第448話 精霊は雁字搦め
お茶を飲んで気分転換したところで、アルは霧の森や聖域に赴いて分かったことについて話した。
「――ふーん……そういうことか」
トラルースが大きく反応を示したのは、『放棄された塔にいるオリジネという名の妖精の話』と『聖域の礎である精霊ソーリェンの話』、そして『イービルの魔族創造の記録に関する話』だった。
長く話して渇いた喉をお茶で潤してから、アルはトラルースの表情を窺いながら口を開く。
「トラルースさんは、オリジネという妖精を知っていましたか?」
「知らねぇな。……創世の頃からそこにいるんだろ? 知ってんのは王くらいだろうな。俺は精霊の中だと若いし」
若い、と言ってもすでに百年以上生きている可能性がある。アルにとって、精霊の年齢はどうでもいいので、深くは聞かないが。
「オリジネさんもそう言ってましたしね。どうにも、あの塔の意義がよくわからない……」
あの塔で、原初の魔力が生み出され、世界に送り出されていることは分かっている。だが、アルが一部を破壊してしまっても、世界に影響はなかったようだ。
ソーリェンも『放棄された塔』と言っていたし、すでに代用となるものが世界のどこかに存在していて、塔が不必要なものになっている可能性がある。
その場合、その塔をずっと一人で管理しているオリジネが、少し可哀想に思えるが。
「――あ、でも、転送陣の管理には必要なのか……」
それが唯一の意義とも言えるが、転送陣自体使う者が滅多にいないという代物だ。意義としては薄いと言わざるをえない。
「なんだ、そこで出会った妖精に同情してんのか?」
トラルースがクッキーをポリポリと食べながら首を傾げる。歯応えがあって、甘みが少ない物が気に入ったらしい。
「同情……そうですねぇ。閉じ込められて一人きりなのは寂しいだろうとは思いましたけど」
別れ際のオリジネの様子を思い出して目を細める。
ブランが『会いに行ってやるんだろう?』と尋ねてきたので、「うん」と頷いて返した。
「妖精も精霊も、長く生きる者として生み出されている。短命な者が思うほど、時の長さに煩わされることはねぇはずだ」
トラルースが肩をすくめた。アルの甘さを窘めるような仕草だが、口調は優しい。必要以上にオリジネのことで思い煩う必要はないと、トラルースの方がアルを甘やかしているのだ。
その優しさが嬉しくて、つい口元が綻ぶ。
「元々の命の長さが異なっていれば、精神構造が違って当然ということですか……。そうなると、ソーリェンが長く聖域の礎として精神性を残していることはともかく、やはり魔族や悪魔族には辛い状況だったと考えるべきなんでしょうね」
アルは数百年以上の長い年月を生きる感覚が分からない。
だが、精霊や妖精など長命な種族との出会いや、サクラたちとの話を通して、その辛さを想像することはできるようになった。
この世界で生み出され、人間同様の精神性を持つ魔族たちが、どれほどの苦しみを抱いて生きてきたか。
考えると、魔族から分かたれた悪魔族が世界の崩壊を望むのも無理はない気がするのだ。それが彼らにとっての救いということだろう。
だが、当然そんなことはこの世界で生きるアルにとっては受け入れられないこと。なんとか穏便に流れを正したいものである。
「……そうだな」
トラルースは微妙な表情だが、アルの言葉を否定することなく頷くに留めた。
精霊は世界を守るために、悪魔族やイービルと敵対する立場だ。アルが説明した話で色々と思い悩むような表情をしていたから、完全に悪と見定めているわけではないのだろうが。
むしろ、それ故に、今後の行動に迷っているように見える。
アルはそこまで考えたところで、ふと首を傾げた。
精霊の力はイービルに及ばない。それはおそらく、イービルが創世神アテナリヤから分かたれたものだからだ。
では、精霊はどのようにして、イービルや悪魔族に対抗するつもりだったのか。これまでは悪魔族たちが為したことに、後手に回って対処していただけのようだが――。
「答えられるなら答えていただきたいんですけど……」
「なんだ?」
