第451話 みんなでお話

「あれ? 随分と模様替えしましたね?」


 知識の塔に入った瞬間、気付いた変化に、アルは目を見開く。

 以前はたくさんの本棚に囲まれているだけの殺風景だった塔内部が、ソファや揺り椅子などの家具や観葉植物などで快適そうな環境になっている。


「サクラが気が滅入るって言ってな。模様替えは簡単にできるし」


 ヒロフミがテーブルの上に散らばった紙類をまとめて片付けながら答える。


「サクラたちはどうしたのだ?」


 クインが不思議そうに塔内を見渡した。確かに姿が見えないのは不思議だ。

 ヒロフミは無言で上を指した。


「……あぁ、上の生活スペースにいるんですね」


 塔の上階にはベッドや居間、調理スペースがある。サクラが長い眠りについていた場所でもあるのだが、本人は全く気にしていない様子だったのを思い出した。


「解読で疲れたみたいでな。さっき休憩しに行ったばかりなんだ。……起こすか?」


 ヒロフミがジェシカにちらりと視線を流してから、アルに尋ねた。

 それに悩んだ末に、アルは首を横に振る。


「いえ、話をするのはヒロフミさんだけでもとりあえず問題ないでしょう。――いいですよね?」


 一応確認すると、ジェシカは少し悩むような表情を浮かべた後に小さく頷いた。


「構いませんわ。ヒロフミさんの方から、他の方にお話しくださいませね?」

「何の話だか、皆目検討もつかないが、とりあえず請け負おう」


 ヒロフミが椅子に座り、アルたちにも勧めてくる。散らばっていた紙は、とりあえずテーブルの脇によけておくことにしたようだ。少し大雑把である。


「アカツキさんも上ですか?」

「あいつは白いとこに行った。一応、文章が増えてないかの確認だ」

「なるほど……増えていたことがありましたか?」

「今のところないな」


 ヒロフミが肩をすくめる。

 白い神殿に残される創世神に関する文章は、いつどうやって記されているのかが不明だ。アカツキが定期的に文章の増減を調べる役目を担っていたことを思い出し、アルは納得した。


 なにはともあれ、全員元気そうで良かった。解読結果によって精神的に落ち込んでいたらどうしようかと、密かに心配していたのだ。この感じだと、ヒロフミたちにとって悪い結果ではなかったということか。


「――それで、話はそっちのご令嬢からでいいのか?」


 首を傾げるヒロフミに、アルは話の切り出し方を迷う。

 いきなりジェシカの話を聞かされたところで、理解が難しいかもしれない。


『アル! 今日は甘味はないのか?』


 突然話の腰を折るブランを、思わず全員が見下ろした。ブランは『な、なんだ……?』と驚いているので、悪気は全くないのだろう。

 ブランの頭の中で【話し合い=お茶会】となっているのが、少し頭の痛い事実なだけで。


「ブラン……空気を読め」

『空気とは読むものではなく吸うものだ』

「暁みたいなこと言うなぁ」


 クインに対して胸を張るブランを眺め、ヒロフミが小さく笑う。アカツキと同じカテゴリーに入れられたブランは、非常に不本意そうだ。


「……ジェシカさんたちもいるし、お茶は必要かもね」


 女性二人が微笑ましそうな表情を浮かべていることに気付いて、アルは文句を言わずにお茶の準備を始めた。これで緊張感がほぐれるのなら、手間だと言うほどのことでもない。


「お茶を淹れるのでしたら、私が」

「あぁ、そうですね。お願いします」


 リアンナがすかさず提案してきたので、アルはすぐにお茶道具を渡した。きっと侍女であるリアンナの方が、お茶を淹れるのは上手だろう。


「それなら、菓子は俺が出そうか。と言っても、サクラが用意してたもんだけどな」


 立ち上がったヒロフミが、部屋の一画へと進む。そこには魔道具らしきものが設えてあった。


「冷却用の魔道具ですか?」

「ああ。飲み物とか冷たい菓子とか、色々入れてある。――っと、これだな」


 トレイの上に取り出した器を載せ、テーブルまで運んできた。

 器の中には水の塊のようなものが入っていた。中にはアンコらしきものが入っているようだ。


「これは……?」

「水まんじゅうっていう和菓子だな。くず粉とわらび粉で作った生地で餡子を包んである」

「説明されてもよく分かりませんね」


 目を丸くしているジェシカたちは、果たして未知のものを口にするだろうか。

 サクラが用意するものは全て美味しいと思っているアルは、躊躇うつもりはないが。とりあえず、食べやすそうなクッキーなどの焼き菓子も出しておくことにした。


「お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」


 リアンナが淹れてくれたお茶が行き渡ったところで、一口飲む。やはり自分で淹れるよりも美味しく感じる。同じ茶葉のはずなのに、どこに違いがあるのだろうか。淹れるところをしっかりと見ておけば良かった。


