第409話 再会を約す
テントを片付けながら尋ねる。
「朝食はなんにする?」
『肉!』
「うん、予想してた」
分かりきっていた答えが返ってきて、なぜか安心した。ブランらしさの確認方法として、これは良いのかと考えて微妙な気分になる。
『なんだ、別の答えがほしかったのか?』
アルの考えなんて一切気づかず、ブランがうーん、と悩ましげに首を傾げた。
別に肉一択でもアルは困らないのだが。そこに栄養バランスを考えてメニューを考えるのは、アルの日課ともいえる。
「吾は魚を食べたいぞ」
『魚ぁ? 確かに旨いが、少々もの足りぬ気も……』
ブランが難しい表情で座り込み、お腹をぽふぽふと撫でている。それでお腹の状態を探れるのだろうか。
密かに観察するアルを尻目に、ブランは一応の納得が得られたようだ。
『——大量の魚ならば良いぞ!』
「それ、お腹の具合を確認しなくても分かってたよね?」
『何を言う。肉の脂を味わいたいか、魚の旨味を食いたいかは、腹が教えてくれるものだろう』
この狐、当然だろうと言いたげな顔で何を
アルは少々呆けながら「それ、味覚を感じるなら口か脳に聞くものじゃない? お腹って……」と呟いた。
「こやつの食い意地を追究したところで、馬鹿になるだけだぞ」
「それは諦観? それとも達観ですか?」
「どちらもだ。諦観もすぎれば達観に至るもの」
「そうはなりたくないものですね」
心底嫌だと思いながら言うと、クインの目が丸まった。そのままじっと見られるので、アルは聞きたくないなと思いながら、渋々口を開く。
「——なんです?」
「いや……まさか、自覚がないとは」
「大変に心外です」
自覚はあるのだが、認めたくない。
憮然としながら呟くと、くすくすと笑う声が聞こえた。オリジネだ。
『楽しそうでいいわね!』
「僕は少しもよくありませんけど?」
ため息まじりに言葉を返しながら、アルはアイテムバッグの中身を探った。
大量の魚はあるにはあるが、ここで処理するのは面倒くさい。だが、珍しく要望を出したクインのことを考えると、魚料理を作ってあげたい。
せめぎ合った意見をすり合わせ、「うん」と頷き作業を開始する。
ブランはお腹の具合を探って大量の魚料理と言ったのだから、たぶん量がありさえすれば肉でも魚でもいいのだ。ならばどちらも作ればいい。
『あら、アルってば、優しいんだから!』
「それほどでも……ありますけど」
あえて謙遜せずに答えると、オリジネがキャラキャラと笑った。
オリジネは寂しそうにしているより、笑っている方がずっと魅力的だ。アルなりの気遣いである。
『仲良くなりおって……』
ムスリと口を引き結ぶブランは、そろそろオリジネともう少し仲良くしてもいいだろうに。
アルは苦笑しながら会話を続け、手早く朝ご飯を作り上げた。
本日の朝食メニューは、白身魚のムニエルとハムステーキ。彩りサラダとフルーツティーを添えて。パンはお好きにどうぞ。ハムステーキはお代わり自由、とまでいかないが大量に用意してある。
『旨そうだ!』
ブランにも文句なしのメニューだったようで、嬉々として食いつかれる。
お腹いっぱい食べてほしい。昼ご飯が食べられるとは限らないのだから。
『——ん……なんか、嫌な予感を察知したぞ』
ハムステーキで口をいっぱいに満たしながら、ブランが上目遣いでアルを窺ってきた。食べ物に関しては敏感すぎて困る。
「気のせいじゃない?」
「そうだろうな。とにかく今は腹を満たしておけ」
アルに続いて、クインがそう言いながら、ブランの更にハムステーキを追加していた。クインはアルの言外の意に気づいているようだ。
『……ある分は全部食うが』
納得いかない様子で食べ続けるブランを眺めながら、アルは食後のフルーツティーを楽しむ。
ブランのように朝から大量の食べ物を摂取できるほど、アルの胃は強くない。フルーツティーの爽やかさが、こってりとした口を爽やかに変えてくれる。
「アル、魚料理も美味かったぞ」
「喜んでもらえて良かったです」
少ないながらにわざわざ用意した意味を察したクインが微笑む。
