第445話 働き者たち

 朝食というよりほぼブランチな食事を終えたら、後は予定がない。とはいえ、アルは明日のお茶会に向けてスイーツ作りに励むつもりだが。


「ブランはどう過ごすの?」


 ソファで怠惰に寝転がっているブランを見下ろす。

 食べたばかりで寝ると太るぞ、なんて言えないのは、ブランが大量に食べても一切体型が変わらないから。貴族女性が羨望の眼差しを向けそうな体質だ。


『んー……味見係なら任せろ』

「そんな役目は用意してません」


 味見と言いつつ、すべてを食べつくされる予感しかない。

 ブランは『むぅ……』と拗ねながらも体を起こし、外に視線を向けた。


『では、久しぶりに魔の森を散策してくるか』

「美味しい魔物がいたら、よろしく」

『晩飯だな。特大の肉を狩ってくる』


 重々しく頷くブランは、相変わらず自分の食欲のためなら働き者である。

 アルは「あまり大きすぎても、調理が大変そうだなー」と呟きながらも、作業を開始するために動き始めた。


『昼飯はどうする?』

「え、食べるの?」


 アルとクインはともかく、ブランは既に二食とっているはずだ。昼食は必要ないだろうと判断していたのだが、そうはいかなかったようだ。


『むしろ何故食わんと思ったのだ?』


 無垢な眼差しで問い返されて、アルは閉口した。さすがブランだなぁという感想しか生じない。


「……自分で狩ったお肉食べたら?」

『アルが作った飯がいい』

「わがままだなぁ」


 そう返すも、正直悪い気はしない。自分の料理を気に入られているのは嬉しいものだ。手間がかかるという点を除けば。


「——じゃあ、コメのサンドウィッチでも作ろうか」

『サンドウィッチは分かるが……コメ?』


 ブランがきょとんとした目をしながら首を傾げる。アルは頷きながら、いつだったかアカツキに聞いた料理のことを考えていた。


 いつもサンドウィッチと言えば、パンに具材を挟んだものを用意するアルに、アカツキが「コメっていうか、薄めのおにぎりを焼いてパン代わりにしたのも美味しいですよ」と教えてくれたのだ。特に、ショウユや味噌で味付けした具材が合うんだとか。


 唐突にそのことを思い出したので、時間の余裕がある今、作ってみることにしたのだ。とはいえ、初めて作るものだから、美味しい保証はないが。


「具材は薄切りのお肉とオニオンをショウユと砂糖で炒めたものにしようかな。あと揚げた鳥肉を甘酢ダレとタルタルソースで味付けしたものもいいかも」


 初めて作るものは創作意欲をそそられる。

 嬉々と作業するアルを、ブランがソファで寝そべりながら眺めていた。昼食が完成するまで、再び怠惰に過ごすことにしたらしい。


「コメはダシを入れて炊こう。アカツキさんはショウユやミソで焼きおにぎり風にしてもいいって言ってたけど、具材の味が濃いとくどくなりそうだし——」

『聞いているだけで旨そうだな……。腹が減る』

「楽しそうで良いことだ」


 お茶を飲んでいたクインも、ほのぼのとした雰囲気でアルを見守っていた。


 ダシを入れて炊いただけで、コメはいつもよりさらに美味しそうな匂いを放つ。朝ご飯を食べたばかりだというのに、アルまでお腹が空いてきたような気がしてしまうのだから、威力が大きい。


 自制しながらコメを円形に丸めて平にし、フライパンで焼いていく。網で焼く方が焦げ目ができて美味しそうだが、今回は簡単なやり方にした。


 焼けたコメに具材を挟んで完成。ブランが食べやすいように、どれも一口サイズにしてみた。これを素材採取用のアイテムバッグに入れてブランに渡す。


「はい。帰ってきた食べた感想を教えてね」

『旨いしかないだろうな』


 当たり前のように言われて、アルは微笑んだ。その一言だけでも、わざわざ作った甲斐がある。


 アイテムバッグをくわえたブランが、外に出た途端中型サイズに変化した。そして、瞬く間に姿が消える——と思ったら、空を白い姿が駆けていくのが見えた。森の中ではなく、空中散歩の気分らしい。


