食(中間報告会)①

 影が彷徨く街で買い物したり、アカツキが設定した魔物と戦ったり。そうして得た食材で、ブランたちのリクエストに応えてご飯を作って、しばらくのんびりと過ごした。


 温泉施設に案内後、そこで過ごしていたジェシカは、アルの想像以上に施設を気に入ったようで、はしゃいでいるように見えた。貴族令嬢らしい控えめさだったが、瞳や声音に喜色が滲んでいたのだ。

 先読みの乙女として役割さえ一時的に忘れている様子で、アルは密かに驚いてしまった。


「――まぁ、俺が考えた温泉施設ですから!」


 これは、アルがポツリともらした「あそこは貴族令嬢さえ魅了する場所なんですね」という感想への、アカツキの返事だ。

 当然と言いたげだったが、心なしか胸を張っているように見えた。ヒロフミが「ドヤ顔、うざ」と吐き捨てて呆れていたので、自慢げと言ってもいいのだろう。


「それはそうと、解析の進捗状況はどうですか?」


 尋ねてから、コメとお肉を一緒にスプーンですくって食べる。

 今日の昼食は、アカツキの要望により牛丼というものになった。ミソスープとサラダ付きだ。


 使ったお肉は黒極牛ノワエクギュウというもので、アカツキ曰く「研究に研究を重ねて生み出した、最上級の肉質の魔物です!」らしい。

 アカツキの脳内では魔物=肉となっている気がしてならない。


 そんなアカツキの発言を聞いていたサクラが、「つき兄って、長く会わない内に食への執念が強くなってるよねぇ。それに、アルさんやブランの考え方に影響されて、魔物を食料としか見做してない気がする……」と呟いていた。


 心当たりしかないアルは、そっと目を逸らすしかない。だが一応、アカツキの思考に最も強く影響を及ぼしているのはブランだ、と言い訳しておきたい。


 それはさておき。

 アカツキが自慢げに豪語するだけあって、黒極牛ノワエクギュウは適度な脂身があり旨味が強い上質なお肉だった。

 このお肉で作った牛丼は、肉の出汁を含んだ甘めのショウユつゆがコメにも染みていて美味しくて、さほどコメが好きではないブランも気に入っているようだ。


「解析なぁ……思いの外、進みが悪いんだが」


 ヒロフミが眉間にシワを寄せて呟く。アカツキがそれを見て、「そうなん?」とお気楽な雰囲気で首を傾げた。

 どうでもいいが、口元にコメ粒がついているのに気づいているのだろうか。


「私たちは一つ目の方から取り掛かってるんだけど、結構難しいのよ」


 サクラが呆れた顔で、アカツキの口元をハンカチで拭ってやっている。それを照れた感じで受け入れるアカツキに、ヒロフミの冷たい視線が注がれていた。


『我はついておらんだろう?』

「ブランの食べ方はきれいだよ」


 万が一にでもアカツキと同類扱いされたくないと思ったのか、ブランが口元を気にしながら問いかけてくる。

 ブランは汚れる度に、無意識で舌を使い舐め取っているから問題ない。唾液、という点では後で拭ってやろうと思う程度だ。


『ふふん、アカツキが駄目なのだな』

「ダメなやつ扱いは、なんか嫌だなぁ!?」

「それなら桜に拭ってもらう前に自分で気づけ。いい年した野郎がよぉ……」

「いい年とか言わないで! アルさんが作った牛丼が美味しすぎて、ついがっついちゃっただけなんだって」

「僕のせいですか?」

「人のせいにするなんて、お前ってやつは……せっかくアルが作ってくれてんのに」


 わざとらしく大げさに咎めるヒロフミに、アカツキは慌てて「あれ!? 褒め言葉ですよっ?」と言い訳を始める。

 アルもヒロフミも、分かっていて揶揄っただけなので軽く聞き流した。


「……報告に戻っていい?」

「おう……」


 呆れた感じのサクラの声を合図に、ピタリと騒がしさが静まった。アルの方から切り出した話題だというのに、アカツキの雰囲気に流されてしまって申し訳ない。


「――っつーか、俺から話す」


 姿勢を正したヒロフミが、傍らからメモを取り出す。

 アルが記録を見て記した紋様に、赤色のペンで様々な追記がされていた。


「俺と桜は、これを【創造陣】と呼ぶことにしたんだが」

「なんらかのものを創造する魔法陣だからですか?」

「厳密に言うと、魔法陣じゃねぇな」


 返ってきた否定に、アルは軽く肩をすくめ「そうでしょうね」と呟く。

 一見すると魔法陣らしい形態の紋様だが、アルが一切読み取れないことから考えて、根本から異なっているものだと予想していたのだ。詠唱と共に使うというのも、魔法陣とは違う特徴である。


