第442話 再会とこれからの予定

 マルクトの転移魔法により、ジェシカと共に送られる。

 一瞬で視界が変わり、慣れた森の空気を感じた。普通の魔の森より魔力が濃く感じるのは、マルクトが敷いた結界の影響だろう。


「魔の森だ……」

『久しぶりな気がするぞ』

「実際はそんなに久しぶりじゃないんだけどね」


 ブランと二人、視線を交わしてから動く気配に意識を向ける。

 大きな木の幹にある扉から、トラルースが顔を覗かせた。アルたちを見て、僅かに目を細めている。


「一緒に来たのか」

「どうも、お久しぶりです」


 トラルースとは前回、異次元回廊から出たときに会った。その際は帝国の動向を教えてもらったのだ。


「俺にとっちゃ、予想以上に早い帰還だったがな。……そっちの女は聖魔狐か。探してたヤツに上手く会えたようだな」


 ふっと笑ったトラルースが、ジェシカに視線を移す。


「あんたはすぐ王都に戻るんだろう」

「ええ。侍女を待たせておりますもの。でも、アルさんと異次元回廊に行く約束をしたので、すぐにまたお世話になると思いますわ」


 ジェシカが微笑む。

 片眉を上げて意外そうな表情をしたトラルースが、アルに視線を戻した。


「なんだ、わざわざ正規の入り口を通るつもりなのか?」

「いえ。……そのことを説明し忘れていましたね」


 うっかりしていた。

 アルはきょとんと目を丸くしているジェシカに視線を向ける。


「——僕は転移魔法で異次元回廊内に直接移動ができるんです。コンペイトウというアイテムが必要なんですけど、まだ余っていますから、ジェシカさんも一緒に転移できると思いますよ」

「まあ、そうなの? ありがたいわ。では、すぐに魔族の方々とお目にかかれるのね」


 異次元回廊にはいくつか転移の印を設置している。本来は内外の転移を拒むようになっている異次元回廊だが、以前リアムからもらったコンペイトウを食べれば、問題なく転移できるはずだ。……タイムラグの影響は、どうしても無にはできないが。


 アルはそこまで考えたところで、重要な注意事項を伝え忘れていたことに気づいた。微笑むジェシカに、念を押すことにする。


「異次元回廊とこちらとでは、時間の流れ方が違うようです。こちらで一日の時間が、異次元回廊だと一年、あるいはこちらでの一年が異次元回廊での一日ということもありえます」


 実際、転移魔法によって強引に立ち入ることで、時間の誤差は大きくなる可能性がある。その覚悟はしておいてもらわないといけない。

 特に、ジェシカは今回、侍女との約束のために帰還を急いでいた。異次元回廊に赴くならば、そうした約束事はしない方がいいだろう。守れる確率があまりに低すぎる。


「そうなの……なんとなく聞いてはいたけれど、そんなに……」


 僅かに目を陰らせたジェシカだったが、覚悟はできていたようですぐに力強い眼差しでアルを見据えた。


「父には長く帰らないと伝えてあるわ。侍女は一緒に連れていけたらいいのだけれど……どうかしら?」


 アルとブラン、クインは顔を見合わせた。

 ジェシカにとっては死を覚悟しなければならない場所に赴く予定だったのだから、父親との長い別れの了承は得ていると分かっていた。だが、侍女も共に連れて行くというのは予想外だ。


 侍女の分のコンペイトウはあるから、共に転移するのは構わないが、本人はそれを本心から了承しているのだろうか。


「確か、リアンナさんでしたっけ? その方は、ジェシカさんと共に行くという覚悟をしているんですか?」

「ええ。……彼女は、わたくしが生まれたときから傍にいてくれるの。どこへだってついていくと、言ってくれているわ」


 相当忠誠心が高いようだ。そうなると、今頃ドラグーン大公国の都で、主人の帰りを待って随分とやきもきしていることだろう。本心ではここにも共にいたいと思っていたはずだ。


