第458話 探求の旅の話③
サクラもこれまでの話を理解してくれたようなので、説明を再開する。
「えっと、どこまで話しましたっけ……?」
「ソーリェンってやつと会ったってことまでだ」
「あぁ、そうでした。――ソーリェンさんは、聖域で記録を管理する役割を担っていて、僕にいろいろと教えてくれました」
ソーリェンとの問答により判明した事実は多い。どれから話すべきか迷って視線をうろつかせると、ブランと目が合った。
『さっきアルがヒロフミたちに尋ねたニホン語とやらも、魔族に聞くといいと教えてくれたのがソーリェンだ』
珍しく説明を助けてくれるらしい。
アルは目を丸くした後、ふっと微笑んでブランの頭を撫でた。
「なんでその人? は、俺らがそれを分かるって知ってたんですか?」
アカツキが首を傾げる。ソーリェンをどう言い表すかに迷ったのはしかたない。ソーリェンは人どころか、精霊でもない、不思議な存在になっているのだから。
「似たような響きの言葉を魔族が使っている記録があったからですよ」
「そいつは記録すべてを即座に精査する能力があるのか。ハイテクだな」
感心した様子でヒロフミが頷く。アルが詳しく説明しなくても察するところは、さすがヒロフミだ。
「図書館の蔵書検索機能みたいね」
「あー、確かに。あれ、便利だよなー。さすがに本の内容までは調べられないけど」
「内容が電子化されてたら、検索できるんだろうけどな」
三人が和気あいあいと話している。異世界人なら理解できることなのだろう。アルはいまいち理解できないが。
「ソーリェンに教えてもらったことを、順に説明しても?」
ピタリと会話が止まる。真剣な眼差しがアルを貫いた。
「頼む」
「はい。――えっと、最初に聞いたのは、聖域についてでした」
アルは記憶を辿った。
聖域は神の要請に応えて、ソーリェンが礎になって築かれたこと。聖域が創られることは、世界の始まりから決まっていたこと。神は初めから世界のあるべき形を理解していたこと。
一つずつ説明してから、それぞれが考える時間を作る。
「……神が初めから持っていた世界のあるべき形っていうのは、暁のゲームってことでいいのか?」
「僕はそうだと考えています」
ヒロフミの問いに頷く。そうとしか考えられないのだ。あまりに一致点が多すぎるのだから。
アルの答えにヒロフミも異存ないようで、話の続きを促された。
「――次に聞いたのは、イービルに関してでした」
アテナリヤが無機質さを増した頃にイービルが誕生し、それから先読みの乙女の魂が世界を彷徨いだした。
そして、イービルとは『世界を無に帰すことを望み、破壊衝動を凝縮した悪意の存在である』ため、アテナリヤは精霊に討伐を命じた。
だが、イービルに精霊の魔法が効きにくく、ソーリェンはその性質を『神のようだ』と評した。神の創造物である精霊の魔法は、創造主に効果を示さないからだそうだ。
とはいえ、イービルは完全に神同等というわけではないようで、精霊の攻撃により多少なりとも痛手を負った様子で、世界の表舞台から姿を消すことになったらしい。
アルは精霊によるイービル討伐の一連の流れを、創世記でいう悪魔族討伐のことだと考えている。
「なるほど、そんなことが……。その時、俺たちはまだこの世界にいなかったと考えていいのか?」
「そうだと思います」
後に判明した事実を考えれば、ヒロフミたちはまだこの世界に生み出されていなかったと考えて間違いない。
頷くアルの言葉を、ヒロフミは素直に受け入れたようだ。
アカツキは「話が壮大……」と遠い目で現実逃避しているように見えた。サクラは難しげな表情で考え込んでいる。
アルはここで、イービルの記録と思しきものを見て判明した事実を話すべきか迷った。一番、アカツキたちに衝撃を与える話だろうから、後回しにしてもいいと思ったのだが――。
「……アル。分かったことは、遠慮なく説明して。私たち、覚悟はできているの」
サクラが不意に口を開いた。まっすぐな眼差しに力が宿っている。ヒロフミも同様に覚悟を決めた眼差しだった。
一人アカツキだけが、少し嫌そうな顔をしている。重い話は元々苦手そうだからしかたない。
「分かりました。それでしたら、次はイービルの記録を見たことについてお話します」
息を呑むサクラたちの表情を見ながら、アルも覚悟を決めて、薄れることのない記憶を思い返した。
