第465話 昼食(中間報告会)③

 ブランに牛丼のお代わりをあげてから、アルはヒロフミに視線を向けた。


「鋳型式の利点は、もう分かってますよね?」

「……作りたいもののオリジナルが存在していれば、それから型をとってほぼ同一のものを簡単に作れる」


 ヒロフミが頷いて答える。その横で、サクラが「あー、そうね」と納得してた。


「っ、待って、俺、いつの間に完食した……!?」

「話題を逸らすようなこと言うなよ」

「だって、俺の牛丼がなくなってんだもん!」


 体を起こしたアカツキが、どんぶりを覗き込んでから騒ぎ始める。ブランはしれっとした顔で、牛丼を味わっていた。


「お前が無意識で食べ終わってたんだろ」


 絶対にブランが食べたことに気づいているだろうに、ヒロフミは軽く受け流すような返事をする。

 そんなヒロフミの悪戯っ子のような目の輝きに気づいていないのか、アカツキは必死に思い出そうとしていた。


「えー……そうだったけ? 桜に拭ってもらってから、汚さないようにきれいに食べようとしてて……箸じゃなくてスプーンにしようかな、って思って……そこで話に夢中になったんだよ。食器変えようとしてたんだから、食い切ってない!」


 そんなに思い返さないと気づけないものだろうか。

 アルは完全に話が逸れていることが気になりつつも、アカツキの今後の反応が楽しみになって、つい静観してしまった。


「――え、じゃあ、なんでないの……? こんな米粒ひとつ、つゆの形跡さえほとんど残さず、まるで舐め取ったよう、な……はっ!」


 アカツキの顔が勢いよく動いた。ブランと空になったどんぶりを交互にみつめる。


「つき兄……気づくまで時間がかかりすぎでしょ」

「やっぱブランが食ったんだな!? というか、桜は気づいてたのかよ!」

「むしろ、気づいてなかったのはつき兄だけじゃない?」

「えっ……!?」


 アルはアカツキに見つめられて、苦笑を返した。ついでに、作り置きしておいた牛丼をアイテムバッグから取り出す。


「ブランがすみません」

「ゆ、ゆる……す!」


 すごく簡単に許された。新しい牛丼の効果は絶大だったようだ。

 ヒロフミが「簡単に懐柔されてやがる」とぼそりと呟いているが、アカツキは全く気にしていない。むしろ「牛丼の総量が増えて、むしろお得だったのでは」と嬉しそうな表情だ。


