第450話 共に行こう

 トラルースとの情報交換兼お茶会を終えたアルたちは、翌日ジェシカとの約束通りドラグーン大公国近くまでやって来ていた。異次元回廊に向かう準備はバッチリだ。


「ジェシカさんはどこに――」

『あれではないか?』

「あれだろうな」


 周囲を見渡す必要もなく見つけられた。

 ブランが呆れた様子で鼻先で示し、クインがため息まじりに頷く。アルは無言で門を眺めた。


 ジェシカと見覚えのない女性が、門に隠れるようにして佇んでいる。

 だが、その装いは到底冒険者などには見えないため、魔の森に向かおうとする冒険者や門衛に奇異な目を向けられていた。つまり、非常に注目を浴びている。


 アルはきちんと、目立たないようにして待っていてほしいと告げたはずなのだが。貴族の令嬢とその侍女に求めるなら、もっと詳細に頼むべきだったか。せめてワンピースはやめてくれ、とか。


「……行きたくない」

「吾が代わりに、と言ってやりたいところだが、それはあまり良くないだろうな。冒険者ギルド証とやらも持っておらぬし。身分証を求められたら騒ぎになる」


 木の陰からジェシカたちの様子を窺いつつ動くのを躊躇うアルに、クインが肩をすくめる。正論だ。


『……我が行くか?』


 すごく嫌そうな顔をしながらも、ブランが提案してくれた。魅力的な言葉だったが、アルは少し考えた後に首を横に振る。


「魔物が襲ってきたって判断されたら、周りの冒険者に攻撃されちゃうよ」

『それは面倒くさいな』


 ブランが尻尾をゆらりと揺らす。

 せめて、ジェシカたちが自ら魔の森の方まで出てきてくれたら良いのだが――。


「あれ? 気付いた?」

「こっちを見ておるな」

『首を傾げているようだが』


 ジェシカと侍女らしき女性が、こちらを指さしながら何か話しているようだ。

 何故気付いてくれたのだろうか、と考えたところで、アルの肩に居座っているブランの尻尾の動きが視界に入る。


「もしかして、ブランが見えたのかな」

『む……なるほど、隠れきれておらんかったか』


 たまに冒険者が不思議そうに見ながら通り過ぎていくので、その様子のせいかもしれないが、ブランに気づかれた可能性の方が高いだろう。


「ブラン、尻尾アピールして」

『……なにやら馬鹿みたいな言葉だな』


 ブランが納得がいかなそうに顔を顰めながらも、わざと木の陰から見えるように尻尾を大きく振った。


「お、来るようだぞ」

「ほんとだ。――こっちですよ」


 再び様子を窺ったところで、ジェシカと目が合った気がする。

 軽く手を振ると、ジェシカが頷いて近づいてきた。門衛が慌てて止めようとしているようだが、それについては自分たちでどうにかしてほしい。


「合流できそうだね」

「あの者たちを連れて、人目のないところで転移するということで、良いのだな?」

「はい、そのつもりです」


 魔の森の奥まで入る必要はないだろう。女性二人を連れて森を歩くのは大変そうだから避けたい。

 ブランとクインと三人で雑談をしていたら、ようやくジェシカたちがやって来た。


「アル、迎えに来てくれてありがとう」

「いえ、そちらが侍女のリアンナさんですか?」

「はい。お嬢様ともども、お世話になります」


 スッと頭を下げるリアンナに軽く頷きながら、さらに森の中に進むよう促す。いつまでもここに留まっていては、より注目を浴びることになりそうだ。


 ブランとクインが積極的に魔物を追い払ってくれるのをありがたく思いながら、人気のない場所を目指す。実力のある冒険者は視界に入らない場所でもこちらの気配を察知していることがあるので厄介だ。


