第417話 記録の続き
何をするにも、まずは情報を集め、整理すべきだろう。
そう決めたアルは、俯いていた視線を上げた。すると、ソーリェンがその動きに気づいたように声を響かせる。
『なにやら思考がまとまったようだな?』
「はい。もしかしたらいずれご協力をお願いすることがあるかもしれませんが、今は説明の続きを」
『ほう……何が何やら分からぬが、望みに応えよう』
少しばかり愉快そうに返してきたソーリェンは、いつかの未来で行われるかもしれないお願いについて追及してくることはなかった。声の調子を考えるに、それが役割を外れないならば、受け入れてくれる可能性が高そうだ。
『——さて、続きというと……魔族がこの世界に現れたことの後からだな』
ふむ、と一息ついて、再び言葉が続けられる。
『イービルの下についた魔族たちは長らくその指揮に従い世界に対して破壊行為を繰り返した。幸いなことに、最近になるまで魔力を消去させる技術が開発されることはなかったが、世界は数多の被害を受けた』
「それは先読みの乙女の出身地となったメイズ国を滅ぼすこととかですか?」
アルの問いに『ああ、そんなこともあったな』という言葉が返ってくる。
『あの地は神との関わりも強かった。それ故狙われたという側面もあろう』
「死の森の管理主が興した国のようですからね」
その死の森を創ったのは神だ。それは関わりが強いと思われて当然だろう。メイズ国滅亡後はシモリが管理を担っているわけだ。おそらく死の森の中までは、イービルの手の者は干渉できなかったということのはずだ。あそこは特殊な空間だから。
『イービルたちがもたらした被害は多岐にわたる。一つ一つ開示していれば、時間を浪費することになろうよ。アルはそれを知りたいわけではあるまい』
「そうですね。説明を続けてください」
アルはソーリェンの配慮をありがたく受け取った。酷い過去から目を背けることをいけないことだとは思わない。
過去は過去なのだ。アルがどう思おうと変わることではないし、無駄に精神的な負担を受けるなら知らない方が良いこともある。
『ある時から、配下の魔族が分かれた。イービルの下に残った悪魔族と呼ばれる者と、離れた魔族と呼ばれる者。アルは魔族については情報を持っているようだが?』
「そうですね。本人たちから聞いていますので、その辺の説明はいらないと思います」
『分かった。では続けよう』
一拍おいて、ソーリェンが『悪魔族は』と話し始めた。
『——彼らはイービルに操作され従っているが、そのことを理解している。その上で彼ら自身もイービルに共感している。彼らはこの世界のことが嫌いなのだ。自分たち諸共、世界を滅ぼすことを望んでいる。この世界に彼らを生み出したのがイービルであるという事実からは目を逸らしているのだろう』
「そうなんでしょうね。僕も彼らに対しては同じ思いを持っています」
もしかしたら、悪魔族と呼ばれる者たちは、自分たちの故郷が故郷と言えない可能性に気づいているのではないかと、不意に思った。
自らの存在の消去しか救いがないのならば、世界を道連れにしたいと思っても、不思議はないように思う。消去には消去で応える。それが彼らにとっての復讐であるのかもしれない。
『さて、イービルに関して知ることはほとんど話したはずだ。魔力消去の技術を得たのは最近のことであるし、それによって世界で争いが起こっている事実も、すでにアルは把握しているだろう』
「はい、そうですね。……現時点でイービルと悪魔族の危険性はいかほどなのでしょう?」
少し考えてから尋ねる。
ソーリェンがただ記録を保持するだけでなく、思考力を兼ね備えていることはこれまでの話で十分実感している。ならば、世界を最も把握している存在は、どれほどの危機感を抱いているのか、素直に気になった。
『危険性、か。……そうだな。現在は帝国とイービルたちの操る国が拮抗の戦いを行っている。そして、魔力消去を行う技術には、大量の魔力が必要であり、それを集める余裕がないのも事実。すぐさま世界が崩壊することはなかろうよ』
「……それは、良かった」
思わず、ホッと息がこぼれ落ちる。
気づいたら世界がなくなっていたなんて、世界と共に消えるはずなのでありえないのだが、そもそもそのような可能性を感じたくはない。
ソーリェンの言葉は確実にアルに安堵をもたらしてくれた。
『ただ、一つ問題があるな』
「問題?」
『帝国の者が生み出した、魔力を爆発的に放出させる技術だ。世界に満ちる魔力は少ない状態でも多い状態でもいけない。不安定は世界に綻びをもたらす』
「ああ……」
その技術の話はすでに知り得ていた。それがあるからこそイービルたちの行動を抑止できている現実があるにしても、世界にとって悪影響という現実に変わりない。
『かといって、精霊も上手く動けていない。帝国がイービルを抑えられることは、精霊にとってもありがたいことであり、その均衡が崩れれば、今度はイービルたちによる魔力消去の危険性が高まる。現在は後手に回った対応しかできていないようだな』
「後手……つまり、生じた魔力の不均衡への対処、ですね」
『さよう。それこそが、精霊のすべき役目ではあるが、随分な負担が強いられていることは想像に難くない』
ため息まじりの言葉は、精霊への思いに満ちていた。やはりかつての同族への思いは強いのだろう。
アルはしばらく頭を悩ませてみたが、世界的に繰り広げられている国同士の争いに、どうすることもできないという結論しか出てこなかった。そもそもアルはそのようなことに関わりたくないのだ。
ただし、悪魔族については、アカツキたちと親しいからこそ、どうにかしてあげたいと思わなくもないが。
そして、精霊についても、アルが何かできることがあるならば、手を貸すことだってあるだろう。精霊の森では随分と歓迎してもらった。同族に近いとも言える。恩を考えれば、協力するくらい当然だ。
異次元回廊に戻る前にトラルースと話をするか、と決めながら、アルはソーリェンにする質問を考える。
イービルに関する情報を聞いたならば、次は先読みの乙女のことだろうか。
「質問を続けていいですか?」
『構わない』
気分を切り替えたのか、憂いのない声が返ってきた。そのことにホッとしながら、アルは先読みの乙女の情報を求める。
「僕は先読みの乙女たちが、神から分かたれた善なる魂であると考えています。彼女たちが必ず聖域を訪れる理由とはなんでしょうか?」
世界中に聖域へと至るための転移陣を用意するくらい、それは重要なことだったはずだ。
『記録を見るためだ』
簡潔すぎる答えに、アルは小さく首を傾げてしまう。
「先読みの乙女は、魂と共に記憶を受け継いでいるのではないのですか?」
『どれほどの記憶が引き継がれているかは分からないが、おそらくあまり詳細ではないのだろう。魂が引き継がれれば、必ず聖域を訪れて、記録を確認する。それにより、行動の方針が定まるのだ』
「……それは、マギ国の王女であった者も行ったことなんですよね?」
つい、私情が表れた。少しでも母のことが知りたいと思う。先読みの乙女の側面が、母とは言えないかもしれなくても。
『ああ。精霊や妖精が手助けして、その者は聖域に訪れた。記録を確認し、方針を定めた後は、一度たりともここに戻ってくることはなかったが。近くに来て後は、早々に先読みの乙女たる資格を喪失していたから、来ることさえ考えられなかったのかもしれぬ』
言われて、聖域が位置する場所を思い出した。
「近く……ああ、ここはグリンデル国の近くなんだから、来ようと思えば来やすくはあったのか……。すぐに僕を生むことになったし、そんな余裕はなかったんでしょうけど」
少しだけ母のことを思い出して、アルは目を細めた。
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