第453話 和んでばかりもいられない

 場を仕切り直すため、お茶と新たなお菓子を用意する。

 途中、アカツキが「そういや、桜が水まんじゅうを用意してくれてたはず」と言いながら冷蔵用魔道具のところまで見に行った。その結果、「――って、ない!?」と叫んだのは誰もが聞こえないふりをする。


 ヒロフミとアル、ブラン、クイン、ジェシカ、リアンナの六人で食べきってしまったのだろう。ヒロフミたち三人で二個ずつ食べる予定だったのなら、妥当である。


「狐くん! 食べたでしょ!」

『みなで食ったが、それがなんだ?』

「みんな共犯かよ!」


 嘆いているアカツキは、そんなに水まんじゅうを楽しみにしていたのか。


 ヒロフミは「普通に管理主特権で創造すりゃいいんじゃないか」とぼそりと呟いていた。

 その小声を聞き逃さず、アカツキがヒロフミの肩を掴んで吠えるよう言い募る。


「桜謹製っていうのがいいんだよ! 創造で作ったのは、ただの水まんじゅうだろ!?」

「……シスコンか」

「シスコンだよ」


 真顔で睨み合うアカツキとヒロフミを、アルは紅茶を飲みながら眺めた。

 ヒロフミたちの解読結果がどんなものだったのか、聞くのが少し怖いと思っていたのだが、その必要はなかったかもしれない。


「サクラさんの水まんじゅうはありませんが、僕とクインで作ったお菓子はありますよ。チョコレートとか、クッキーとか……ああ、そうだ。柔らか食感チョコレートケーキを食べてみますか?」


 新たなケーキを発明すべく、試した結果出来上がったものを、ふと思い出した。


「柔らか食感チョコケーキ? ケーキって、そもそも柔らかいもんでは?」

『よく分からんが、旨そうだ。出せ』


 首を傾げるアカツキはともかく、ブランがきらきらと瞳を輝かせてねだってくるので、アルは「はいはい」と適当に返しながらアイテムバッグを探った。お茶会でも出さなかった、完全新作だ。


「どうぞ、ヒロフミさんたちも」


 全員分出してみる。クインは作るところを見ているが、別の作業をお願いしていたので、食べたことはない。だからか、興味深そうにケーキを眺めていた。


「普通のチョコケーキっぽいですけど」

「しいて言うなら、丸型だな。上からチョコレートでコーティングされてるから、スポンジが見えない。中身を工夫してるのか?」


 アカツキとヒロフミが観察する。一方で、アルが出した食べ物を基本的に疑わないブランは、すぐさまかぶりついていた。


『お!? 中からチョコレートが溢れてくるぞ!』


 目を真ん丸にしたブランが、口元をべったりと茶色に染めながら、尻尾をぶんぶんと振った。気に入ったようで良かった。


「中から? フォンダンショコラみたいなこと?」


 アカツキがケーキにフォークを入れる。途端に溢れ出るチョコレートに、分かりやすく目を輝かせた。


「――おお! 予想以上にチョコレート! この量、よくケーキに閉じ込められましたね」

「チョコレートムースを作って、その中に入れてあるんですよ。ケーキの一番下だけスポンジで、あとはムースとチョコレートソースです」

「コーティングのチョコレートで、形を保たせてたのか。それにしても、手間がかかりそうなケーキだな」


 ヒロフミが溢れ出たチョコレートソースと一緒にスポンジケーキとムースを味わう。暫く沈黙した後で「思ったより甘くなくて、食べやすい」と満足そうに呟いた。

 チョコレートは甘さ控えめで、カカオの風味を最大限に生かした感じにしたのだ。


「見た目以上に味にこだわってるのが伝わってくる。毎回抱く感想ですが、アルさんは一流料理人だった……?」

「趣味です」

「……趣味って強い」


 アカツキの言葉の意味は分からなかったが、美味しそうに食べてくれているのを見て満足したので、追究はしなかった。


『旨かった。これならば、いくらでも食えるぞ』

「ブランは、なんでもいくらでも食べられるんじゃない?」


 トラルースとのお茶会で、大量のお菓子を食べていたブランを思い出す。甘さで胸焼けすることなんて、ブランは一度も経験したことがないに違いない。


『アルが作ったものはすべて旨いからな』

「……褒めてもケーキしか出てこないよ?」

「出しはするのか」


 チョコレートケーキをブランの前に差し出したら、クインが呆れた顔でぼそりと呟いた。

 アカツキは「ブランだけいいなー」と羨ましそうだ。さすがにもう作り置きがなかったので、聞こえなかったふりをする。


「って、完全に甘いもんに心奪われてるが、話をするんだろう?」

「はっ、そうだった!」


 ヒロフミがケーキの最後の一欠片を口に放り込もうとしたところで、本来の目的を思い出した様子で呟いた。アカツキがブランのケーキを横取りしようとした手を止めて、目を見開く。


