第446話 精霊と美味しいスイーツ

 ブランが巨大な魔物電猛象エレモンファンを狩ってきて、バーベキューを楽しんだ翌日。

 アルたちは再びトラルースを訪ねた。目的はもちろんお茶会情報交換だ。


「こんにちは。今日は良い天気ですね」

「そうだな。夜中は珍しく土砂降りの雨だったが、晴れたみたいで良かった」


 出迎えてくれたトラルースが空を見上げる。

 昨夜、就寝頃に降り出した雨は、朝まで空を灰色にしていた。今はそんな天気が嘘だったような晴天である。


「あ、虹」


 トラルースにつられて空を見上げたアルは、みつけた珍しいものに、少しテンションが上がった。雨上がりの空の美しさは格別だ。


『うむ? 虹にしてはなんだか——』

「……あれは、雨の影響ではないと思うが」


 首を傾げるブランと眉を顰めるトラルースの言葉を疑問に思っていたら、すぐにその答えが明らかになった。


『ねえ! これ、綺麗でしょ?』

『アルたちを歓迎する気持ちを示してみたよ』

『おいらたちが水を振りまきながらひとっ飛びすれば、これくらい容易いもんさ!』


 妖精たちが集まってくる。その手にはそれぞれ器を持っていて、それで空中に水をまいて虹を作り出したのだと知れた。

 ラッキーだ、と感じていた気持ちが少し薄れる。だが、歓迎されていることが嬉しくないわけではない。


「そうなんだ。気を遣ってくれてありがとう」

『お礼は甘いものでいいぜ!』


 妖精たちはきゃーきゃーと歓声を上げて喜んでいる。

 彼らはあまり飲食をしないイメージを持っていたが、それなりに食に興味があるようだ。トラルースたち精霊の食事情を改善させるためなのかもしれないが。


「それはもちろん。たくさん食べてね」


 都合の良いことに、昨日大量の甘味を作ったばかりだ。胸焼けした気分はまだ完全に拭いきれておらず、アルはあまり食べる気はない。

 だから、主にブランが消費するだろうと予想していたのだが、その頭数が多少増えたところでまったく問題なかった。


「……どうせ、大量に作ったんだろ」

「バレちゃいました? トラルースさんもたくさん食べてくださいね」


 呆れた顔のトラルースに、にこりと笑って返す。トラルースは肩をすくめるだけで何も言わず、そのまま家の中へとアルたちを促した。


 大きな木の幹に作られた扉の先に広がるのは、家ではなく広い草原のような空間だ。以前見たときと中は変わっていない。

 ——と思いきや、新たなものが増えていた。


「それはなんですか?」


 草原にポツリと存在するガゼボ。木材でできたそれは、温かみのある印象だ。


「ガゼボというものらしい」

「それは知ってますけど、どうしてそれがここに?」


 以前は簡素なテーブルと椅子があったくらいだったと記憶している。それに比べると、随分と文化的な生活環境ができているようだ。……寝る場所などは見当たらないが。


「マルクトの人間かぶれの余波」


 端的な返答。ため息まじりのそれに、アルは「ああ……」と納得するしかなかった。同時に少し申し訳なさを感じる。


 マルクトが人間の生活に興味を持つようになったのは、確実にアルの影響だ。そのような変化を悪い風に捉える精霊もいると聞いている。

 精霊は本来、他種族に冷淡な性格なのだから、マルクトが異端扱いされているのもしかたない。


「——トラルースさんとしては、その辺、どうお思いですか?」


 仲が良い二人の間に軋轢が生じているならば、アルが謝るべきだろう。

 そう思って問いかけたが、トラルースは軽く片眉を上げて不思議そうにしただけだった。


「前にも話さなかったか? 別にどうとも思わねぇ。物好きだとは感じるが、あいつがどう生きようとあいつの自由だ。役目をしっかりこなしてるんなら、他の精霊共が文句を言ってたって聞き流せばいいだけだ」


