第456話 探求の旅の話②

「その後すぐに塔へ行ったんすか?」


 フルーツタルトを奪うことができず、ちびちびとお茶を舐めていたアカツキが首を傾げた。

 アルはアカツキにフルーツパウンドケーキを渡しながら頷く。


「はい。塔ではオリジネという妖精に会いました」

「妖精?」

「原初を司っているそうです。塔は世界の誕生と共に存在し、世界を構築する原初の魔力を生み出して増幅する機能を持っていると言っていました」

「ご丁寧に説明してくれたわけか」


 ヒロフミが肩をすくめる。

 確かに、オリジネから情報を引き出すのは簡単だった。思考を読んでくるというのが少し厄介だっただけで、慣れれば問題なかったのだから。オリジネが人とコミュニケーションを取ることに慣れていなかったのがその理由だろう。


「そうですね。そのオリジネさんから、僕が先程ヒロフミさんたちに尋ねた【フィリーリィンヒュー】という言葉を聞きました。女神がこの世界の前にいたところだそうです」

「……神に転じる地、か」


 ヒロフミが目を伏せて考え込む。


「それって、女神――アテナリヤは元々神じゃなくて、その神に転じる地ってところで神になった感じですか?」


 アカツキが首を傾げながら聞いてくる。


「言葉の意味を考えると、そうなんでしょうね」


 ここで問題になるのが、神に転じる地の前は、アテナリヤがどこにいて、どんな存在だったのか、だ。

 それを考える前に、アルはふとオリジネの存在がより不思議さを増したことに気づいた。


「――そういえば、オリジネさんはどうしてニホン語を発音できたのでしょう?」


 ぽつりと呟く。

 オリジネは当然のように【フィリーリィンヒュー】と発音した。その時のオリジネは、アルがその言葉を聞き取れないとは少しも考えていない様子だった。

 つまり、オリジネにとって、ニホン語は当然理解して使えるものだったということだ。


「妖精が日本語を……?」


 ヒロフミが目を丸くしてポツリと呟く。その後すぐにきつく眉を顰めた。


「――そいつが日本から来たんなら、発音できても不思議じゃないが……。日本にも妖精に分類できそうな存在はいるが、この世界の妖精とは全然違うぞ。アルから見て、そいつは普通の妖精と違いがあったか?」


 問いかけられて、アルはブランとクインに視線を向けた。二人とも即座に首を振る。


「僕も、この二人も、違いはないと判断しています。まぁ、この空間でのヒロフミさんたちのように、創造能力があるのは驚きましたけど。あれは原初の魔力を扱う塔の管理主だからでしょうね」

「創造能力ね……」


 ヒロフミがテーブルに視線を落とす。指先で額を叩き、何かを思い出そうとしているように見えた。


「何か心当たりがあるんですか?」

「なんか引っかかる。ここまで出てきているんだが……」


 喉のあたりを手で示しながら、ヒロフミが「うーん……?」と首を傾げる。


「宏が物忘れなんて珍しいな」

「俺だって年には勝てねぇよ」

「俺ら、年重ねてんの?」

「……さぁ?」


 この会話はブラックユーモアと受け取っていいだろうか。長過ぎる生の苦しみを知る二人の会話にしては、随分と口調が軽い。

 アルは二人を眺めながら沈黙を守った。


 ブランとクインは『確かに、年々昔のことを思い出せなくなるな』「吾はぽっかりと記憶に穴があるが……それ以前のこともだいぶ曖昧だ」とほのぼのとした感じでヒロフミに共感している。