「どっちかというと、宏兄が使う呪術に近いのよね」

「ああ。おそらく、そのへんの知識が流用されてるな」


 なるほど、と頷きながら、アルは改めて創造陣を見下ろした。

 言われてみると、ヒロフミにもらった呪術指南書に似たようなものがあった気がする。印象でしか語れないのが、少し悔しい。


「ふへぇ……イービルは呪術知識を持ってたってこと? なんで? 宏が日本で教えてたとか?」

「そんなわけあるか。お前らにも教えてねぇって知ってるだろ」


 アカツキの疑問に、ヒロフミは難しい表情で答える。

 アルは「ますます知識の出所が不思議になりますね?」と首を傾げた。


 アテナリヤが生前にヒロフミたちと幼馴染だったとして、その過程でヒロフミから呪術知識を得ていたなら、イービルが知っていてもおかしくないと思っていたのだが。


「私もそれが変な気がするのよ。完全に新規の、神様独自のものだった方が納得できたんでけどねぇ……」


 サクラがヒロフミを横目で窺いながら呟く。


「神様独自のものだったら、こういう風に解析できない可能性が高いですけどね」

「そうかな?」


 アルの感想に、サクラは否定的だった。


「どういう意味です?」

「アテナリヤは創世神なのよ。神様独自の理論だったとしても、それが世界の創造に使われるなら、どこかで一般にもその知識が伝わっていた可能性が高いと思うの。魔法なんかも、もともとは神様独自の力の一部な気がするのよね」


 アルはサクラの考え方に、目を見張ったものの、一方で納得してもいた。

 魔法は魔物に対抗するすべとして、人間に与えられた能力だ。そのはじまりが創世神からだったとしても全く不思議ではない。


「つまり、魔法は創世神の力の一端であり、魔法知識がある者は、ある程度、創世神独自のものも理解できるということですか」

「私はそう考えてる」


 サクラの返事を聞きながら、アルはますます不思議だと思った。

 アテナリヤから生じたはずのイービルが、呪術的要素を含んだ技術を用いるのはおかしい。ヒロフミは日本で呪術を教えたことはないと断言しているのだから。


「……【神に転じる地】というところで呪術を学んだ、とか?」


 考えつく理由はそれくらいだ。

 アルの独り言じみた言葉に、ヒロフミが曖昧に頷いた。


「その可能性はある。そもそも、呪術っていうのも、神に請願する文言が含まれていることがあるし……神から伝わって俺たちが使っていた技術だと考えることもできるからな。正直、呪術がいつどうやって成立したか、歴史を紐解いたところで判然としねぇ」


 アルは小さく頷く。ヒロフミが言いたいことはなんとなく理解できた。


「ああ、なるほど。ヒロフミさんは代々呪術師なんでしたよね。それなら最初の呪術師であるご先祖様に呪術を教えた存在を、仮に呪術神だと定義して、呪術神かあるいはその同等の存在が【神に転じる地】でアテナリヤに魔法のような技術として教えた、と……」


 そこまで言ってから、アルは眉を顰めた。思わずヒロフミの顔を凝視してしまう。


「――それ、真の黒幕は呪術神ということになりません?」


 黒幕という言い方はおかしいかもしれないが、この世界が誕生したのが創世神によるものなら、その創世神を誕生させたのが呪術神と言うこともできるはずだ。すべての始まりは創世神ではなく、呪術神だったと解釈しても違和感がない。


「そもそも普通の人が神になることはそうそうねぇんだ。なんらかの存在が手を出した結果だと考えるのが順当だろう」

「そうそうない、ということはたまにはあるんですか?」

「日本じゃ、強い恨みなんかの感情を持って死んだやつの魂を鎮めるために、神として祀るなんて昔はよくあったことだ」


 アルは理解できない概念だ。ブランも『ただの人間を祀る……? 王が神聖化されるようなもんか?』と呟きながら首をひねっている。


「……彼女は、神に転じるほどの感情を抱いて亡くなったわけではないですよね?」

「ないだろうな。そこまで意志の強いタイプじゃなかった」


 ヒロフミに続いて、サクラも「少なくとも、自分から神になってまでして、なにかを成そうとする性格じゃないよ」と言って頷く。


「では、何者か――仮定として呪術神がアテナリヤを神に転じさせた、と考えていいわけですね」

「俺は複雑な気分だが、そう理解していいだろうな」


 自身の才能に通じる存在が、一人の人間の魂を操作した可能性に、ヒロフミは渋い表情だった。

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