 許容力があるというか、どこか同族への冷淡さを感じる発言だった。

 トラルースは精霊との仲間意識が強いのだとアルは感じていたが、独立独歩の傾向が強いのかもしれない。


「トラルースさんが気にしてないならいいですけど」


 アルはそう答えてから、ガゼボに近づいた。ちょうどよく広いテーブルがある。用意したもの全ては載せられないが、好きな物をとってもらって楽しめそうだ。


 アイテムバッグから次々にスイーツを取り出す。口直しように、ハーブウォーターやお茶、スープも準備した。サンドウィッチや鳥肉のナゲットなどの軽食も並べて、お茶会の用意は完了。


「……随分と作ったんだな」

「予想以上でした?」


 マルクトが目を丸くしていた。その近くでは妖精たちが華やいだ雰囲気で騒いでいる。喜んでもらえてなによりだ。


「ああ。相当手間がかかっているな」

「クインにも手伝ってもらったんです」


 アルの斜め後ろで黙っていたクインを手で示すと、トラルースの視線が流れる。


「……魔物は料理をするのか」

「人型なれば、人のように行動してもおかしくはあるまい」


 にこりと笑うクインに、トラルースは肩をすくめて目を逸らす。そして、何も返事をすることなく長椅子に座った。

 アルも席についたところで、ふと異次元回廊での光景を思い出す。


「そういえば、異次元回廊でクインに会ったときもお茶会をしましたね」

「そうだな。あの時の食べ物はすべて、異次元回廊の特殊能力で創られたものだが」

「創造能力って便利ですよね……」


 アカツキやサクラなど、魔力がありさえすればたいていの物を生み出せる能力は、反則的に便利だ。……それによって、命あるものさえ生み出せてしまうのだから、使い方には注意しなければならないが。

 似た能力によって生み出された存在が、アカツキたち魔族である。


『話はいいが、食わせろ!』

「おっと……ごめん。——はいどうぞ。でも、食べ尽くさないようにね?」


 無意識で捕らえていたブランに文句を言われた。

 ブランはスイーツを見た瞬間によだれをこぼして飛びつきそうになっていたのだから、アルの行動は間違っていないと思う。だが、お茶会の開始の合図としてちょうどよかったので、ブランにいくつかのスイーツを取り分けてあげた。


『うむ。もっと取り分けておいていいぞ』


 偉そうに頷きながらそう言うと、ブランはパクッとケーキにかぶりつく。途端に目を細めて喜ぶ姿があまりに素直で可愛くて、アルは笑って追加を用意してあげるしかなかった。


「これはなんだ?」

「あ、ニンジンケーキです。精霊って、野菜がお好きでしょう?」

「……スイーツにまで使うのか」


 感心したような、呆れたようなコメントの後、トラルースは豪快に手掴みしたニンジンケーキを頬張る。そして、もぐもぐと味わった後、ポツリと「……美味い」と呟いた。


 それが本心からの感想だとわかって、アルは頬を緩める。気に入ってもらえたなら、準備した甲斐があった。

 妖精たちもそれぞれ『これ、精霊が好きそう』とか『ミルクが濃厚でおいしー!』とか感想をこぼしながら楽しんでいるようだ。


「クインは軽食?」

「甘いものはしばらくいらぬ」

「……同意です」


 アルとクインはサンドウィッチを楽しんだ。照り焼きチキンを挟んだものは食べごたえがあっていい。パンではなく、コメで挟んだものも美味しかった。昨日、ブランも随分と賞賛してくれたので、間違いはないと分かっていたが。


 しばらく感想を言ったり、聞いたりしながらお茶会を楽しんでいたが、アルはふと周囲を見渡して首を傾げる。なんだか、前回来たときとは少し雰囲気が違う気がした。


「——もしかして、魔力濃度が薄くなった……?」

「気づいたか」


 トラルースがにやりと笑う。

 そろそろ情報交換の時間がきたようだ。

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