第405話 軽妙の陰にあるもの

「――ま、ブランの嫉妬はともかく」

『嫉妬なんぞしておらん!』


 クインへの抗議がアルにまで向いてきたが聞き流す。正直どうでもいい。アルたちがそうだと理解しているならそうなのだ。

 おそらく、唯一の友達がとられたような寂しさというのが一番近い表現だろうが、嫉妬という度に反応するブランが面白い。


 それにしても、これまでレイやアカツキたち相手には見せなかった感情だから多少気になる。


「いや、これまでも感じていたけど、表に出なかっただけ?」

『何がだ!』


 うるさい声を防ぐため、耳を手のひらで塞ぎつつぐるりと周囲を見渡す。

 クインがさっさと作業を再開しているのに気づいて、アルも手を動かしながら最終的に視線が辿り着いたのはオリジネだった。


「……なるほど。あなた、もしかして僕の想定以上に厄介ですね?」

『あら。私のせいにするの?』


 オリジネが楽しそうに笑う。おかげでアルは確信を得た。

 言葉遊びを好むオリジネが、嘘はつかないことをアルは察している。正直者である、とは妖精の基本性質だ。

 すべての妖精の始まりにオリジネがいるならば、その性質は持っていて当然である。


 とどのつまりが、否定を返さなかった時点で肯定しているも同然なのだ。

 オリジネはアルが本質を掴みつつあることにさえ気づきながら、ただ楽しんでいる。

 心を読めるオリジネは、相手の感情が表出しやすくなるよう操作することもできる。楽しむために、それをするのだ。


「最初は、ここはアカツキさんのダンジョンみたいなものかと思っていたんです」


 花崗岩を積み、固定する。その作業の合間に、なんでもない口調で話し始めると、ブランの騒がしい声がピタリと止まった。

 暫く、クインとアルが作業する音だけが響く。


『……アカツキ……あぁ、暁のことね。封じられた夜明け。いや、封じられていた夜明け? ふふ、面白い。私が知らないうちに、夜が明けようとしていたのね』

「興味深いお話ですね」

『そう? 真理を見通せば、自然とあなたも感じられることよ。人の器を捨てたい?』

「御免被ります」


 反射的に拒否したアルに、軽やかな笑い声が降り注ぐ。


『頭の良い子は大好きよ!』

「ありがとうございます? 褒められている気はしませんが」

『褒めたつもりはないもの。ふふふ、久しぶりに会った人間があなたで良かった!』

「壁を壊したのに?」

『それも必然だったのでしょう。だって、世界に影響はなかった』


 オリジネの話は謎めいている。それにひどく心惹かれた。


「それで、あなたが知るアカツキとはなんですか?」

『あなたが知る曉と大して変わりないんじゃない?』

「……んー、本当にそうですか?」

『嘘は言わないわ』

「それならいいです」


 魔王なんて言われたことのあるアカツキを、アルが知るアカツキと変わりないと原初の妖精が言い切ることに意味がある。

 魔王だなんだとアカツキは気にしていたが、さして深く考える必要はないのかもしれない。そう、例えば、オリジネが楽しむ言葉遊びと同等、とか。


『それで、ここが曉の永遠の牢と似ていると思った後、その考えはどう変わったの』


 永遠の牢。その概念を久々に聞いた。

 確かに日頃ダンジョンと呼んでいても、あの地はアテナリヤが用意したアカツキのための牢に違いないのだが。そう聞かされて少々不快に感じるくらいには、アルはアカツキに親愛の情を持っている。


