第459話 探求の旅の話④
暫く沈黙が続く。
アルは三人が情報を受け入れられるようになるまで静かに待った。
「……あー、あのさぁ」
不意にアカツキが口を開いた。
その表情からはアカツキが受けた衝撃の強さが窺えたが、目には戸惑いの方が色濃く滲んでいる。
「よく分かんないんだけど。つまり、俺は、というか宏や桜も含めてみんな、この世界に転移でやって来たわけじゃなくて、ここで生まれた――いや、違うな……」
何度も言葉を迷い、躊躇いながらも、アカツキが言葉を続ける。
「――この世界で魔素ってやつで創られたってことですか? ニイや魔物たちみたいに?」
アルはその問いに、小さく頷きを返した。
ブランやクインにも視線を向けたアカツキは、「そっかぁ……」と呟いて目を伏せる。
「……待て。それなら、疑問が出てくる」
ヒロフミが視線を上げた。眉がきつく寄せられている。
「疑問ってなに?」
「桜、俺たちが創造能力を行使する時、そこに個性は生まれるか? 人格的な意味だが」
そこに気づいてしまったのか。
アルは一瞬、強く目を瞑った。ヒロフミの問いに答えれば、三人に再び大きな衝撃を与えることになると、よく分かっているのだ。
「ニイにはある程度人格を設定したけど」
「ロボットにプログラミングする程度の人格だ。つまり、AIくらいのもので、個性とするには足りない」
「……何が言いたいの?」
ヒロフミの遠回しな指摘に、サクラが焦れったそうに答えを促す。
そんな二人の会話を黙って聞いていたアカツキが「あ……」と声をこぼした。全員の視線がアカツキに集まる。
「俺たちが、創られた存在だって自覚がないのはなんで?」
「え……それは……どうして……?」
アカツキの言葉にサクラが答えようとして言葉に詰まった。目が大きく見開かれていく。
三人の視線がゆっくりとアルに向けられた。
「記憶があやふやな暁はともかく、少なくとも俺や桜は日本にいた頃の記憶から地続きで、この世界での記憶が続いている。これはどういうことだ?」
疑問を明確にして尋ねてくるヒロフミは、正確な答えは知らずとも、そこに隠された真実の重さを悟っているように、厳しい眼差しだった。
「……それに答えるには、まず課題となっていた魔法陣らしきものについて語る必要がありますね」
「課題? あぁ、風によって描き出された魔法陣、か」
即座に思い当たった様子でヒロフミが呟く。
この知識の塔で、何者かが起こした風によって示された解析不能の魔法陣らしき模様。それを調べることは、アルが外を旅した目的の一つだったのだ。
「そうです。イービルの過去の記録の中に、それの完全体と思しきものが見つかりました」
「へぇ……そりゃ重畳、って言ってもいいもんかね」
ヒロフミが目を細める。それに対し、アルは肩をすくめた。
「どうでしょうね。ヒロフミさんたちがどう考えるのか聞くのが僕は怖くもあるのですが」
答えながら、イービルの記録の中で書き写した模様をヒロフミたちに見せる。
「……これは……読み取り? いや、映し出し? ……解析しねぇと正確なところは分からないが、何かを読み取り、それに関連した情報を映像として映し出す感じの効果がありそうだな」
「すぐにそれが分かるだけすごいですよ。僕は全然分かりませんでしたし」
鑑定もこの模様に関しては情報を示してくれなかった。
ヒロフミに模様の解析を頼み、アルは見てきたことの話を続ける。
「――これを描く時、イービルは創り出したアカツキさんの額に触れていました。完成した後、詠唱とともに発動させると、灰色の街と生き生きとした人間の姿が映し出されたんです」
「あ? ……それはもしかして、日本の光景ってことか」
ヒロフミたちが目を見開く。
アルは「おそらくそうだと思います」と頷いた。異次元回廊内にある影が彷徨く街は、日本を模していると聞いている。映し出された光景は、その街とよく似ていたのだ。
「それって、つき兄の記憶を読み取って映し出したの?」
「映像は移動する様子を見せていて、それは人が歩いている視点のようでした。暫くすると、サクラさんが出てきたので、おそらくアカツキさんに関連するものでしょう。ですが――」