「……さて。クインはどうしますか?」

「吾は、今日は休ませてもらおう。——だが、手伝いが必要ならば言ってくれ。料理というものに興味が湧いた」


 クインがにこりと笑う。

 予想外な提案に、アルは僅かに目を見開いた後、ふふっと笑い返した。クインと一緒に料理をするというのも、なんだか面白そうだ。


「いいですね。では、手伝ってください」


 初心者が作りやすいスイーツはなんだろうか。頭の中でレシピを検索しながら、アルは慣れた手つきで材料の準備を始めた。





 テーブルの上にはたくさんの焼き菓子。埋め尽くすほどの数のそれは、どれも甘い香りを放っていて、逆に食欲を減退させている気がする。

 作っている最中から甘い香りを嗅ぎすぎて、もう胸焼けしそうな感じだ。


「……作り、すぎた」

「吾は大量に甘味をとった気分だ……」


 最初は意気揚々としていたクインも、少しげっそりとした表情である。

 テーブルに並べているのは、粗熱をとるものばかりで、アイテムバッグの中にはすでにこれの何倍もの数のスイーツが入っているのだから、どう考えても作りすぎだった。絶対にお茶会だけでは消費できない。


「——まぁ、ブランが食べるだろうし……」

「あれの食欲は、いまだに驚愕する」


 本来の体格が同じくらいのクインが驚くのだから、ブランの食欲は飛び抜けているのだろう。やはり胃の中が異次元空間になっているのではないだろうか。


 真剣に考えながら、粗熱が取れた焼き菓子をアイテムバッグにしまっていく。

 そして、最後の一つをしまい終え、換気をしようと動き出そうとしたところで、連絡が入っていることに気づいた。


 ヒロフミたちとの連絡用の魔道具が反応しているのは久しぶりに見る。異次元回廊とのタイムラグを考えると、ヒロフミたちにとっては大して時間が経っていないのかもしれないが。


「なんだ?」

「ヒロフミさんから連絡が来たようです」


 内容に視線を落として、目を見開いた。

 そこに書かれていたのは『白い神殿で得られた文章を解読した結果、衝撃的なことが分かった。アルの意見を聞きたいので、良ければ戻ってきてほしい』という文章。


「——解読が、終わったのか……」


 アテナリヤのこれまでを綴っていると思われる、白い神殿に遺された文章。様々な国の言語で書かれ、まるでパズルのようにバラバラに情報が散りばめられていたので、解読には時間と手間がかかった。


 不意に現れた魔法陣らしき図の情報を求める必要もあったため、アルとヒロフミたちは手分けして作業することにしたのだ。そして、アルは異次元回廊の外に出た。


 それによってアルが得られた情報は『魔族たちがイービルによって創られた存在である』ということ。同時に、彼らの故郷に帰還する方法は存在していないという、伝えるのを躊躇うような事実だ。


「うーん……どういう情報なんだろうなぁ……」


 果たして、衝撃的なことという話の中に、魔族に関することは含まれているのか。あるいは、アルが想像していた通りに、アテナリヤがかつては人間であり、アカツキの婚約者であったと推測できるような情報があるのだろうか。


「なんにしても、聞いてみなければ始まらぬだろう」


 悩むアルに、クインが静けさに満ちた表情で告げた。長生きしているだけあって、アルよりも泰然としている。

 そんな雰囲気がアルを冷静にしてくれた。確かに、ここで一人で悩んでいてもどうしようもないのだ。ヒロフミたちが意見を求めているなら、アルは最大限協力するのみ。


「そうですね。アテナリヤのことを知れたら、僕の推測も確信になるかもしれませんし。そうしたら、アカツキさんたちに、情報を話すのも躊躇う必要はなくなる可能性もありますしね」


 何事も前向きに考えよう。

 そう決めたアルは、『近い内に戻ります』と、ヒロフミたちにいつ届くかも分からない返事を書いて、作業を再開した。


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