第396話 賑やかな夕食
鬱蒼と木々が茂る魔の森の中は、既に暗くなり始めていた。
久しぶりに使えるようになったアイテムバッグから食材を取り出しながら、アルは「やっぱり、普通の冒険者の生活は僕の身に合わないなぁ」と呟く。
霧の森の特殊空間での不便さは、アルの恵まれた生活を改めて実感させてくれた。
魔の森という魔物が蔓延る場所で平穏無事に快適に過ごせるのは、莫大な魔力のおかげ。魔法が使えなければ、魔道具がなければ、アルは多少剣が上手い程度のちっぽけな少年にすぎないのだ。
『何を今さら。我も日々携帯食料に齧りつく生活だったら、絶対にアルについて行くことはなかったぞ』
不自由な環境から解放されて、それなりに慣れた場所に辿り着いたブランは、寝そべりながらクワリとあくびをしていた。
「その言い方はひどくない? ブランはご飯目当てで一緒にいるの?」
『それもある』
「……やっぱりひどい」
ふふん、と笑って見せるブランの頭を叩く。
どちらもこれが冗談だと分かっているから、傷つくことはない。だが、多少気に食わない感じもするので、晩ご飯は質素にしてもいいだろうか。
『素直じゃない子だ』
ふわりと大きな尻尾が揺れる。
呆れるようにブランに視線を向けたクインが、窘めるようにブランを尻尾で巻き取って、宙に放り投げた。器用なことだ。
暫く振りに本来の姿に戻り、クインは少し楽になった様子だった。
『ぬわーっ!? 急に投げるやつがどこにいる!?』
『ここに』
『それはそうだが、そういう意味じゃない!』
きゃんきゃんと鳴きながら、ブランが宙で身を翻し、クインの体にスタッと着地する。そのままバシバシと叩くのだが、クインは虫に刺されるよりも気にしていない態度で寝そべっていた。
ブランは次第に飽きてきた様子で、クインの上で寝転んだ。
大きな聖魔狐の上に小さな聖魔狐。どこからどう見ても仲の良い親子だ。
アルは微笑ましくなって、ふふっと笑った。
「楽しそうだね」
『楽しくなんかない。――腹が減った』
ブランは気恥ずかしさを隠すように、いつも通りの要求で話を逸らした。
アルも親子の交流を茶化すつもりはない。だから「はいはい」と言いながら、食事の準備に取りかかる。
こうして変わらない会話をするのが楽しく感じるのも、それが失われていた時間があるからこそだった。
「メインはお肉……何にしようか」
塊肉を取り出して、小さく首を傾げる。
アルは料理が得意だが、レパートリーが多いわけではない。アカツキがいる時は、ワ食を望まれて作ることが多かった。知らない料理を作り食べることも楽しかったから。
『うむ。……それは鳥系の魔物の肉だったか』
「そうだよ。えぇっと……
アイテムバッグに入っている魔物の肉は多種多様。捌いて収納してあるため、一見して種類が分からないことが多い。
そのため鑑定して教えたのだが、ブランはふーんと頷くだけだ。美味しければ種類なんて基本的に気にしない。
『鳥……鳥の肉というと、最近カラアゲを食っていないな』
ブランの目がキラリと光る。
カラアゲというと、ワ食の一つ。アカツキに教えられた料理だ。ブランのお気に入りでもある。
「あー、そうだね。じゃあ、色んな味のカラアゲを作ろうか」
『色んな味?』
きょとんと目を丸くするブランに、アルは「うん」と頷き包丁を握る。
帰ってこられた祝いの意味を籠めて、今日は豪勢な食事にしよう。ブランには言葉が通じないというストレスを掛けてしまったから、それを労る意味もある。
「衣とか肉自体の味付けとか、色々変えるんだよ。カラアゲというか、フライドチキンってアカツキさんが言っていたような……? 鳥の肉を揚げたやつだよ」
『違いが分からん』
「うん、僕も」
ブランと一緒に肩を竦める。
アカツキと違って、料理の細かな分類なんてアルたちは気にしないのだ。料理名は知っていても、『肉を焼いたの』とか『野菜を茹でたの』とかで、大まかに分類できればそれでいい。
『ふっ……アルも大概大雑把だな』
「だからブランと旅できるんですよ」
