第404話 原初の魔力
レンガを積み上げる要領で、穴に石を敷き詰めていく。隙間には粘土と砕いた花崗岩を混ぜた接着剤を入れて。
オリジネ指定の濃度を保つには注意を要するが、アルにとってはさほど難しいことではなかった。ただ、とんでもなく単調で面倒くさい作業なので二度としたくないが。
『けふんっ。……そういえば、この向こう側、原初の魔力とやらが巡っていると言っていたが、我には今そういう気配が微塵も感じられんぞ』
花崗岩を砕く際に舞った粉塵に、ブランは鼻をやられて何度かくしゃみをしている。毛にまとわりつかれているのも鬱陶しそうだ。後で風呂に入れなくては。
そんなことを思いながら、アルは肩をすくめた。
「そうだね。僕も同意見」
「吾の感知能力がおかしいわけではなかったのか」
穴を埋める作業に終わりが見えた頃に話すことではない気がするが、三人それぞれの感覚を共有する。
一切手出しせずにふわふわと飛んでいたオリジネは、なにを言うでもなく軽やかな笑い声を上げた。
「壁を壊したはずみで消失しちゃったのかと思ったけど、オリジネが言うのが正しいなら、そういうわけじゃなさそうだよね」
『ああ。……アルはもう、何かしらの答えを見出しているのだろう?』
ブランが上目遣いに見上げてくる。その目に滲むのは信頼と期待だ。
アルが魔力や魔法の追求に余念がないのをブランは知っている。それにもかかわらず、アルがこうして謎を追う素振りを見せないということは、既にその謎が解き明かされていると考えてしかるべき。それはブランにとって当然のことなのだ。
アルは相棒からの深い理解と信頼が嬉しくなりながらも、「期待が重いなぁ」と嘯いてみせた。『冗談だろう』と返すブランも、これが退屈を紛らわす言葉遊びだと分かっている。
「……ふ、仲が良くてなにより」
クインに微笑まれて、アルは一瞬表情を固まらせ、ブランと顔を見合わせる。
そんな微笑ましげにされるようなやり取りをした覚えはなかった。クインがどう思おうと、それはクインの勝手だが。
手が止まったアルとブランの代わりのように、クインが黙々と作業を続ける。その様子は「二人はおしゃべりを続けていていいぞ」と言っているようだった。
「こほんっ。……まぁ、仮説は立ててるんだよ」
クインの厚意に甘えず、作業を再開しながら口を開く。
この調子なら、後一時間もせずに壁の修復作業は終わるだろう。単調な作業中の気を紛らわすのに、頭を働かせるのも悪くない。
『仮説。それは正解が分かるのか?』
ブランの視線につられるように、アルはオリジネを振り返る。
なぜかオリジネは空中でアイスクリームを食べていた。どこから取り出したのか、そもそも何故今食べているのか、疑問は多々ある。だが、それを尋ねる必要性はあまりない。さほど興味がないので。
『そうね。正解か否かくらいは答えてあげてもよろしくてよ』
「……口調が変わってませんか?」
『あら、こういう話し方にあなたは慣れているんじゃなくて?』
「……随分と僕のことをご存知なようで?」
新たな謎が生まれた。さすがにこれは受け流すわけにはいかない。
オリジネはおそらくアルが貴族階級で生まれ育ったことを知っている。だが、令嬢のような口調に不快感を覚えることは理解していないようだ。なんともちぐはぐな知識である。
『……やめた。私、あなたのこと結構気に入ってるの。不快にさせるつもりはなかったわ』
オリジネがぽつりと呟いた。そのせいで、謎の答えを解き明かす一端が明示された。
「オリジネさん、あなた人の記憶や思考を読めますね?」
『嘘だろう。そんな素振りなかったぞ』
即座にブランから否定が返る。だが、この理解が一番近いとアルは思うのだ。
現に、オリジネから『不正解』という言葉は飛んでこない。
『頭の良い子は好きよ。最初の短慮ぶりが嘘みたい』
「あなたの軽妙な態度も少し嘘みたいに思えてきました」
『あら、本当に?』
「冗談です」
『……もう!』
プンプンと怒ったオリジネが、アルを叩くように宙で腕を動かす。離れているのに頭に軽い衝撃を感じて、アルは目を細めた。