「……やっぱりユーモア……というか、長く生きている人共通の感覚なのかな」


 まだ二十年も生きていないアルは共感できず、少しのけ者にされたような寂しさを感じた。


「あ! 思い出したぞ。塔とその管理主の妖精は、暁が作ったゲームに出てきたんだ」

「まじ?」

「ゲームって……この世界と類似点が多いと言っていたものですよね」


 不意に放たれたヒロフミの言葉に、アルは目を見開いて驚く。だが、すぐに腑に落ちた感じがした。


 ニホンでアカツキが作ったゲームには、【白い神殿】と【聖域】が重要な場所として存在しているのだと聞いていた。

 それに放棄された塔が加わるのは、さほど不思議なことではない。もともと、アテナリヤはそのゲームを基にして世界を創っているのだと、アルは考えていたのだから。


「――塔は、アテナリヤと共にこの世界に来たそうですけど。というか、塔とアテナリヤが来たことで、世界が生まれたって感じのことを、オリジネさんが言っていました」

「つまり、その塔はこの世界を創るための中核的存在ってことか」


 アルは思わず首を傾げてしまう。ヒロフミの言葉に同意したいところだが、その後ソーリェンからはその塔を【放棄された塔】という名で聞いているのだ。


「……別の人物によると、その塔はアテナリヤにとって無用となったものだということですが。放棄された塔だと表現されていました」

「へぇ? その人物については後で説明してもらうとして、塔が無用になったものっていうのは、別に中核的存在ってことと矛盾しないだろ。俺が言ってんのは、創世期においての話だからな」


 ヒロフミが肩をすくめた。

 確かに、塔の存在意義があったのは創世期で、その際には中核的存在だったと理解するなら、矛盾はない。


「そうですね。それで、ゲームの中での塔と妖精について何か情報はありますか?」


 ニホンでの出来事について情報を得るには、ヒロフミとサクラを頼るしかない。アカツキは記憶の欠落が多いようだから、そもそも尋ねるつもりがなかった。


「塔は【リセットポイント】だな」

「……なんですか、それ?」


 よく分からない単語だった。ヒロフミは難しい表情をしている。


「それ、世界を帳消しにして、再スタートできる機能を持ってるみたいに聞こえるんだけど」

「アカツキさん、恐ろしいことを言いますね」

「ゲームの中の塔と同様の機能を、その妖精がいる塔が持っていたなら、っていう話ですよ!?」


 ちょっと引いてしまったアルに、アカツキが慌てた感じで言い訳する。

 だが、それを聞いても少しも安心できなかった。ゲーム内に存在していた【白い神殿】と【聖域】が似たような機能を持ってこの世界に存在している以上、塔だけが例外と考えるのはあまりに楽観的だろう。


「……俺は暁の言葉が合ってると思う。少なくとも、かつてはそんな機能を持っていたんじゃないか?」

「かつて? ……あぁ、放棄された塔と言われる理由として、ありえますね」


 ヒロフミの解釈に納得がいった。

 かつては世界を帳消しにする機能があったとしても、それは既にアテナリヤによって消去され、だからこそ無用な存在になったということだ。


 それならば、今でも世界を構成する原初の魔力を生み出しているにもかかわらず、放棄された塔と表現されても不思議ではない。


「――では、その機能を、イービルたちが悪用する可能性はないと思っていいでしょうか?」

「ないだろう。というか、竜血ドラゴンブラッドを入手するのは、イービルたちでも簡単なことじゃねぇしな。その塔の存在そのものも知られていない可能性があるぞ」


 ヒロフミに言われてようやく、アルはホッと息をついた。


『それで、オリジネがニホン語とやらを発音できる理由は、そのゲームの世界にもいた存在だからってことなのか?』


 ブランが首を傾げる。

 その問いに、アルはヒロフミたちと顔を見合わせた。


「……俺は、そうなんじゃないかと思ってるが。ゲームの基本言語は、当然日本語だったしな」

「それくらいしか理由は見当たりませんよね」


 確証はないが、そう仮定しても問題ないだろう。オリジネがニホン由来の存在だったとしても、それが何かの役に立つわけでもない。


『ふ〜ん。じゃあ、ソーリェンはゲーム世界に登場しなかったのか』

「ニホン語が分からなかったみたいだし、そうなんじゃない?」


 ブランの呟きに答える。途端にヒロフミとアカツキから視線を感じた。


「……ソーリェン、って誰だ?」

「あ、っと……それは今から説明しますよ」


 そろそろ話が本題に進もうとしている。

 アルは密かに気合いを入れ直して、ヒロフミたちに向かい合った。

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