『それはどういう意味だ!』
怒るブランを横目に、クインと笑い合う。
ある種、似た者同士だから一緒に過ごしていても苦痛じゃないのだ。異なる部分も多々あるから楽しい。
クインやブランと話しながら、料理を進める。
フライドチキンとは言ったが、やはり基本のカラアゲは作る。ブランのお気に入りなので。
カラアゲはジンジャーショウユタレと塩ダレの二種類。
他には衣にチーズやハーブスパイスを混ぜたもの、味変用に辛みのあるソースやマヨネーズに香味野菜を混ぜたタレなどを用意。
大量に揚げていたら、結構暑くなってきた。
出来た分から食べ始めようとするブランを止めるクインを眺めながら、晩ご飯は完成。
『はーやーくー食わせろー!』
『待てくらいできないのか』
『我に飯を待つという言葉はない』
『そんなものを誇るな、バカ息子』
ふふん、と胸を張るブランに、クインの手が覆いかぶさる。
完全に潰されているように見えるがきっと大丈夫だ。ブランは小さいが強い。
『――ぐぬぬ……っ』
「遊んでないで、食べましょう」
「うむ。いい匂いだな」
一瞬で人間の姿になったクインが、アルと一緒に椅子に座る。
急に解放されたブランは反動で跳び上がり、一瞬『何が起きたのだ?』と言いたげな顔をしていた。だが、すぐにフライドチキンの匂いにつられて、ご飯以外のことはどうでもよくなった様子で、テーブルに飛び乗ってくる。
『食うぞ!』
「はい、どうぞ。ブランの分はそれね」
ブランの前には山積みになった各種フライドチキン(カラアゲ含む)が並んでいる。アルはブランと競い合って食べるつもりは最初からなかったので、自分とクインの分は初めから取り分けておいた。
『うむ、旨い! カラアゲはショウユタレが至高だと思っていたが、この衣にチーズが混ざっているのも旨いな。味わいが深くなる。まったりとしているから、辛みのあるソースもマッチしているぞ』
「語るね〜」
いつも以上にブランが話している気がする。やはり言葉が交わせなかったのがつらかったのだろう。
アルは「うんうん」と聞きながら、自分の食事も進めた。
ジューシーな肉が濃いめに味付けされて、揚げられていれば美味しくないはずがない。
カラアゲはコメに合いそうで、フライドチキンはパンに合いそうだ。
そう思ったら、合わせないでいられるわけがなく、アルは作り置きしていてコメとパンを取り出した。パンでフライドチキンを挟めばサンドウィッチになって食べやすい。
『――あーっ! ズルいぞ、我も食う!』
「え、珍しい。ブランはあんまりコメもパンもいらないんじゃなかったっけ?」
『そうだが、これは確実にどちらも合うだろう! 旨い飯を逃すつもりはない!』
「……まぁ、肉だけでブランのお腹が膨れるか微妙そうだから、コメとかパンを食べてくれるのはありがたいけど」
ブランの食に対する熱意に苦笑する。
大量に取り出したコメやパンは順調に消費され、テーブルの上は少し寂しくなってきた。
食後のデザートは携帯食料として作っていたクッキーでいいだろうか。ドライフルーツをふんだんに入れていて甘いから、ブランが文句を言うことはないはずだ。
「……美味かった」
「お粗末様です」
満足そうなクインに微笑み、ハーブティーを差し出す。揚げ物を大量に食べて膨れた腹にちょうどいいだろう。消化促進効果がある。
「クッキーもどうぞ」
『我の分も残しておくんだぞ!』
残り少なくなっていた肉を頬張りながら、ブランがすかさず牽制した。大量に食べていても食への欲求はとどまるところを知らない。
そんなことはアルもクインも分かっているので、軽く頷いて聞き流す。どうせすぐにブランもクッキーを食べ始めるはずだ。
「――さて、そろそろ明日からの予定を整理した方がよかろう」
一息ついて表情を改めたクインを見る。
アルはシモリに聞いた塔の結界解除法を思い出して、少し眉を寄せた。
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