「ここでのあなたは何でもありですね」
『ここで?』
「ええ、あなたはここ以外のどこにも行けないのだから」
『……そうね。それは間違いないわ』
ふふ、と笑ったオリジネに、アルは肩をすくめる。
咄嗟に出てしまった言葉が、オリジネの機嫌を悪くすることがなくて良かったと、密かに胸を撫で下ろした。
『二人でなにを話しているのだ』
ムスッとした雰囲気で、ブランが口を挟んでくる。それにより、だいぶ話が逸れてしまっていたことに気づいた。
「色々だね。――話を戻すよ。この先にある魔力が感知できないことが気になっていたんだったね」
『……ああ』
何か言いたげなブランに気づきながらも、アルは受け流す。こだわっていては話が進まない。何事も順序よく理解を進めるのが近道だ。
「キーワードは【原初の魔力】だよ」
『うん? それがどうし――』
ブランの言葉が途切れる。詳しく解説せずとも、意を汲んだらしい。
アルは穴の向こうに目を向けつつ、説明を続けた。
「原初の魔力というのは、つまり世界を構成する魔力に等しい。――それは特別なものじゃない。普段から僕たちの傍らに存在しているものだよね」
『なるほど? そこにあるのが当然だから、多少それが多かろうと、感知するのは難しいということか』
「海の水は、すくったところで海水に変わりない」
ポツリと呟くと、ブランから『その例は分かりにくいし、微妙に逸れているように思える』と冷静な一言をもらった。
そうだろうか、と首を傾げるアルの耳に、『せいかーい』と告げる軽やかな声が届く。
「仮説が仮説のまま終わらなくて良かったです」
『よく言うわ。確信していたくせに』
「立証されなければ、確信があろうと無意味ですよ」
『あら、それなら、まだ仮説は仮説のまま、ということじゃない?』
微笑みながら宣うオリジネに、アルも「そうですね」と嘯いた。
「――でも、あなたが原初を司る妖精と名乗ったことは、嘘ではないでしょう。それなら、原初の魔力はあなたの管理する領域にある。あなたが語る原初についての話は、立証と同等の価値があると判断しても問題ありません」
信頼を示したアルに、オリジネは虚を突かれたような顔をした。
出会った頃の態度とあわせて、なんとも人間味のある妖精だとアルは思う。そして、この感想にも意味があるのだろうと直感していた。
『随分と気が合うようだな』
ブランが不貞腐れたように呟く。その様子を、アルは目を瞬かせながら見下ろした。どうして機嫌を悪くしているのか、いまいち理解できなかったのだ。
不意に、空気が破裂するような音が聞こえる。クインだ。
クインは口元を押さえながら肩を揺らしていた。爆笑をこらえているつもりのようだが、その配慮は一切意味をなしていない。
ブランが怒りさえ含んだ声で『何だというのだ!』と詰る。
「ふはっ……悪い、なんとも可愛らしい嫉妬なものだと思うてな。お前のそのような姿を見る日が来ようとは、思いもしなかった」
笑いながら放たれた言葉を理解するのに時間を要した。それくらい聞き馴染みのない単語が含まれていたからだ。
「……嫉妬」
『そ、そんなもん、我は抱いておらんぞ! 目が腐ったのではないか!?』
「なかなかひどい言葉を吐く」
きゃんきゃんと喚くブランに対し、クインの微笑ましげな表情は揺るがない。
アルは唐突に、クインがブランの母親であることを納得した。頭の中で【母は強し】という言葉が巡る。
『まぁまぁまぁまぁ……! 私、そういうの好きよ!』
「そういうの?」
オリジネまでおかしなことを言い出したぞ、と胡乱な目を向ける。オリジネは気にせずニマニマと微笑んでいるが。その笑みが少し気持ち悪い。
『信頼、親愛、独占欲、後はなにかな。もっと素敵な感情が籠もっていそう』
「素敵、ねぇ……」
アルはオリジネの言葉を吟味しながらも、どうしてこんなどうでもいいことを話しているのだろう、と思ってしまった。
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