第406話 どこであっても変わらない

 話をしている間に修復を終えた壁に、オリジネは『完璧!』と評価を出した。これで後片付けは終了だ。

 すぐに塔の探索に戻ろうとすると、当たり前のようにオリジネがついてくる。


「暇なんですか?」

『暇なのよ』


 ふふ、と笑って答えるオリジネに、アルは肩をすくめた。

 暇ならばついてきても仕方ない。探索ついでに質問もできるし、アルにとって好都合でもある。


『我らの邪魔をするな!』

『ふふーん、邪魔じゃないのよー。アルも歓迎しているもの。ね?』

「……まぁ、いいんじゃないですか」


 歓迎というほどの熱量はないが、邪魔と言い切るほどオリジネの存在を気にしていないのは確かだ。


 不機嫌そうなブランを気にしつつ、アルはどっちつかずの応えをする。途端に肩に跳び乗ってきたブランに、尻尾で背を強かに打たれた。コートのおかげで痛くはないが、ひどい。


『なんなら夜ご飯をごちそうしてくれてもいいのよ』


 オリジネの瞳がキラキラと輝いた。明確にねだられている。

 なぜかアカツキの顔が重なって見えた気がして、アルは目を瞬かせた。全く見た目の相似がないのに、どうしてそんな風に感じてしまったのか。


「食欲の点なら、ブランに似ていると思ってもおかしくないのに……」

『アル、余計なことを考えてはいまいか?』


 ジトッとした目で見つめられ、アルは顔を背けた。

 食欲とブランは、アルの中で既に等号で結ばれるほど当然の事実だ。だからといって、それを指摘すれば、ただでさえ機嫌の悪いブランがさらにへそを曲げるのは目に見えている。

 アルは自らドラゴンの尾を踏みに行くような愚か者ではない。


「そんなことないよ。――もう晩ご飯か。思ったより時間の経過が早いね。今日中に塔の探索を終えて、聖域に行くつもりだったんだけど」

「予定は未定ということだろう。吾は飯の一食や二食、抜いても構わぬと思うが」


 クインが肩をすくめてそう言った途端、アルの肩とすぐ傍の二か所から、すぐさま『嫌よ!』『我は食うぞ!』と声が上がった。

 食欲の強さが似ているのはやはり間違いではないだろう、とアルは密かに呆れる。


「はいはい。分かったよ。晩ご飯にしようね」

『ふふ、アルはやっぱり良い子! 私、和食というものを食べてみたい』

「ワ食? 妖精なのに、普通のご飯を食べるんですか」

『あら、いけない?』


 むぅ、と唇を尖らせるオリジネを観察しながら、アルは「……いいえ」と答えた。

 どれほどオリジネの言葉が不思議でも、本人がそれを良しとしているならアルがこだわることではない。食べたいなら食べればいい。色々と疑問は溢れてくるのは仕方ないので、ぜひ答えてもらいたいものだが。