アルはそこで言葉を切った。
正直、サクラの問いに対して、アルはまだ答えを見つけられていないのだ。ヒロフミに頼んだ模様の解析により、真実は明らかになると思う。
「これ次第、って感じか」
ヒロフミが紙を指で挟んで揺らした。ヒロフミもアルの考えと同じ結論になったようだ。
「そうですね。仮説としては二つ。一つは、先程サクラさんが言った通り、アカツキさんの記憶が映し出された、というもの。もう一つは――」
可能性としては、一つ目の仮説が正しい確率が高い。だがアルは、もう一つの方が事実になってほしいと願っていた。それはアカツキたちにとって救いになるはずだから。
「異世界にいるアカツキさんが見ているものが、そのまま映し出されている、というものです」
「っ……なるほど」
ヒロフミが目を見張り、息を飲んだ。サクラも一拍おいて「あぁ、そういうことね」と呟く。
一人、アカツキだけが首を傾げていた。
「待って、待って、それどういうこと? 異世界にいる俺?」
「よく考えろよ。ここにいる暁が創り出されたもんなら、異世界には本物の暁が残ってるはずだろ?」
「あ……えっ、ドッペルゲンガーみたいなもの?」
「なんか違う気がするよ?」
アカツキの言葉にサクラが首を傾げる。ヒロフミは呆れた雰囲気でため息をついていた。
「それより、アルが言ったことが正しいとすると、創り出されたアカツキは元々記憶か、あるいは個性を持っていたってことか?」
「そうですね。それについては、アカツキさんが創られるのに使われた魔法陣らしきものを解析してもらわないと、正確な答えは分かりませんが」
アルが最初に渡した方のメモを指すと、ヒロフミは「確かにそうだな」と呟いた。その顔には僅かにうんざりとした雰囲気が滲んでいる。やることが多い、と言いたげだ。
「――ソーリェンさん曰く、アカツキさんがこの世界に登場してから半年後に、他のみなさんが現れたそうです。つまり、みなさんの存在に関する謎を解明する鍵は、アカツキさんが持っているはず」
全員の視線がアカツキに集まる。
アカツキは「お、俺……?」と戸惑ったように視線を彷徨かせた。
「本人に聞いたところで意味はねぇな」
「そうね。これを解析する方が有意義よ」
「もうちょっと頼ってくれてもいいんじゃないかな!?」
あっさりと視線を逸らしたヒロフミとサクラに、アカツキが勢いよく抗議した。
だが、二人の意見にアルも同意だ。記憶があやふやなアカツキを頼るほど、無意味なことはない。
「仮定としてですが」
空気が少し和らいだところで、アルは引き伸ばしていた話をすることにした。
「――僕はイービル、あるいはアテナリヤが最初からアカツキさんの情報を持っていた可能性があると考えています」
「は? ……あぁ、そうか。そもそもこの世界がゲームを基にして創られているなら、そのゲームの作り手である暁のことは知っていて当然だろうな」
すぐにアルが言いたいことに理解を示したヒロフミとは違い、サクラが首を傾げる。
「あのゲーム、私たち幼馴染くらいしか知らないはずだけど……。神様なら知れるの?」
「いや、日本に関して知識を得る時は、アテナリヤは神ではなかったはず――ん?」
サクラに答えた後、ヒロフミが不思議そうに片眉を上げて考え込んだ。それから暫くして、探るような眼差しを向けてくる。
「――アテナリヤはどうやって、ゲームの情報を知った?」
アルは躊躇いながら口を開く。
「そのゲームのことを知っているのは幼馴染くらいなのでしょう?」
サクラが言ったことを繰り返すように伝えた。それだけでヒロフミには伝わるはずだ。
「あぁ……そうか……」
ヒロフミがグッとまぶたに力を込めて目を瞑った。きつく寄った眉間のシワが、苦悩を示しているようだ。
「――俺たちの幼馴染はもう一人いる。名前を思い出せない、暁の婚約者。あいつなら、知っていたはずだ……」
アカツキとサクラが「えっ……」と声をこぼした。
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