第454話 解読結果と考察
ヒロフミが説明を続ける。
「まず、俺が文章の解読、桜が解読結果に出てきた亡国の情報を精査って感じで作業を進めたんだ」
言いながら傍らの本を手に取ると、ヒロフミは付箋を付けたページを開いた。
「――記されていた亡国の中でも一番古い国に関する本だ。ここ、信仰する神に【アタナ・リア】って書かれてるだろ」
「本当ですね。この頃は、その名前だったということですか」
アルは頷く。最も古い頃に【アタナ・リア】という名前だったのなら、それが本来の名前だと仮定して良さそうだ。
「そうだな。次、こっちの国では【リア】という女性神として名前が残ってる。そして、この頃は、世界的に信仰心が低下している感じなんだ」
「信仰心が低下……?」
ドサドサと本が並べられ、ページが開かれた。
ブランが嫌そうな顔でそっぽを向く。文字を読み取るのは不得意なのだ。クインもそれは同じようで、そっと視線を逸らしていた。二人とも魔物なのだから仕方ない。
「――【白き神殿を打ち壊した】……ですか」
目についた文章を声に出し、目を細める。創世神が、人間の信奉する神としての立場を失ったことを象徴するような言葉だと思った。
他の本にも、【神から王へ、権力の移行】や【神殿の求心力低下】などの文章が並んでいる。どれも同じくらいの時代に存在していた国々に関して記された本だ。
「精霊も、創世神は感情を捨て去り、人間世界への干渉を最小限にした、って感じのことを言ってたんだろう? たぶん、この時代に、その認識が世界に広まったんだ。それで、アテナリヤを信奉しても意味がない、という意識になった」
ヒロフミの解説に頷く。
遥か昔は、アテナリヤが創世神として積極的に世界の管理を行っていたのだと、精霊の王が語っていた。それにより、神の存在は人間の意識に強く根付いていたし、恩恵を感じて信仰心も相応に持っていたのだろう。
その恩恵を感じなくなれば、信仰心が薄れるのも当然かもしれない。
「その状況につけ込んだのが、イービルだな。こっちの本は、解読結果に出てこなかった国に関するものだ」
付箋がつけられたページには【黒き神により、豊穣がもたらされた。魔法のように食べ物も宝石もあふれてくる】という言葉があった。
「黒き神はイービルのことだとして、魔法のように食べ物や宝石があふれてくる、とは……?」
アルが首を傾げると、ヒロフミがテーブルを指先で叩いた。トン、という軽い音に意識が引きつけられる。
ヒロフミの真剣な眼差しと目が合った。
「魔力を使った創造能力だ。アテナリヤ同様、その能力が使えたんだろう。イービルはそれを使って、人間の心を掌握していたってことだ」
「……なるほど。それも信仰心を得るためですか? でも、イービルは究極的には世界の崩壊を望んでいるんですよね。イービルの行動が矛盾してるような……」
世界の破壊活動をしながら、一方で人のために物を生み出すという行動をする。イービルと思しき人の記録を見たアルでも、その心理を上手く理解できない。
アルが首を傾げると、ヒロフミは軽く肩をすくめた。
「世界の崩壊――アテナリヤや精霊に牙を剥くような行動は、一朝一夕で達成できるもんじゃないって熟知してたんだ。だから、遠回りでも確実に自分の力を増すために行動をした」
「長期計画ということですか……」
つまり、世界を崩壊に導けるだけの力を得られたら、一気に行動を起こすということだ。それはなんと恐ろしい。
そのような遠回りな行動を選択したのは、一度は創世神と精霊に敗れ、封じられたからだろうか。
「そうだな。今に至るまで強い信仰心が継続してるってことは、どっかしらで【神の奇跡】が起き続けてるんだろう。俺はあっちの陣営に潜入してても、イービル近くでは動けなかったからなぁ。正直、詳細はわからん」
悔しそうに呟くヒロフミだが、それは仕方ないことだと思う。ヒロフミだってできることに限りがあるのだ。
