第457話 じゃりじゃり砂糖
アルが時系列で説明していくことにした。
「オリジネの協力を得て、放棄された塔にある転送陣を使用し、聖域に向かったんです。シモリが言っていた通り、僕たちが辿り着いたのは隠された場所のようでした」
ちらりとクインを見る。すると、小さな頷きが返ってきた。
「吾が何度か訪れた聖域とは雰囲気が違ったからな。それは確かだ」
「へぇ。隠された場所っていうことは、なんかお宝がありそうですね〜」
アカツキがワクワクした感じで身を乗り出す。
お宝と言われればそうかもしれないが、アカツキたちにとって喜ばしい成果であるかは、まだ分からない。
アルは曖昧な笑みでアカツキの言葉を聞き流した。
そんなアルを、ヒロフミがじっと見つめて、わずかに目を細める。アルの躊躇いを察したのかもしれない。
「……そこで出会ったのが、ソーリェンです。聖域の礎になった精霊だそうです」
「はっ? その精霊は、生きていたのか?」
目を見開いて驚くヒロフミの当然の問いに、アルはクインやブランと顔を見合わせて、首を傾げる。
果たして、あの状態のソーリェンは生きていると言っていいのだろうか。
「生きていたというか、意識の残留って感じですかね?」
「問答はできたようだがな」
『思考能力がある時点で、ただの残滓というわけではないだろうが……生きているという感じはしなかったぞ。あの森と同じだ』
アルを含め、実際に相対したみんなが同様の感想のようだ。
ソーリェンはシモリと似ていた気がする。
シモリは霧の森の管理を担うだけの存在で、そこに生命体のような生気はなかった。
そして、それはソーリェンも同じだ。聖域を管理する存在として多少人格が残っていても、生きてはいない。
「あの森?」
「聖域の森ですよ。僕たちが辿り着いたところは、森全体が真っ白で、生気を感じない場所だったんです」
「へぇ……そりゃ、なんだか寂しい感じの場所だな」
ヒロフミが「イメージしづらいが」と肩をすくめながら呟く。
「白っていうところに、創世神のイメージが重なる気がするな〜。聖域は創世神が創らせたところだからなんですかね?」
アカツキの問いに、アルたちは首を傾げた。
言われてみればその通りだが、答えなんて知らない。ソーリェンと話している時に質問すれば教えてもらえたかもしれないが、当時のアルは次々に明かされる情報を処理するので必死だったのだから。
「そうかもしれませんね」
「そもそも、ゲームん中でも、聖域は白い森だぞ。創世神よりそっちが理由だろう」
「あ、そっか」
ヒロフミの冷静な答えに、アカツキがあっさりと頷く。二人も、この世界がゲームを基にして創られていることを疑っていないようだ。
「それより、ソーリェンってやつから、なんか情報をもらえたのか? 聖域からって言い換えてもいいが」
「ええ、いろいろと……」
話を本筋に戻すヒロフミに、アルは頷いて返事をする。語尾が曖昧に消えていってしまったのは、いまだに捨てきれない躊躇いのせいだ。
ヒロフミの視線を感じる。眉間にシワが寄っていて、アルの態度に不穏さを感じているのは間違いない。
その隣りにいるアカツキはほのぼのと、「なんかお助けキャラみたいだなぁ」と呟いていて、なんだか場違いな雰囲気だった。
「バカツキ、空気が締まらなくなるから黙っとけ」
「ひでぇな、宏! 和ませようとしてんだよ!」
「こっちは和むより苛つくんだよ」
「なんだとぉ!?」
なぜか幼馴染同士の諍いが始まってしまった。
アルはきょとんとその様子を眺めていたが、アカツキのこれまでの緊張感のない態度が、むしろ緊張の裏返しだったことに気づく。
ヒロフミだけでなく、アカツキもアルの話に良い予感を覚えていなかったのだろう。それを直視しないために、わざと明るく振る舞っていたのだ。
「あー、でも、ソーリェンさんが僕らを助けてくれる、というか重要な情報をもたらしてくれる方だったのは、当たっていますよ?」
アカツキをフォローするように言うと、ピタリと口論が止まった。
「……ふふん、アルさんだってこう言ってるじゃん」
「ムカつく」
「喧嘩をするな。話が進まぬ」
クインが呆れた感じで咎めると、二人はバツが悪そうな表情で顔を背けた。
「――あ、アルさん! にぎやかだと思ったら、帰ってきてたのね!」
不意に聞こえた声に、アルたちは上を見上げた。上階でサクラが手を振っている。
「……サクラさん、お久しぶりです」
アルは少し悩んでから、サクラを手招きした。サクラが跳ねるような軽い足取りでおりてくる。
本当は、ヒロフミとアカツキにすべてを話してから、サクラにどう説明するか相談したかった。この中で最も感受性が高くて、アルが得た情報に傷つくのはサクラだと思っていたからだ。