こうして礼を言われるだけで、アルは十分だった。そもそも料理は趣味の一つでもあるので、この程度は楽しいと思えるものだ。
『美味しかったわ。これで、私の創り出せるレパートリーが増えたし、アルがいなくなった後にも楽しめるでしょ』
きっちり一人分を完食し、オリジネがふわりと浮き上がる。
人のような生活を必要としないオリジネの言葉が本心かは計りかねるが、礼として受け取っておいた。
『くふーっ……腹三分目!』
「これで三割しか満たってないの? ちょっと引く……」
『追加を頼まないだけいいだろう』
当たり前のように言われたが、全然良くない。礼を言ってくれるクインやオリジネを見習ってほしい。
「……ま、いいや。それじゃ、片付けたら出発しよう」
調理道具は既に仕舞ってある。
皿の洗浄を水魔法を駆使して行っていると、背後でなんだか騒がしい気配がした。
『光玉めっ、ちょこまかと飛びおってーっ!』
『ふふふん、そう簡単に私は捕まらないのよ〜』
何故かブランがオリジネを追いかけ回していた。何があったのだろう。
必死な形相のブランと比べ、オリジネは楽しそうだから、遊びの一環だとは分かるが、今それをする必要性はまったく理解できない。
「何事ですか?」
濡れた手を拭き、皿を片付けた後。アルは壁にもたれて立っているクインに声をかけた。クインは楽しそうにブランたちを見ていて、きっと事情を把握していることだろう。
「オリジネがブランを挑発したのだ。鬼ごっこに勝てたら良い物をやる、と」
「そんな言葉で、乗ったんですか?」
「吾は端的に表現しただけで、だいぶブランを煽るような言い方をしていたな」
なるほど、ブランの高いプライドを考えればこの現状に納得しかない。
胸の内でそう呟きつつも、アルは目で追うのも難しい動きを感覚で把握した。
「……そろそろ出発したいんだけどなぁ」
ピタッとブランの動きが止まる。次いでオリジネも飛ぶのをやめ、ぷっくりと頬を膨らませた。
『遊びの邪魔しないで!』
『遊んでいたんじゃない。勝負をしていたんだ!』
二人の見解の相違はさておき。アルはにこりと笑って、手をパチッと合わせた。
「決着はつかなかったね。それは次会うときまで持ち越しにしようか」
オリジネの目が丸く見開かれる。そして、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。
ブランはブツブツと文句を言っているが、勝負を再開しようとする気配はない。
『約束よ!』
『ふん、すぐに我が勝つがな』
『負け惜しみは、むしろかっこ悪いわよ』
『なんだとっ!?』
いつまでも続きそうな言い合いを、「ブラン」という呼びかけで止める。一瞬後には肩に重みがかかった。いつもより強く衝撃を感じたのは、止められた腹いせだろうか。
なんにせよ、可愛い反抗である。
「それじゃあ、聖域への転送陣に向かおうか」
『うむ。聖域に旨いものがあるといいな』
「お前は何をしに行くつもりなのだ」
クインの呆れた声に、オリジネの笑い声が重なった。笑顔でお別れできるようでなによりだ。
機嫌の良さそうなオリジネに、再度塔の案内を頼んでから、やはりさほど見るべきものがないのを確認し、聖域への転送陣に向かう。
そこは不思議な場所だった。地面に丸く書かれた複雑な魔法陣の中央に、木のような絵が描かれている。その絵は魔法陣としての効果を持っていない。
「これは……」
『聖域で知れることよ』
尋ねる前に遮られ、アルは頷いて終わらせた。
この先で知ることができると分かっていれば、今我慢することなんて大したことではない。
「では、また会いましょう」
『ええ、きっとね』
転送陣の発動は特出するような現象もなく、速やかに行われた。どうやら発動のトリガーはオリジネが握っていたらしい。
アルが気づいたときには視界が一転していた。
「……寂しがっていたのはそっちのくせに、名残惜しささえ感じる余裕を持たせないなんて。これは、会いに行って抗議しないとね」
ぽつりと呟いたアルの頬を、温かな風がふわりとくすぐった。
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