「――となると、グリンデル国やマギ国がイービル・悪魔族陣営に与することになったのは、神殿を通してという可能性がありますね」
「ああ。俺もそうだと思ってる。というか、神殿は各国の情勢を探るための拠点だったし、十中八九そうだろ。宗教が国政に影響を与えるのは、俺たちの世界でもよくあったことだ」
面倒くさそうに言うヒロフミを、アカツキが横目でちらりと見た。
どうでもいいことだが、アカツキの口元にチョコレートがついたままなのは指摘するべきだろうか。
「……宏も、そういう家柄の末裔じゃん」
「あー……一応陰陽師の系譜だけど、とうの昔に落ちぶれて民間の呪術師になったし。土御門とかと一緒にされると、全然ちげーよって言いたくなるんだが」
よく分からないが、ヒロフミたちの世界では、国政に関わる宗教的な存在が陰陽師で、民間の魔法使いのような存在が呪術師という扱いらしい。
「――ま、そんなことはおいておいこう。それより、アテナリヤについてだ。思うんだが、信仰心を失った神は、どれほどの力を保てるんだろうな?」
「っ……イービルが信奉されることで力を増したなら、反対にアテナリヤは力が低下しているということですか」
ヒロフミが言いたいことを瞬時に理解して、アルは眉間にシワを寄せた。
そうなると、事態はアルが考えていたより深刻だ。今イービルが世界の破壊活動を本格化させたなら、アテナリヤにはそれを止める力がない可能性がある。
「ああ。だからこそ、アテナリヤはイービル陣営の動きを止めることなく、沈黙を守っているんじゃないかと思う。最後に確認されてるのは、俺たちに剣をもたらした時じゃないか? それ以後、一切行動してないだろ」
淡々とした表情のヒロフミの隣で、アカツキが眉を顰めた。
魔族に唯一死をもたらす剣は、サクラたちに精神的な苦痛を与えたものでもある。アカツキがその剣を好意的に受け止められないのは当然だ。
「……そうですね。ブランがアテナリヤに会ったのは、サクラさんたちがイービル陣営から離れた後なんだよね?」
『おそらく、そうなのだろうな。我は、悪魔族という者たちが活発に行動している時代を知らんからな』
「吾も覚えておらぬ。だが、吾はブランを永遠の命から解放させるためにここに来て、囚われることになった。ゆえに、サクラたちがここに来たのは吾の後であることは確かだ」
ブランがアテナリヤに会ったのは大体、古代魔法大国時代から崩壊後の時代の出来事だと考えてよさそうだ。古代魔法大国は、イービルの洗脳を解いて逃げ出したヒロフミたちの影響を受けて、成り立っていたのだから。
「となると、やっぱり、アテナリヤの最後の行動は、サクラさんたちに剣を与えることですね」
覚えている歴史を総ざらいしても、アテナリヤがなにかをしたという記述は思い当たらない。世界的な出来事には長く関わっていないと考えていいだろう。
「だろう? だから、俺たちは、アテナリヤは今、創世神として力を使えず、休眠状態になってるんじゃないかと考えたんだ」
「……あぁ、理解できました」
アテナリヤが世界を管理する力を失っているとすると、事態はより深刻さを増す。
精霊がイービルたちの行動の後手に回っているのも、アテナリヤなしではイービルたちと直接対峙してもどうにもできないと悟っているからかもしれない。
「まぁ、そんな感じで、白い神殿に残った文章を解読した結果得られたのは、ほとんど亡国の記述で、関連してアテナリヤの足跡が分かった感じだな。アテナリヤが今休眠状態の可能性は、今後の方針に影響があると思って、アルに相談したかったんだ」
ヒロフミが伝えてきた『衝撃的なこと』とは、そのことだったのか。
確かに難しい問題だが、アルが得た情報に比べたら、ちょっと気が抜けてしまう感じがした。
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