『我のものを取ろうとは、図々しいやつめ』

「イテッ! ……肉球スタンプ、げっと」

「そういう怪我はするのだな?」

「すぐ消えますけどねー」


 アカツキがブランに叩かれた手の甲を見せる。赤くなっていたところが、あっという間に元の肌色に戻っていた。

 魔族の体とは不思議なものだ。尋ねたクインも「ほー、興味深い」と観察している。


「そんなことより、俺たちの成果とアルたちの成果、どっちから話す?」


 ヒロフミはアカツキを無視するように話を戻した。「アルも成果があったんだろ?」とニヤリと笑われ、アルは曖昧な笑みを返した。


 アルが得た情報がヒロフミたちに与える衝撃を考えると、あまり積極的に話したいとは思えない。それが避けられないことだというのは、きちんと分かっているが。


「……ヒロフミさんのお話から聞いてもいいですか?」


 問題を先送りにして頼んだら、ヒロフミの片眉が軽く上がった。じっと観察されているのは、アルの言葉に不穏なものを感じ取ったからだろう。


「え、なになに? 宏からの話じゃまずいの?」


 アカツキはヒロフミの様子の方が不思議だったようで、戸惑った様子でアルとヒロフミを見比べていた。


「……いや、構わないが。そうだな、俺から話すか」


 一度目を伏せたヒロフミが、気分を切り替えた感じで話し始める。

 アルは静かに耳を傾けた。ブランもさすがに空気を読んだのか真剣な表情だ。それでもクッキーやチョコレートを食べ続けているのは、さすが暴食の獣と言われるだけある。


「白い神殿に残されていた文章だが、この世界の記録だってことは、アルも知ってるよな。この世界の国々の情報が多いが、創世神に関する情報もありそうだって」

「はい。確か、アテナリヤの名前が、元はアタナ・リアで、いつからかただのリアになったという情報がありましたよね」


 解読作業で判明した事実を言うと、ヒロフミは軽く頷いた。


「ああ。それ以外の情報は、基本的には亡国に関するものばっかりだったんだが、それぞれの国に関する記録も精査してみたところ、どの国も創世神と関わりがあったことが分かった」

「関わり?」


 意味が分からない。創世神は基本的には世界に直接関わらないものだと思っていたのだが。

 首を傾げるアルに、ヒロフミが軽く頷く。


「関わりと言っても、信奉していた神がイービルではなく、アテナリヤだったってだけだ」

「あ、そういえば、いつからかイービルが創世神のように扱われ始めていたんでしたね」


 アルの中では完全に、創世神=アテナリヤということになっていたが、今の世界の常識では、創世神=イービルなのである。世界に散らばる黒い神殿がその象徴だ。


「俺もいつからイービルが創世神に成り代わっていたのか、明確なことを記憶してなかったんだが。俺たちが魔族と悪魔族って言い分けられ始めた頃からみたいだな。それ以後に誕生した国の多くは、イービルを神として信奉するようになってる」


 ヒロフミがテーブルにドンドンと本を載せていく。どれも古い国を記したもののようだ。


「イービルが積極的に人間社会に干渉していたってことですね。でも、何が目的でしょう?」


 信奉されることで得る利益とはなんなのか。


「神殿に入る金は悪魔族の活動資金に流用されてた。それに、イービルがアテナリヤから分かたれた魂で、似た存在だったとするなら、単純に信仰そのものがイービルの力の糧になっていた可能性もあるな」


 ヒロフミの考察に、アルは納得した。


「イービルがアテナリヤや精霊に傷つけられて、一旦は深海に封じられていたんだとしたら、どこかで力を回復させる必要があったわけか……」


 聖域で目にした光景を思い出す。

 あの記録で映し出されたイービルの姿は、万全の状態だとは思えなかった。


 神という存在が信仰によって力を回復できるなら、イービルが積極的に人間社会に関わった理由を理解できる。この世界において、最も数が多く、信仰という概念を持っているのは人間だ。


「へぇ、イービルは封印されてた過去があるのか」


 ヒロフミが意外そうに呟いた。その目はアルを探るように見ている。

 無意識で情報をこぼしていたことに気づいて、アルは咄嗟に口を噤み、ヒロフミを見つめ返した。いずれ話すこととはいえ、今言うのは話の腰を折ることになる気がする。


「――まぁ、後で話してくれんならそれでいい。先に俺の話だ」


 仕方なさそうに、ヒロフミが肩をすくめてアルの言葉を聞き流してくれた。

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