『ワ食というと、アカツキが好きなやつだな。お前、そんなものまで知っているのか』

『それについては、ブランを探った時に知ったわ。美味しいんでしょ?』

『旨い』


 食欲が強い者同士、意気投合している様子だ。仲が良いんだか悪いんだか、どっちかにしてほしい。

 アルは二人がどんなメニューを食べたいか話しているのを聞き流しながら、そっとため息をついた。


「アル。飯を食うなら、この部屋から出るか? 危険性はなさそうだが、くつろぐ場でもあるまい。それに……少々埃っぽい」

「壁崩しましたしねぇ」


 床に散らばる土埃、時々石片。空気も少し濁っている。食事を作り食べる場所にはふさわしくない。

 では、どこで食べようか。アルたちだけならば、一旦塔を出るという選択肢もあったのだが、オリジネがいるのでそれは駄目だろう。


『ふふーん。お困りね? 私にお任せなさーい! ついでに塔の説明もしちゃうわ』

「……は?」


 ブランとの食べ物談義を打ち切り、オリジネが張り切った様子で腕を振り上げる。

 途端に、アルの眼前に半透明の板が現れた。転送陣管理機で現れたものと似ているが、映し出されている絵は全く異なる。


「――これは、この塔の地図?」

『ええ。特別に見せてあげる。探索の手間もなくなるでしょ』

「楽しみをとられたとも言えますが」

『……あら、それはごめんなさい?』


 視線を逸らすオリジネに苦笑して、アルは肩をすくめる。言ってみただけで、責める意図はなかったのだ。


 当然、オリジネはアルの内心を読み取り、反省しているような態度は一瞬で消え去った。それが良いことなのか悪いことなのか、アルは未だに判断がつかない。


「この地図によると、空白の場所が多いですね」

『だって、この塔の最重要な役割は原初の魔力の創生と増幅、転送だもの。この空白部分こそ、この塔の真髄とも言えるわ』


 あっさりと答えるオリジネは、それが世界を揺るがしかねない情報だという自覚があるのだろうか。

 そう考えたところで、アルは「あったらこんな簡単に言わないようなぁ」と呟いた。


『失礼ね。あなた、既に世界のいろいろを知っているじゃない。今さら一つや二つ増えたところで大して変わらないわよ』

「なんだかアルが可哀想になってくるな。もっと気楽に生きて良いと思うぞ?」


 オリジネの発言のせいで、なぜかクインに憐れまれて納得いかない。アルなりに自由に生きているつもりなのだが。だからこそ、知らなくてもいいことを探ってしまう、という側面があることは否定しない。


「……まぁ、いいや。それでひとまず、食事の場はどこにします?」

『ここ!』


 オリジネが指したのは最上階だ。

 そこに何があるかは、地図だけではよく分からない。なにやら大きな物体が描かれているが。


『危険はないんだな?』

『ないわよ。私が保証してあげる!』

『信用ならん』


 ブランに対し、オリジネがぷくっと頬を膨らませる。

 原初に近い頃から生きていると思われるのに、オリジネの振る舞いがあまりに稚すぎて、アルはどう扱えばいいのか微妙な気分になってしまう。

 とはいえ、長く生きているくせに幼稚な振る舞いをするのはブランも同じなので、似た扱いでいいのかもしれない。


『……これと一緒の扱いをされるのは嫌だわ』

『どういう意味だ?』


 アルが何も言わない内から、オリジネとブランが睨み合う。仲良くなったり、喧嘩したり、なんとも忙しい。

 関わるのも疲れそうなので、アルは聞こえないふりをしたい。


「とりあえず最上階に向かいます」

「吾が抱えていこうか?」

「……さすがに、歩けないほど疲れていませんから。お気遣いだけありがたく受け取っておきます」

「そうか。何かあれば、遠慮なく頼るがいい」


 やはりクインは大人だ。アルは伸ばされた手を固辞して足を進めた。

 部屋を出てすぐの階段をテクテクと上る。

 途中ドアがあったが、オリジネが『ここはさっきと同じ、転送陣管理機がある場所』とか『ここ、聖域への転送陣がある場所』とか説明してくれたので、探索が一気に済んでしまった。


「じゃあ、聖域に行くときは、そこの転送陣を使えばいいということですか?」

『ええ。いつでも使えるわよ。原初の魔力が十分貯められているし』

『良かったな、アル。今夜にでも、ここからおさらばだ』

『えー!? 泊まっていくでしょ? 聖域でいきなりお泊りとか考えてないでしょ?』


 ブランの言葉に衝撃を受けた様子のオリジネが、アルの顔に迫ってくる。近すぎてちょっと焦点が合わない。

 さりげなく手で押しのけて、アルは小さく頷いた。


「もちろん。ここに危険がないなら泊まっていきますよ。夜に初見の場所に行くのはさすがに無用心ですし」

「そうだな。ブランよ、オリジネに複雑な思いがあろうが、最優先はアルの安全であることを忘れるでないぞ」


 クインにまで窘められたブランは、フンッと鼻で息を吐いて顔を背けた。文句を言わなかったところを見るに、合理的ではない発言だった自覚があるようだ。


 アルはブランの頭を撫でながら、ご機嫌取りをしようと考える。すぐさま出てきたのは晩ご飯のことだったから、やはりブランと言えば食べ物なのだと、自分の思考に少し笑ってしまったが。


「晩ご飯、何が食べたいか決まった?」


 最上階まであと十段ほど。上りきる前に放たれた言葉は――。


『肉!!』


 予想通りだったが、もっと明確なメニュー名がほしかったな、と思った。

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