「精霊って、本気で悪魔族やイービルを倒すつもりがありますか?」
前置きをしながらも、婉曲表現なしに尋ねる。トラルースは一瞬目を見開いてから、視線を彷徨わせた。
暫く沈黙が続く。その間を、アルは静かにお茶を飲みながら待った。
『アル、チョコレートを食いたい』
「それなら、たくさん用意してあったでしょ――って、なくなってる……?」
ブランが腕をテシテシと叩いてきたので、改めてテーブルを眺めて気付いた。用意したスイーツの大半がなくなっている。どこに消えたかは考えるまでもない。
「ブランよ、食べすぎだ」
「たくさん食べたね……」
クインと一緒に、思わず呆れた目をブランに向けた。
作りすぎた分はブランが消費してくれると当然考えていたが、こんなにも短時間でなくなるとは思わなかった。そして、さらにチョコレートをねだられることになるとは……。
『我をなめないでもらおう』
「誇らしげにするところじゃないからね?」
とりあえず追加のチョコレートを皿に出しながら、ブランの頭を軽く小突く。この程度でブランの食欲が抑えられるとは思えないが。
『アルの作ったものが旨いのが悪い』
「……今日のはクインも手伝ってくれたけど」
ブランの食欲の責任を負わされたことを咎めるべきか、暗に褒められたことを喜ぶべきか。迷った末にアルはどちらとも言えない返事をしていた。
クインが「アルはブランに甘い。ちょっと褒められたくらいで、すぐ甘やかす……」とぼやいている。
アルはそっと視線を逸らした。
「お前らは相変わらずマイペースだな」
「ブランのせいですよ? 僕は真剣に話をしてますし、聞いてます」
トラルースの呆れた感じの言葉に、反射的に抗議した。すべて、ブランがマイペースなのが悪いのだ。アルはそれに巻き込まれているだけである。
『我のせいにするな!』
「どっちもどっちだな。お前ら、結構似た者同士だ」
「え、心外すぎる……」
『それは我のセリフだぞ!』
アルとブランの言葉は、当然のように聞き流された。言葉遊びのようなものだったので、別にいいのだが。
「それで、精霊の今後の行動についての話だったな」
「はい。……聞いておいてなんですけど、理に抵触するとか事情があるなら、答えなくていいですからね?」
アルは念を押しておいた。トラルースの親切さを考えたら、無理して情報をくれようとしかねない危惧があったからだ。
精霊の役割と創世神に関わる話は、高確率で理に触れる。そしてそれは他者に話してはならない事柄である。
そのことを、アルは重々承知していた。
「分かってる。俺だって、罪を負いたくはねぇからな。だから、答えられる範囲で答える」
そう前置きしたトラルースは、わずかに目を細めて宙を見つめた。どこか面白くなさそうな表情を浮かべているように思える。
「――精霊はイービルや悪魔族と直接対峙するつもりはない。能力的に不利とは言えねぇが、決定打に欠けるからな」
「でしょうね」
なんとなく予想していた言葉だ。アルは頷いて話の続きに耳を傾ける。
「そのために、精霊は帝国と繋がりを持っているようなもんだ。帝国が誕生する前は、別の国と繋がりがあった」
「……それは、人間に、悪魔族たちとの行動への対処をさせるためですか?」
「人間が警戒心を持っていたら、あいつらの行動範囲が狭まる。それなりに効果があるんだ」
トラルースが肩をすくめる。
遠回しな対処法は、精霊たちの現在のあり方と同じだ。イービル陣営と直接対峙しないという方針の下、様々な手を打っているのだろう。
「今後も、明確な行動はとらない予定ということですか」
「そうだな。あいつらがまた魔力を消失させるようなことをすれば、その対処に乗り出すが。まぁその程度だろう」
いつまで経っても、それでは問題が解決しないだろう。
アルはそう思ったが、トラルースも同じように考えているように見えたので、言葉にはしなかった。
トラルースだって、精霊の方針に縛られて行動している。アルはそれを批判したいわけではないのだ。
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