第460話 探求の旅の話⑤
「――それ、どういうことだよ……」
呆然とした様子で呟くアカツキに、ヒロフミがちらりと視線を向ける。サクラはアカツキに先んじて情報を受け入れたようで、黙ったまま目を瞑っていた。
「俺は、この世界がゲームの設定と似てるって気づいた時から疑ってた。俺たちが知る誰かが、この世界を創ったんじゃねぇかって」
「俺たちが知る誰か……?」
反復して呟いたアカツキの目が、ゆっくりと見開かれていく。
その様子からアルは目を逸らした。
「あのゲームのことを深く知ってんのは、製作者のアカツキと、それで遊んだ俺、桜、――そして幼馴染であり、アカツキの婚約者だった彼女、だ」
ゆっくりと語りかけるような言葉だった。苦みを含んだ声は、ヒロフミの感情を強く反映している。
「……それは、つまり、俺の婚約者が……アテナリヤ……?」
アカツキの茫然自失したような声が痛々しい。
アルは視線を上げて、アカツキを見据えた。
「あくまで、現在想定しうる可能性の一つです」
「だが、極めて高い可能性だ」
アルのフォローを無にするように、ヒロフミが断言する。
ヒロフミも衝撃を受けた様子だったのに、今は冷静そのものの表情だ。
「ヒロフミさん……」
「可能性がある以上、つらいことだからと目を逸らしていたら、何もできない」
「そうよ。アルさんが気遣ってくれるのは嬉しいけど、私たちは未来を見据えてここにいるの。知るべきことは、すべて知りたい」
ヒロフミに続いて、サクラからも力強い眼差しが向けられた。
アルは二人の覚悟と強さに驚嘆する。こういう風に考えるのは、とても難しいことだと理解していたのだ。
そして、今後アルがさらなる情報を告げた時、二人ならきちんと受け止められるだろうと思えて、ホッと安堵した。
「俺たちが想定する人物がアテナリヤだとすると、色々と腑に落ちるな」
ヒロフミが呟く。
「――神に転じる地、という言葉が日本語で伝わっていることとか」
「この世界が私たちにとって最初からあまり違和感がなかったことも、その影響かも」
「確かに、言葉は違うようだが、基礎的な世界構成は、俺たちのところとかけ離れてないからな」
サクラと頷き合っているヒロフミの様子からは、もう衝撃さえも消え失せているように見えた。
「私たちがあの子の名前を覚えてないことも、そのせいなのかな?」
「おそらくそうだろう。それがアテナリヤにとってどういう意味を持つのかは、分からねぇが」
二人の会話に、アルは口を挟むことにする。そのことは、アルも様々な考察をしていたからだ。
「それは、世界を守る管理人として不要な弱さを生み出す可能性があったからではないでしょうか?」
「不要な弱さ?」
問い返してきたのは、ヒロフミたちではなく、呆然としていたアカツキだった。アルの言葉が意識に引っかかったのだろう。
アルはヒロフミとサクラからも視線が集まるのを感じながら口を開く。
「ええ。もし皆さんが、アカツキさんの婚約者とアテナリヤを結びつけて考えることができていたら、どうしていたと思いますか?」
「そりゃ、昔なじみの間柄なんだから、俺たちが帰れるように頼んで――……なるほど」
ヒロフミは答えながら、アルの考えを悟ったようだ。深く頷いている。
「つき兄なら、また愛そうとしていたかもね。現実ではもう亡くしていたんだから、この世界で一緒に生きようって考えるかも?」
「……俺、そんな感じ?」
「ああ、そうだな」
「亡くした時のつき兄、ひどかったもん」
アカツキが静かに苦笑した。ほとんど記憶にないようだから、実感が湧かないのだろう。それでも、幼馴染の言葉を否定するつもりはないのだ。
「そうした仲間意識は、創世神としてこの世界を守る義務があるアテナリヤにとっては、苦しいものだったのかもしれません」
アルはアテナリヤの気持ちに思いをはせる。
そもそも、アカツキたちがこの世界に誕生することを、アテナリヤは望んでいなかったはずなのだ。神として生きることを決めた彼女にとって、人として生きていたことを思い出させる存在は、根源を揺さぶるようなもの。