「話を戻すが」


 ヒロフミがアカツキのどんぶりから肉を奪いながら話し始める。アカツキが抗議しようと開いた口は、ヒロフミが何かが書かれた紙を揺らした途端、ピタリと閉ざされた。


「アカツキさんに何を……?」

「口封じのしゅ

「……ご飯も食べられなくなってない?」


 ヒロフミの答えに、サクラが微妙な顔をしていた。笑いそうでありながら、哀れみを含んだ眼差しに、アカツキはバンバンと机を叩いて不満を表す。


「さらにうるさくなってません?」

『うるさいな』

「たしかに、ここは違う呪を使うべきだったな」


 ヒロフミが指先を揺らすと、アカツキの口が開かれた。


「っ、ひっでぇな!」

「うるっせぇよ」

「問答無用で、なんか変なことしてくるから――」


 アカツキの額に紙がはり付く。紙に書かれているのは、アルでは読めない字だった。

 寄り目で紙を確認したアカツキは、ぶすっと膨れ面でヒロフミを睨みながらも、食事を再開しようとしている。

 自ら取ろうとせず、受け入れるところはさすが幼馴染と言えるだろうか。


「それは?」

「消音の呪」

「……はり付けた対象者の音を消す?」

「ああ、そのままだな。一応言うと、間違った手順で剥がされた場合、額に『馬鹿アホ間抜け』って文字が書かれる。一日経たないと消えないやつ」


 まさかの、トラップ付きの術だった。

 アカツキが『そんなことだろうと思った』と言いたげな表情をしているあたり、ヒロフミのこういった呪術の使い方は珍しいことではないらしい。


「まぁた宏兄はつき兄のことからかって」


 サクラが苦笑しながらも、窘めるような口調で言う。


「からかい甲斐があるのがいけないんだ」


 ひどい責任転嫁を見た。

 アカツキがヒロフミの肩をバシッと叩くが、即座にやり返されている。この二人のやり取りは、時々バイオレンスだ。


『それより、話を続けるのではなかったのか?』

「話が逸れた発端はブランの盗み食いだったんだけど、しれっと言うね?」

『アカツキの飯は我の飯。我はなにも悪いことはしておらんぞ?』


 本気で悪びれない表情だった。アカツキが愕然とした表情をしているのが、視界の隅に映る。

 アルは額を手のひらで押さえて、「どこで教育を間違えた……?」と呟いた。


「まぁ、なんというか、教育どうこうじゃなくて、シンプルにブランの魔物気質の影響じゃないか?」


 ヒロフミのフォローと言えるかどうかも微妙な言葉に、アルはクインの姿を思い浮かべる。クインは今、魔物狩りに行っているのだ。

 クインがブランと同じようなことをするとは到底思えないので、魔物気質の影響の可能性は低い気がする。


「……どうでしょうね。それより、話です。えぇっと……鋳型式の利点について、話しましたよね?」

「ああ。アルが言いたいのは、日本にいる本物からスキャンなりなんなりで型をとって、造形してるってことだろ? 確かにそれだと、単純に記憶から粘土を捏ねるようにして形を作るより、本人が違和感を覚えないくらい本物そっくりに作れるかもな」


 言いたかったことをまとめて言われた。アルは無言で頷く。正直【スキャン】という言葉の正確な意味は分からなかったが、おそらく写し取ったり、解析したりする行動を指しているのだろう。


「それでいて、構成するものはこの世界独自の特別性。魔粒子を魔力に変化させなくても、型に押し込めて逃さないようにしたら、物質的性質を持たせて維持できるのかも?」


 サクラがヒロフミに続いて言い、納得を示した。


「ああ、確かにそうだな。もしかしたら、型自体にそういう作用があるのかもしれない。そういう特殊な作りだから、本来この世界の人間では許容できないほど高濃度の魔力――正確に言うと魔粒子――を保持できている可能性があるな」


 考察を進めるヒロフミに、サクラもさらに思考を発展させる。


「私たちがこの世界の魔法を使えない理由もそれじゃない? 魔法は魔力を使うこと前提の理論で成り立ってるけど、私たちが持ってるのは魔力じゃなくて、魔粒子だもん。魔法じゃ扱えないでしょ。でも、宏兄が作ったまじないは、魔粒子の方に働きかけられるから」

「そういうことだろうな」


 二人の会話を、アカツキがきょとんとした顔で聞いていた。絶対理解できていない。

 アルはなんとなく理解できたが、ブランは最初からほぼ聞いていない感じだった。


「……つまり、お二人も、僕の考えに同意してくれたということでいいんですね?」

「現時点でもっとも高い可能性の一つだな。それが答えになるかは、この部分を解析してみないことには分からないが」


 ヒロフミが創造陣の下半分を指先で叩く。慎重なヒロフミに対し、サクラは肩をすくめながら微笑んだ。


「でも、アルさんのおかげで方向性は見えたね。解析しやすくなったかも」

「どこから手を付けたらいいかも分からない状況だったからな。アルの仮説を確かめるなら、【型作り】【魔粒子の封入による形作り】【人格の植え付け】って感じの段階があることになる。そういう想定で解析してみよう」


 ヒロフミとサクラの目に、やる気が満ちているように見えた。

 昼食前までは少し疲れた表情だったから、精神的に回復できたなら良いことだ。


「僕はこれ以上手助けできませんけど、頑張ってください。――あ、デザートいります?」

「いる!!」


 サクラがぱぁっと顔を輝かせる。その表情はアカツキとよく似ていた。

 仮説を提示するよりも、デザートの方がサクラには効果的だったのかもしれない。

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