「……この辺でいいかな」

「吾らに注意を向けている者はいないようだ」


 クインからの太鼓判もあり、アルは足を止めた。冒険者も、ドラグーン大公国関係者も、アルたちの動向を監視していないようだ。


 改めてジェシカとリアンナに向き合う。二人とも真剣な表情で見つめ返してきた。


「お二人共一緒に異次元回廊に転移で向かうということで良いですね?」


 念の為最終確認すると、即座に頷きが返ってきた。

 二人の顔が少しこわばっているように見えるのは、緊張からだろうか。アルたちが一緒とはいえ、試練の地と言われる場所に赴くことに恐怖心が湧いてもしかたない。

 ジェシカは当代の先読みの乙女であっても、身体能力は普通の貴族令嬢と変わらなそうだし、リアンナも戦闘能力はなさそうだ。


「……よろしくお願いしますわ」

「危険はないのですよね?」


 言葉少なに返事をするジェシカの横から質問が飛んでくる。リアンナの、侍女として主人の安全を確保しなければという思いが伝わってくるような表情だった。


「ええ。ですが、異次元回廊内でも勝手に動き回ることはやめてくださいね」


 少しばかり、行動に釘を刺しておく。

 魔物が出る場所に二人を連れて行くつもりはないものの、行動を抑制しておくに越したことはないだろう。完全な味方とも言えないのだから。


「分かりました。アル様のご指示に従います」


 様付けで呼ばれることを拒否したかったが、今は雑談で時間を潰すべきではないと判断して口を噤んだ。周囲一帯の魔物はブランが一掃してくれたようだが、再び近づいてくる気配もあるのだから。


「では、こちらを口に含んでください。異次元回廊への転移を行えるようにするためのものですので」


 コンペイトウをそれぞれに配り、口に入れたのを見てから、転移魔法を発動した。目指すのは、異次元回廊内の知識の塔だ。

 把握できた転移の印に意識を集中した次の瞬間には、視界が一変していた。


「……まぁ!」

「これが、転移魔法……」


 ジェシカが突然目の前に現れたように見える塔を眺めて感嘆の声を上げる。リアンナは呆然とした表情だった。転移魔法を初体験したのだから、その反応も当然だ。


 慣れているアルは、周囲に視線を移す。ヒロフミたちは、知識の塔を拠点にして、白い神殿に残された文章の解析をしているはずなのだ。


「急に騒がしい……と思ったら、アルか。なんか増えたな……?」

「ヒロフミさん、お久しぶりです」


 塔の入口から顔を出したヒロフミが、ジェシカとリアンナを不審げに眺めている。一応二人を連れて行くことは連絡しておいたのだが、タイムラグの関係でまだヒロフミに届いていなかったのかもしれない。


「ああ。ついさっき、アルに連絡をしたんだが。解読の結果が出たって」

「あ、それ受け取りました。返事は届いてませんか?」

「ないな」


 連絡端末を確認した後、ヒロフミが肩をすくめる。

 異次元回廊とのタイムラグはつくづく厄介だ。


「まぁ、届いてなくても問題はないんですけど。これから戻ることを告げただけなので。こちらの二人はヒロフミさんたちに用があるようなので連れてきたんです。厳密に言うと、こちらのジェシカさんが当代の先読みの乙女として話をしたい、ということなんですけど」


 軽く二人を紹介したら、ヒロフミが目を丸くした。


「当代の先読みの乙女? とんでもないのを連れてきたな」


 ジェシカをじろりと眺め、小さく首を傾げている。


「よろしくお願いいたしますわ、異世界の御方。ヒロフミさんと呼んでもよろしいかしら?」

「うわっ、見た目通りの貴族令嬢か……。俺に礼儀は求めるなよ。呼び方のは好きにしてくれ」


 顔を顰めながらひらりと手を振り、ヒロフミが塔に引っ込む。ついて来いということだろう。

 戸惑った表情のジェシカとリアンナを連れ、アルたちも中に入る。


 久々の再会のはずなのに、懐かしさを感じる隙もないくらいのドライな対応だが、それもヒロフミらしい。つい笑みがこぼれた。

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