『おお! もっちもち、ぷるっぷるだぞ! 甘みは控えめだが、旨い。いくらでも食えそうだ』


 ブランは早速水まんじゅうにかぶりついて、ご機嫌そうに尻尾を揺らしていた。ワ菓子はブランの好物の一つでもあるのだから、気にいるのは当然だろう。


 ぺろりと食べきった後、手を付けられていないジェシカとリアンナの水まんじゅうに視線を向けているので、アルは無言でブランの頭を叩いた。

 さすがに二人から盗るのは駄目だ。アカツキがいたら、止める隙なく盗られているだろうが。


『――分かっている……』


 ムスッとした顔で焼き菓子に手を伸ばすブランに苦笑しながら、アルも水まんじゅうを口に運んでみる。

 フォークで切るのは大変だったが、もちもちとした食感が面白い。ほのかな甘みも、くどさがなくていくらでも食べられそうだ。


 アルたちの様子を見て、ジェシカたちもようやく水まんじゅうに手を付ける。


「……まぁ、美味しいわ」

「初めて食べる味ですね。この黒っぽいものが、少し不思議ですが」

「海の近くで食べられるイカスミを使っているのかと思ったけれど、味が全然違うわね」


 ジェシカの言葉に、思わず水まんじゅうを喉に詰まらせそうになった。

 アルもイカスミの存在は知っているが、あれは菓子に使うような食材ではなかったはずだ。そんなものが使われている予想していたなら、食べるのを躊躇うのも当然だろう。


「イカスミ……想像しただけで不味そうだ」

「パスタとかに使うと美味しいらしいですけどね」


 顔を顰めるヒロフミに、アルは肩をすくめながら呟いた。


「それで、話はいいのか?」


 クインに言われて、全員が目的を思い出した。ついブランの食欲に流されてしまっていたのだ。

 思わず視線を交わし、苦笑する。


「そうだったな。えっと……誰が話すんだったか……」

「とりあえず、僕からジェシカさんのことを軽く説明します」


 視線を彷徨わせたヒロフミに軽く手を挙げる。誰も反対しないので続けていいのだろう。


「――ジェシカさんとは聖域で会いました。そこで知ったことについては後でお話します。ジェシカさんは僕がヒロフミさんたちが救われる道を見出すことを予知して、僕に会いに来たんです」

「へぇ? それは朗報って言っていいもんかね」


 ヒロフミが僅かに目を細める。すぐさま喜ばないのは、ヒロフミも解読によって何らかの情報を得ているからだろうか。


「そうなるといいんですけど」

「きっとヒロフミさんたちにとっては、喜ばしいことのはずですわ。ですが問題があるのです」


 アルの言葉に続いて、ジェシカが口を開く。真剣な表情でヒロフミを見つめていた。

 ヒロフミはアルをちらりと見てから、ジェシカと向き合う。


「問題、か。詳しく聞かせてくれ」

「はい。わたくしが見た未来では、ヒロフミさんたちはアルが見出した方法でこの世界を去っていました。ですが、そのせいで悪魔族と呼ばれる方々が暴走してしまっていたのですわ」


 アルは眉を顰めながらも黙って話を聞いていた。

 驚いた顔をした後に、ヒロフミが「暴走か……」と考え深げに呟く。


「あり得ない話じゃないな。俺たちはあいつらを放っていなくなったってことだろう? 誤解されて、さらなる破壊衝動が現れる可能性はある。あいつら、俺たちと仲間だって意識はまだあるみたいだからなぁ」


 ヒロフミはポツリと呟き、ため息をついた。長く悪魔族のところで密偵をしていたのだから、アルたちよりよほど理解しているのだろう。

 ヒロフミがそう言うのならば、確実に起こる未来だと考えて良さそうだ。


「――と、なると……アルが方法を見つけても、状況を見極める必要がありそうだな」

「そう考えてくださるのでしたら、ありがたいですわ」


 ジェシカがホッと表情を緩めるのを横目で眺めながら、アルは本当にこれで良いのかと、また少し悩んでしまった。

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