「――彼女が優先すべきは世界の安定で、皆さんのことに心を傾けることは許されなかった。どれほど皆さんの願いを叶えたいと考えても、それは不可能」
「……そうだな。加えて言うなら、俺たちが創られた存在なんだと、俺たちに知らせることも苦しいことだったんだろう」
アルの言葉にヒロフミが付け足し、その後暫く沈黙が続いた。それぞれがアテナリヤのことを考えているのだ。
「――人としての感情が迷いを生み、神を弱くする……。だから、そもそも感情を捨て去ったはずだったのに、それでも煩わされる可能性を厭って、俺たちから彼女の名を消して、存在をあやふやにさせた」
ヒロフミが視線を上げて呟いた。それに対して、サクラが小さく頷いて言葉を続ける。
「できる限り、私たちと関わりたくなかったんだろうね」
アルは考察したイービル側の思いを話すことにした。
「イービルは悪なる心から生じています。――会いたいと望んでいても、それは悪いことだからダメだと戒めていたはずのアテナリヤの思いに弱さを見出し、それが世界を揺らがせる可能性に気づいた。そして、アテナリヤを揺らがせ、世界を崩壊させる一手にするために、皆さんを創り出した」
アルはそう告げて、三人の顔に視線を巡らせた。複雑な眼差しがアルの視線を迎える。
「俺たちは、手先ってだけじゃなくて、そういう意味もあったのか……」
「私たちはアテナリヤから直接危害を加えられたことがなかったし、イービルからしたら、矛であり盾みたいなものだったってことかな」
「言っちゃ悪いけど、クソじゃない?」
アカツキが吐き捨てるように言う。それを眺め、ヒロフミとサクラは肩をすくめた。
「そりゃ、悪として生まれてんだから、クソに決まってんだろ」
「そういう存在なのよ」
達観した感じの二人に、アカツキは不貞腐れた様子で頬を僅かに膨らませた。すぐさま、ヒロフミに「いい年した野郎の膨れ顔は不快以外のなにもんでもねぇ」と言われて頭を叩かれていたが。
「――それにしても、アテナリヤが彼女だとすると、アカツキが最初に創られたのもそのせいってことか?」
「どういうこと?」
ヒロフミが天井を見上げつつ呟くと、アカツキが叩かれた頭を撫でながら視線を向けた。
「一番印象深い人物ってことで、アテナリヤから分かれた存在であるイービルにも、色濃く記憶が残っていたんじゃねぇか? 創り出した存在に人格を与えられるくらいにな」
「あ、その話をしてたんだったね」
サクラが頷く。
アカツキの人格はどこから生じているのか、というのが話の発端だったのだ。
「その記憶を核に、異世界にいるアカツキさんに干渉して、人格を写し取った可能性もありますよ」
アルが指摘すると、ヒロフミはテーブルに投げていたメモを指先で叩く。アカツキが創り出された時に使われた魔法陣らしき模様が、事実を明らかにするための鍵に違いないのだ。
「あー……結局、これの解析が重要ってことか」
「そうですね。お願いします」
ヒロフミは苦笑して「りょーかい」と呟いた。
「そんじゃ、俺以外のみんなはどうやって? それもアテナリヤとかイービルの記憶から?」
アカツキが呟くように疑問を投げかける。
ヒロフミとサクラは黙り込み、視線を交わしていた。おそらく、二人はなんとなく答えを悟っているのだろう。
アルも事実はまだ知らないが、可能性の高い考察は持っている。
「……僕は、アカツキさんの記憶を基に、他の方々の人格ができているものだと考えています」
「え、なんで……俺じゃなくても、いいんじゃ……」
目を見開くアカツキに、アルは目を伏せる。
「アカツキさんは、精霊の王に『根源』と呼ばれていましたよね?」
「あ、確かに、そう呼ばれてたような……」
「それは、すべての魔族の基になった、という意味なのではないかと」
アカツキが息を飲む。
サクラとヒロフミは目を伏せながら小さく頷いて、アルと同じ考えであることを示した。
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