第462話 未来を思う

「――長く生きてきて、いつか日本に帰りたいと思っていても、ほとんど諦めてた。だから、俺たちが創られた存在だって言われても、そこまで衝撃は強くなかったんですよ。もう、日本に帰るっていう、無理な夢を追い求めなくてもいいんだって」

「無理な夢……」


 アカツキの言葉を繰り返しながら、アルは塔で解析作業に勤しんでいる二人の姿を思い浮かべた。


 長く帰還の夢を追い続けていたが、二人はそのことに疲れを感じていたのか。手がかりさえほとんど存在していなかったのだから、それもしかたない。


「二人は、仲間を殺したことを気に病んで、自分たちの望み以上に、帰還の方法を追い求めていたように見えました。それが亡くなった仲間に報いることなんだって、思ってたみたいで。罪悪感から逃れるための、贖罪みたいなものだったんだと思います」


 アカツキが訥々と語る。普段の明るく騒がしい雰囲気とは違い、落ち着いた口調が別人のようだった。だが、これもアカツキの一面にすぎないのだろう。


 それにしても、『贖罪』とはそれこそが重荷であるように感じられる。それを背負っていたヒロフミとサクラの心に思いを馳せると、やるせない気持ちになった。


『生きにくい考え方だな』

「そうですねぇ。今までのあいつら、ずっと過去を見て進んでたようなものだったから。……でも、アルさんのおかげで、だいぶ解放されたみたいです。本当に、ありがとうございます」


 アルに視線が戻ってきた。アカツキは微笑み、心から感謝の念を抱いているように見える。それが少し不思議だ。


「帰還の望みを打ち砕くようなことを言って、こんなにまっすぐお礼を言われるとは、想像していませんでした」


 三人に話すまで、アルはずっと悩み続けていたのだ。三人が知らされた事実にどれほど傷つくだろうかと考えて、躊躇してもいた。


 だが、結果、三人は思いの外明るい感じで情報を受け止め、強く前進しようとしている。それは驚くべきことだ。

 その理由が、『無理な夢を追わなくていい』ということだったのなら、少し複雑な気分になる。


「新たな一歩を踏み出すには、それくらいの衝撃が必要だったんですよ。……仲間のことは不幸だったけど、いち早くこの世界から逃れられたって考えると、幸せでもあったんじゃないかって思えるんです。手っ取り早い方法でしょ? ……あの剣だって、アテナリヤなりの救いの手だったんだと、今なら思えます」


 アカツキが目を細める。その表情は複雑だ。

 アテナリヤが日本ではアカツキの婚約者だった可能性を考えると、そんな表情になるのも無理はない。


 サクラたちにもたらされた剣が、真実、救いを目的としたものだったかは、アルもまだ結論が出ていないのだ。それでも、アテナリヤの優しさだと信じたいアカツキの思いを否定することはしたくない。


「――本来存在していなかったはずの俺たちなら、帰還を夢見て苦しむよりも、穏やかに消える方法を探したい。それは全然消極的な望みじゃなくて、明るい未来なんです」


 明るい未来。

 アルはまだそう納得できる境地には至っていなかった。だが、肩のところでブランが頷く気配を感じて、長く生きた者特有の考え方なのだろうかと思う。


「アカツキさんたちがそう望んでいるなら、僕も協力しますよ」

「ありがとうございます。きっとあの二人も同じ思いですよ。だからこそ、これまで以上に張り切っているわけです。解析さえできれば、アルさんがどうにかしてくれるって」


 にこっと笑ったアカツキに、アルは苦笑を返した。


「期待が重いですね」

「重荷にはしなくていいですよ! アルさんは、アルさんの人生を歩んでいるわけですし。ちょっと寄り道して、手助けしてくれたら嬉しいな〜ってだけっす。――その結果に、責任を持つ必要もありません」


 真剣な口調で付け足された言葉に、アルはハッとしてアカツキを見つめ直した。静かな微笑みがアカツキの口元に浮かんでいる。


「それは、どういう意味ですか?」

「そのまんまです。アルさん、きっと話すことをすごい悩んでくれたでしょ? 俺たちを傷つけるんじゃないかって。さっぱりしてるように見えて、案外愛情深いから。親しくなった人には冷たくできないタイプですよね〜。だから、俺たちのことで責任を感じないでって、言っておきたかったんです。どんな結果になったとしても、俺たちが望んだことですから」


 しばしの間、アルは口を噤んだ。

 どうしても結果に責任を感じるのはしかたない。そのことを、アカツキが必要ないと言ってくれて、少し肩の荷がおりた気分だった。


 だが、自分の性格を分析されるのは、少し居心地が悪い。そして、『愛情深い』なんて言われたことがないから、本当に自分のことを言われているのかと疑問に思ってしまう。


「……悩んだのは当たってます。でも、愛情深いですかね?」

「ブランとの関係を見てたらそうだって分かりますよ。俺たちのことも、深く考えて悩んでくれたのは、申し訳ないけど、ちょっと嬉しいですね。それだけ仲良くなれた気がして」


 ニコニコと笑うアカツキの顔を、アルはじっと見つめた。

 確かに、アカツキたちに事実を告げるか悩んだのは、親しい関係だったからだろう。アルはどうでもいい人のことを深く考えるほど、博愛主義ではない。


 だが、ここまで内心を言い当てられると、なんだか悔しい気がしてきた。


「……気がする、なんて寂しいことを言いますね。僕はアカツキさんのこと、前から親しい友人だと思ってましたよ?」


 アカツキがぽかんと口を開けた。

 その間抜けな表情を見て、アルはつい笑ってしまう。悔しさなんて消し飛ぶ威力だった。


「アルさんが、デレた……!」

「あ、でも、ダントツ一番はブランなので」

「知ってた!」

『ふふん、羨ましがってくれて良いぞ』

「その誇らしげな感じ、憎たらしいけど可愛い……」


 アカツキが「負けた……でも、しかたない。当然だもん……」と肩を落とす。それなのに、表情はずっと綻んだままで、張り詰めた空気が霧散しているように感じられた。


『アルも、親しみを表すならば、いくらでも歓迎するぞ』

「その表現方法に、食べ物を求めてるよね?」

『……そんなことは、ない!』


 返事の前の間が、真実を表していると感じたのはアルだけではないだろう。

 呆れながら、「それじゃあ、お望みのものを作りに食材を集めてこようか」と再び歩き始める。


 後ろからついて来る足音に、アルは微笑み「アカツキさんは何を食べたいですか?」と聞いてみた。久しぶりに食べてもらうのだから、希望するものを作りたい。


「えー、食べたいもの多すぎて困っちゃいますねー。アルさんがいなくなってから気づいたんですけど、俺の胃袋、完全にアルさんに掴まれちゃってるんですよ!」


 以前も言われた言葉だ。その時は、『胃袋を掴む』だなんて、グロテスクなことを言うものだと思った。だが今は、それが褒め言葉であることをちゃんと理解している。

 それもアカツキと共に過ごして、仲良くなった成果だろうか。


 この日常がいつか消えると考えると、なんだか寂しくなってしまう。その日が来た時、アルはアカツキたちを引き止めずにいられるだろうか。


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