第399話 塔探索開始
塔の入口は重厚な木の扉で閉ざされていたが、アルが手を伸ばした途端開かれた。
「……これは、この鍵の効果? それともここに辿り着いた人が触れたら自然とこうなるの?」
『鍵がなければここに辿り着けないのだから、どちらでも同じだろう』
「なんの手間もなく開かれるのならば、むしろ開け放しておけばよかろうに」
じぃっと中を覗き込みながら三人で話す。
この程度のことで立ち止まっていては進めないと分かっているが、用心したくなるのは仕方ない。この内部の情報は、転送陣や各地の転送陣を管理するシステムがあることくらいしか知らないのだから。
「――吾が先行しよう」
アルが何か言うよりも先に、クインが入口に立ち塞がった。一人分の隙間しかないので、アルはクインの後について行くしかない。
「危険があれば、すぐに回避してくださいね?」
「アルに危険が及ばないようであればそうしよう」
「クイン……」
抗議の意を籠めて後ろ姿を見据える。だが、クインは少しも気にした様子を見せず、カツカツと足音を立てて塔に入っていった。
『黙って甘えておけばいい。母が簡単に殺られることはないのだから』
「……僕も、信頼してはいるんだよ」
ブランは『当然』と言いたげな口ぶりだ。しかし、アルの返事はブランほど明確なものにはなりようがなかった。
アルとブランではクインと過ごしてきた時間の長さが違い、それは信頼の強さにも影響を与えているのだから。
「心配してくれるのは嬉しく思うぞ。――ふむ。ここは玄関ホールというヤツか?」
クインが辺りを見渡す。その姿に少しの警戒心は滲んでいるが、危機感はなさそうだ。
アルは密かに胸を撫で下ろしながら、つられるように周囲を観察する。
「玄関ホールというか……ただ単に空いた空間? 外見より、中は狭いですね」
からっぼの空間は、敷き詰められた石の床も相まって、寒々とした雰囲気だ。
絶えることのなさそうな松明の明かりが、唯一温かみを持っている。
『この松明、アカツキのところにあったのと似ているな』
「あぁ、なんか見覚えあると思ったら、確かにそうだね」
松明なのに、燃えきる気配のない不思議さに納得がいく。となると、ここはダンジョンに似た空間なのかもしれない。
「――魔法は使える」
思い立って灯した光魔法の明かりに目を細める。体内の魔力の循環状態を考えても、霧の森のように魔法を封印されるということはなさそうだ。
「魔物の気配はない」
『というより、生き物は一切いないな。ネズミや虫さえも』
「静かすぎると思ったのはそのせいかも。結界で封じられているんだから、不自然ではないね。むしろ普通の生き物が入り込んでいた方がびっくりだよ」
『それはそうだな』
少し進めば壁にぶつかるような狭い空間は、注意深く探索したところで調べ終わるまでに時間はかからなかった。
「……結局、何か隠されているものはなかったね。つまり、壁沿いを螺旋状に走る階段を進めってことか」
唯一目を惹く階段へと歩み寄る。見上げると、階段にいくつか存在する踊り場に、木製の扉があった。天井は非常に高い。おそらく鐘がある場所の床が、この空間の天井になっている。
『塔の外観を考えると、この場所の外側に部屋があるのだろうな』
「うん。それで間違いないと思う。なんか、ドーナツみたいだね」
『我らがいるここが、ドーナツの穴か。――食いたくなってきたぞ』
「空気を?」
『ドーナツに決まっておろうが!』
ふざけたら全力で怒られた。冗談だったのに。ブランの言葉だけを聞くなら、ドーナツの穴を食べたい――つまり空気を食べたいという解釈をしてもおかしくないはずだし。
「叫ぶな、うるさい」
「思念だから響かないのが唯一の救いかな」
アルとクインの声が反響していることに気づいた。ブランが音声で叫んでいたら、相当うるさかったことだろう。
『声に出して騒いでやろうか!?』
「どういう脅しなの。大人しくしてて」
不貞腐れるブランの口に、ドーナツを放り込んでやる。途端に機嫌を直すのだから単純で可愛らしいものだ。