「……分かりました。では、お二人を連れて行くことにします。それで、都へは——」


 リアンナのためにも早めに帰らせてあげないと、と高度を落としている太陽に気づいて促そうとする。だが、その言葉を言い切る前に、魔力が揺らぐような気配を感じた。


 その場にいる全員が振り向く。

 木々の陰から、金色に輝く姿が現れた。


「——リアム様」

「久しいな、アル」


 金の瞳を細めただけの、無に近い表情。だが、それでもだいぶ親しみが籠っているのだとアルはもう分かっている。


 予想していた通り、リアムはジェシカの迎えにきたようだ。ドラゴンがこれほどまでに人間のために動くというのは、正直不思議だが。おそらくリアムなりの思惑があるのだろう。


「そうですね。ドラグーン大公国の様々な問題は片付きましたか? ソフィア様は嫁ぐ計画がなくなって、ドラグーン大公国も独立が可能なようですが」


 ドラグーン大公国の王族と特別な関係にあるリアムは、随分と気を揉んでいただろう。それが解決されたからなのか、今のリアムは以前より穏やかな雰囲気をしているように見えた。


「うむ。余の望みに合致した結果を得た。良きことだ」


 珍しいくらいあからさまに喜んでいる。

 アルは少し驚いたが、もともとリアムがソフィアを始め王族を大切にしていることは分かっていたので、詳しくは聞かないことにした。余計なことに首を突っ込んだら、面倒くさいこになりかねない。


「——それに協力したその娘には、格別の配慮、とやらをしてやったが。アルは受け入れたようだな」

「あ、ジェシカを僕のところまで来れるよう協力したのは、そういうことですか」


 ジェシカの家は、ドラグーン大公国の独立に大きく関わったらしい。協力的な関係性は今後も続くはずで、リアムでさえその関係に配慮したということだ。


 それが、ドラゴンの理として許されるのかは疑問だが、こうして以前と変わらない姿をしているのだから、大きな問題はないのだろう。なんらかの咎を負っていたなら、ここまで穏やかな様子ではないはずだ。


「うむ。……その娘の侍女が首を長くして待っておる。ここに連れてくるか、娘が戻るか」

「ジェシカさんはどうしたいですか?」


 わざわざ選択肢までくれるという親切なリアムに再び驚きながらも、ジェシカに問いかける。

 ジェシカは少し悩んだ様子を見せてから、アルを窺うように見た。


「……後日、都まで迎えに来てくださる? わたくし、ソフィア様にお別れを告げてから出発したいわ」

「ああ、そうですね。構いませんよ」


 その願いは、貴族としては当然の礼儀だったため、アルは軽く受け入れた。ソフィアの世話になっておきながら、挨拶もなく立ち去るなんて、貴族令嬢ができることではない。


『お、都に行くのか。屋台で買い食いできるな!』

「……そうだねぇ」


 リアムが現れてからずっと不機嫌そうな雰囲気を漂わせていたブランが、緩やかに尻尾を揺らして期待している。相変わらず食の魅力に弱い。だが、そういう性質は時にありがたくなる。特にご機嫌取りをしたい時は。

 クインは頭が痛そうに額を手で押さえているが。


「ありがとうございますわ。では、長くここを離れる準備もありますから、三日後でどうかしら?」

「分かりました。ですが、城までは迎えに行きませんよ? せめて、街中、できれば魔の森近くがいいのですが」


 アルもソフィアと久しぶりに会いたいが、本来公女様というのは気軽に目通りできる存在ではない。それに、堅苦しい場も苦手だ。特にブランがそのような場を嫌っているから、進んで近づく気はなかった。


「そうね……。では、魔の森に続く門があるところまでは自力で向かいますわ。それでよろしいかしら?」

「ぜひ、注目を浴びないようにして待っていてくださいね」


 つい念を押してしまったのは、あからまさに貴族の令嬢の姿をしたジェシカが魔の森近くにいたら、冒険者に注目されるに決まっているからだ。そればかりか、門番にも不審に思われることだろう。


 そんな状態のジェシカを、転移魔法で連れ出すのは一苦労である。アルは転移魔法の存在を広く知らしめるつもりはないのだ。


「……頑張るわ」


 なんとなく信用できない返事だったが、とりあえず良しとすることにした。

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