だが、こうしてサクラが出てきた以上、のけ者にする方がサクラにとって良くない気がする。
「――今、外でのことを報告していたところなんです」
「そうなの?」
「おう。外には放棄された塔っていうところがあったらしくてな――」
ヒロフミがこれまでの話を要約して伝えているのを、アルは黙って聞いた。すると、その隙を見計らっていたかのように、ブランがテシテシと腕を叩いてくる。
『アル、茶を飲みたい』
「珍しいね。紅茶でいい?」
『うむ。砂糖をたっぷり入れてくれ』
「……甘さで胸焼けしたわけじゃないんだね」
てっきり甘いものの食べ過ぎでお茶がほしくなったのだと思っていたのに、ブランの要求は全く違った。
テーブルを見ると、お菓子がなくなっている。おおかた、まだ甘いものを食べたいが、さすがに要求しすぎかと判断して、変な遠慮をしたのだろう。
「――砂糖、これくらいでいい?」
『もっとだ!』
「もはや紅茶味の砂糖になってない……?」
言われるがままに砂糖を入れていたら、溶け切らずに紅茶がジャリジャリになっている。見ているだけでアルの方が胸焼けしそうだ。
「ミルクを入れるとさらに美味いぞ」
『お、そうだな!』
「……ミルクティー味の砂糖……熱を加えたら飴にできそうだね……」
クインからはカップの中身が見えなかったのか、平然とした感じで提案してくる。それに乗るブランに、アルも応えてから、カップを自分から遠ざけるように渡した。
流し目でカップを見下ろしたクインが、見事な二度見をしてぽかんと口を開けるのを、空笑いを浮かべて眺める。
ここまで甘いものをねだるブランは、病気なのではないかと真剣に疑ってしまう。死なない以上、病気になることはないと分かってはいるが。
「……俺以上にヤバいものを作成してる」
「暁のダークマターと比べたら失礼だろ。まだ、紅茶味の飴と思えば食えそうだ」
「宏、あれ食べたい?」
「食べたいわけがねぇだろ」
「だよね」
紅茶は食べ物ではなく飲み物だと指摘するのは、ブランのカップの中身をよく知るアルには不可能だった。
『旨いぞ?』
「味覚がおかしくない? 日頃の料理は、ちゃんと味わえてるのかな……」
ほぼ砂糖状態の紅茶を美味しそうに食べるブランを見ていると、普段の料理に自信がなくなってきた。ブランの『旨い』という評価は、あてにならない気がする。
「アルの料理は間違いなく美味いぞ。それはそれとして、こやつは今、エネルギー摂取を効率よくしようとしているだけだろう」
「エネルギー摂取?」
クインは呆れながらもブランに理解を示しているようだ。ちらりと、ブランを見下ろし、肩をすくめている。
「ここに来る前に、随分と分身に力を分け与えてきたようだからな。失った力を、砂糖で補っているのだ。砂糖は効率が良い食材らしい」
全員の視線がブランに集まった。ブランは気まずそうにそっぽを向く。
「なんで……?」
「さて? 生きた森と呼ばれるブランが管理する地に、不審なことをする者が訪れたら対処するためであろうか?」
『わざわざ説明せんでもいいだろう……』
ブランが面倒くさそうにため息をついた。だが、アルの視線に根負けしたように、渋々と口を開く。
『――先読みの乙女という女が聖域を訪れたことを、悪魔族の連中に察知されていないとは限らん。聖域の場所が知られれば、その近くにある森に踏み入ってくるだろう。我はあやつらに森を荒らされることを許容してはならんのだ』
「あ……そういうこと」
聖域はブランが管理する森の傍にあるのだ。危惧を抱くのは当然だった。
神に無理やり任された土地とはいえ、事前に対処するくらいには大切にしているのだろう。
「ちなみに、悪魔族がなんかやらかそうとしたらどうするつもりなんだ?」
『あれらは毒が効かぬだろうが、幻覚に耐性はあるか?』
「……ないかもしれねぇな」
『そういうことだ』
興味津々に問いかけたヒロフミが苦笑する。
生きた森はもともと、昼と夜でまったく違う環境に変化する森として有名だ。昼は森の恵みを人間に与え、夜は毒などで侵入を拒む。
ブランはその仕組みを、悪魔族に適した形に変えたということだろう。悪魔族と判断できる者たちが訪れれば、幻覚により森を彷徨うか、追い出されるか。
「……ひぇっ……意外と凶悪……?」
「ブランって、ちゃんと働いてたのね」
おののくアカツキと感心するサクラから、ブランは不機嫌そうに顔を背けた。
アルは事情を理解して、さらにお菓子を出してあげることにする。きちんと説明してくれたなら、最初からたくさん用意してあげたのに。
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