『――あら、ごめんなさい。また失敗したわ。それでダンジョンとここを重ねて否定した理由は?』


 アルが何も言わずとも、オリジネが先回りして謝る。

 アルを気に入っているという発言に嘘はないのだろう。原初の妖精がそう言ったのだから、疑う余地は初めからなかったが。


「まず、こことダンジョンを重ねたのは、あなたのその、なにもない空間から物を生み出す事象があったからです」

『ダンジョンと同じね』

「ええ。……まぁ、ダンジョンが同じになっている、というのが正しい気がしますが」


 アルの言葉に、オリジネがきゃらきゃらと笑う。楽しそうでなにより。彼女の腹の中にいるような現状で、機嫌を損ねないのは何よりの安全を保証する。


『それで、それで?』

「……ここは、アカツキさんのダンジョンの、オリジナルと言っていい場所ですね?」

『ふふっ、せいかーい!』


 オリジネが舞うように飛び回る。


『――ここのコピーは様々なところに存在する。曉のところも、あなた達が異次元回廊と呼ぶところも、そう。神は優れた発想を持たない。知るものを応用できるだけ』

「だいぶ不遜に感じられる言い方ですね」

『それで気分を害する人じゃないから大丈夫!』


 人。

 アルはその言葉を頭の中で反芻した。なるほど、と少し納得する。

 オリジネが語る神は、少し人間味が感じられる。つまり、最初期の神の姿を語っているのだろう。


「優れた発想を持たないという存在が、これほどの世界を創り上げられたのは何故なんでしょう?」

『その答えはもう、分かっているんじゃない?』


 アルは目を眇めた。

 いつだったか、ヒロフミたちと話したことがあった。この世界にあるいくつかのものが、アカツキの作ったゲームの世界と類似していることを。


「……神とは、誰なんでしょうね」

『さぁ? 知りたければ、探してみたら? あなたは会う資格を持っている』


 好奇心いっぱいの表情でそそのかすオリジネに悪意はない。だが、その言葉に従った場合、アルが被る害を考えることもしていない。


 純粋で、単純。楽しいことが大好きで、少し怒りっぽい。少しずつオリジネのことを知ってきたが、まだ捉えきれない。アル自身、深淵を覗く気はないから、受け流すつもりだが。


「今はやめておきます」

『そうなの。それもまた、あなたの自由ね。それより、あなたは先に聖域に行くんでしょ?』

「そうですね」


 頷きながら、穴を埋め終える。

 クインとブランが話を気にしつつも作業を進めてくれたから助かった。


「――というわけで、僕はさっさと聖域に行きたいので、気になることは全部聞いちゃいます」

『どうぞ?』

「ここの管理主はオリジネさんですね?」

『そうね』

「あなたはここでは何でもできる。それはここにある原初の魔力を、あなたは自在に扱えるから。原初であるがゆえに、その魔力は何にでもなれる」

『せいかーい!』


 端的に答えてくれるのが小気味よい。


「すべてのものは原初の魔力により成立する。ならば、魔力を持つものは、すべてあなたの手中にある」

『怖いこというわねー。でも、あなたが知っての通り、ならの話。怖い顔しちゃいーや!』

「そんな顔してます?」

『ふふっ、いいえ。分かっているのに、楽しそうな顔をしているあなたが一等好きよ』


 アルの内心さえ読み取ってからかうオリジネに、アルは降参するしかない。それを素直に示さない程度には、負けん気が強い自覚があるが。

 それにしても、怖がっている子どもに楽しそうに微笑みかけるとは、オリジネも随分とイイ性格だ。


『――子ども?』

「あ、なるほど。オリジネさんの読み取り能力はまだまだ成長途中ですね」

『引っ掛けたのね。ふふふっ、あなたもイイ性格よ!』


 きょとんとした顔が一瞬で喜色に染まる。そして謳うように告げた。


『――私のこれは、あなたのことを知りたいと思って生み出した能力なんだもの。まだまだ制御しきれてなくても不思議じゃないでしょ。意地悪しないで』

「意地悪されているのは僕の方だと思うんですが」

『あら、それはごめんなさいね? 困った顔もキュートよ』

「……きゅーと」


 それはどういう意味だろう。褒められたようには思えないが、はぐらかしているわけでもないと思う。

 首を傾げるアルに、オリジネは少し驚いた後、『あぁ、そうね』と呟いた。


『――私が教えてあげてもいいけれど、それは曉に尋ねてみたらどう? 私の話も一緒にしたら、思いがけない答えがあるかもしれないわ。宏文でもいいけれど』

「ヒロフミさんのこともご存知なんですね」

『私は何も知らないけれど、すべてを理解しているの』


 きゅーと、とはおそらくアカツキたちの世界の言葉。それを何故か当たり前に使いこなしているらしいオリジネに疑問は募る。

 だが、それを簡単に解き明かしてしまうのはつまらないように思えた。

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