「――世界の表舞台から消えたイービルは、その後、アテナリヤによって海の底に封じられていたと思われます」
「海の底に? ……神なら、そんなこともできるか」
ヒロフミが疑問を自己解決させる。それから、目を丸くしてアルを凝視した。
「――っ、記録っていうのは、映像みたいなもんじゃなかったか? つまり、アルはイービルの姿を見たのか?」
「そうですね。クインたちはアテナリヤに似ている気がすると言っていました。女性でしたね」
あいにく絵にすることはできなかったので、ヒロフミたちに姿を教えることはできないのだが。
「そうか……」
「……先程ヒロフミさんたちがニホン語と言っているのと似た響きの言葉を話していました。僕には風のような音にしか聞こえなくて、再現もできないんですけど」
ヒロフミの眉間にシワがよる。サクラは目を見開き、口元を手で押さえていた。
「それって、イービルも日本語を使えるってこと?」
「……アテナリヤがこの世界に来る前にいた場所が日本語で表されてて、つまり日本にゆかりがある可能性が高いんだから、アテナリヤから分かれた存在だと仮定できるイービルも、使えて不思議じゃないだろ」
アカツキの疑問にそう答えながらも、ヒロフミは複雑な表情を崩さない。同郷かもしれない存在が、すべての原因になっている可能性に気づいているのだ。
「あー……なるほど……」
ため息まじりにアカツキが頷く。
それ以後、三人が口を噤んだので、アルは説明を続けることにした。あまりのんびり話していると覚悟が揺らいでくる気がしたのだ。
「イービルは封じられた海の底で、魔法陣らしきものを描いていました」
「魔法陣?」
ヒロフミが話に食いつくように身を乗り出す。アルは書き写したものを見せた。
「これを、詠唱らしき行動と共に発動させていたんです」
本来、魔法陣は詠唱不要なので、これは厳密には魔法陣ではない可能性が高い。
ヒロフミはどう考えるのだろうかと気になって、表情を窺った。
「……これは、創造能力に似た効果がありそうだな。正確に理解するために、もう少し調べさせてもらいたい」
「僕はこれに使われている言語も理解できなかったので、ヒロフミさんが分かりそうなら、ぜひお願いします」
メモを預けようとして、少し躊躇いが生じた。なぜなら、この魔法陣らしきもので創造されたのはアカツキなのだから。
「どうした?」
「……いえ、あの……僕たちは、これで創られたものを見たんです」
「ああ、映像記録で見たんだったな。魔法陣自体が理解できなくても、効果は分かっているわけだ」
頷くヒロフミから、アカツキの方へ視線を流すと、きょとんとした目で見つめ返される。
次の言葉を発するのに、アルは随分と勇気が必要だった。暫く黙り込んだ後に、ようやく口を開く。
「……これが発動して、現れたのは、アカツキさんでした」
「えっ!?」
アカツキがぽかんと口を開く。サクラもそれは同じだったが、真っ先に深刻そうな表情を浮かべていたヒロフミを見て、きつく眉を寄せた。
「……それは、つき兄が、創られた存在だって、言ってるの……?」
震えた声だった。衝撃を受けた様子で震えながらも、サクラはアルに答えを求める。
覚悟を決めているという言葉は、事実だったのだろう。それでも、平坦な心で受け入れられたわけではないようだ。
アルはサクラを見つめ返し、そして、ヒロフミとアカツキにも視線を巡らせた。
こわばった表情のアカツキが痛々しい。ヒロフミは冷たく見えるほどに硬い表情だ。
「……僕は、そう考えています」
三人が息を飲む。それを見据えながらアルは言葉を続ける。
もう数え切れないほど、この状況を予想して、心を揺らがせ、覚悟を固めたのだ。話すと決めたからには、きちんとやり遂げる。
「――そして、それは、ソーリェンさんも同意見のようです。ソーリェンさんは魔族を『無から生まれた存在。魔素から創り出されたもの』と判断していました」
アカツキとサクラは衝撃を受けた表情で固まり、言葉を紡げない様子だ。その横で、ヒロフミが詰めていた息をゆっくりと吐き出す。
「……そうか。『存在なき者』――精霊の王と地下に生きる者が、俺たちをそう表現した意味が明確になったな」
その声は、どこか諦めが滲んでいるように思えた。
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