アイテムバッグから追加で取り出してクインに差し出すと、苦笑しながら受け取られた。
「……吾らはピクニックとやらをしているわけではないはずだが」
「適度な休憩は必要ですよ」
『食わんなら我によこせ』
ブランがキラリと目を輝かせて、クインの手元を狙う。
ふ、と笑ったクインが一口でドーナツを食べると、『あああー、我にくれてもよかろうに……!』と嘆いていた。そんなに残念がるほどのことか。
アルは呆れつつ、階段に足をかける。だが、クインがすかさず先を進むので苦笑してしまった。過保護極まりない。全然危険はなさそうなのだが。
「……順に部屋を見ていきましょう」
「うむ。何があるか楽しみだな」
扉の数はアルが確認できた限りで三つ。
さて何が出てくるか。密かにワクワクしながら、クインが扉を開くのを見守った。
最初の扉。鍵はかかっておらず、当たり前のように明るい部屋が現れた。
「窓があるな」
「……外から見た時、窓ありましたっけ?」
窓から日が差し込む光景は、ここがまるで普通の宿の部屋のようだった。
あまりに平穏とした見た目に、アルは外観を思い出しながら呆然と呟く。記憶違いでないならば窓は存在していなかったはずだ。
『わざわざ窓を隠蔽してあったということか? ……そこまでされると、今見えている光景すら幻覚なのではないかと疑いたくなるぞ』
ブランが苦々しい口調で呟いた。その目は真剣に部屋の様子を確認しているようだ。
危険性は感じないが、不自然であるのは間違いない。
アルは「う〜ん……?」と零しながら、ブランと共に中を観察した。
床は黒い板材。摩耗がなく、美しく光を反射している。
壁には一面に窓があり、一気に明るくなったことで目眩がしそうなくらいだ。
「――転送陣とか、ある?」
「ないな。反対側にあるのかもしれぬ」
クインが歩き始める。
中央の空いた空間を囲むように広がる部屋は円状で、見る限り家具の類さえ一切ない。それは、一巡しても変わらない認識だった。
「……ただの空き部屋」
『ここまで期待を裏切ることは早々ないぞ』
ブランが不満そうに呟いた。アルはそれを咎めない。アルも同じ気持ちだったのだから。
「何か、隠されているとか……」
「隠蔽魔法の気配はないが」
『母のその察知はあまりあてにならないな。アルに言われなければ、この塔の存在にすら気づいていなかったのだから』
クインが黙り込む。ブランが言うことは事実だった。
「そう言うブランも、僕が言わないと気づかなかったけどね」
『うぐっ……。――まぁ、あれだ。この塔に使われている隠蔽魔法は、我ら魔物と相性が悪いのかもしれん』
話題を逸らすように、ブランが重々しく呟く。
アルは肩をすくめて頷いた。
「そうかもね。……だとしても、僕も隠蔽されている気配は一切感じられないんだけど」
『となると、ここにいてもただの時間の消費か?』
「だが、この広い空間を、無駄に放置する意味が分からぬぞ」
クインの指摘を最後に、沈黙が続く。
隠蔽されている気配は感じないが、どうにも拭い去れない心地悪さが気になって仕方なかった。
「……鑑定」
ふと思い立ち、鑑定眼を発動する。最近使用が限られていることが多かったから、うっかりと忘れていた。
「【床:漆塗りされた板材】【窓:ガラスが張られている。外部から見えないよう隠蔽されている】【壁:花崗岩】――」
目に映るもの全てを片っ端から確認していく。とはいえ、床と窓と壁くらいしかないから、エンドレスで同じ鑑定結果が示されるだけだが。
「……虱潰しか」
ゆっくりと歩きながら確かめるアルに、クインが従いながらため息をついていた。
「仕方ないでしょう? 鑑定眼さえすり抜けるようなら、もう諦めて次に――」
アルの言葉が途中で止まった。クインとブランから視線が集まるのを感じる。
「【スイッチ:オフにすることで、部屋の隠蔽を解除できる】……」
見つけた。
ようやく現れた鑑定結果の変化に、アルはホッとしながらにこりと微笑んだ。
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