第392話 思わぬ報酬

 ようやく状態の確認が終わり、アルは改めてこの空間についての説明を求めた。


「ここが亜型魔粒子を製造している場所なんですよね? それにしては、そのような機能を持っていそうな道具は見当たりませんが……」

『前の方へ歩いてきてください。製造道具はこちらにあります』


 こちら、と指示された方へと歩く。少しだけ動きがぎこちない気がした。


 地面から天井近くまで大量の植物が積まれているが、人が一人通れるくらいの道がある。

 クインを先頭に進んだが、アルの背後を進むブランは少々苦労しているようだ。いつ植物にぶつかって雪崩を起こすかと考えてハラハラする。


「ふぅ……最初からこっちに連れてきてくれていたら良いのに」


 なんとか植物に押しつぶされることなく広めの空間に辿り着き、アルは安堵の息を吐いた。

 ブランは固まっていた体をほぐすように伸びをしている。


『申し訳ありません。ここは亜型魔粒子の濃度が濃すぎるため、体の構築環境にふさわしくないのです』

「あー、なるほど……? というか、匂いがキツすぎる……」


 元々感じていた暴力的なほどの甘い匂いは、既に刺激臭の域に達していた。

 アルは手で鼻を覆う。口呼吸をするたびに、砂糖の塊を飲まされているような苦痛を感じた。


「きゃん……」

「さすがのブランも食傷気味のようだな」

「ブランの方が嗅覚は鋭敏ですしね。……想像するだけで吐きそう」


 魔物であるブランはニオイの刺激をさらに強く感じているだろう。

 アルはうっかり想像してしまって、頭を振った。これ以上のニオイは考えたくない。


『つまり、気になっておられた甘い匂いというのは、この場所から漂い出たものでよろしいのですか?』

「そう、なのか、な……?」


 同じ匂いなのか、強さが違いすぎて判断できない。

 アルは曖昧に首を傾げてしまう。


「……クー」

「おそらく同じだろうと言っているぞ。吾もブランと同意見だ」

「二人がそう言うなら合っていそうですね」

『では、この空間の匂いを【甘い匂い】として登録します。暫くお待ちください』


 沈黙。

 アルはシモリの作業が終わるまで、目の前にある道具を観察した。

 ここに辿り着いた時から気づいていたのだが、匂いにやられて集中できていなかったのだ。


「これは……粉砕機? 植物を粉砕して吸収――中では何が起きているんだろう?」


 地面から天井まで届く大きさの箱。それは次々に植物の山を粉砕し飲み込んでいる。粉砕する音は聞こえてこないから、防音の魔法のようなものが使われていると考えられる。


『それが亜型魔粒子製造機です。キビの山を粉砕し、内部で加熱しています。その際に、亜型魔粒子が生じ、上部の筒からKHSⅡ型に流れ込んでいます』

「この植物がキビなんですね」

『はい。キビの山の下にはレールがあり、亜型魔粒子製造機へと自動的に近づくようになっています』


 言われて地面をよく観察すると、キビの下に黒いシートが見えた。それが少しずつ前へと移動している。


「このキビの山はどこから来ているんですか?」

『後方でキビが生育しています。全自動で刈られ、このレールに積まれて運ばれてくるのです』


 後方を振り返ってもキビの山しか見えない。

 説明を聞けばなんとなく理解できたのでわざわざ確認に行こうとは思えなかった。今は早くここから出たい。それくらいニオイがきついのだ。


「結局、甘い匂いの原因は、キビが粉砕加熱された副次産物か、それとも亜型魔粒子自体の匂いなのか――」


 疑問を呟いたところで、亜型魔粒子製造機の後方から白い塊が排出されるのが見えた。


「きゃん!」

「え。ブラン、ちょっと!」


 アルが止める隙もない勢いでブランが駆けていく。クインが大きなため息をついた。


「クークー!」

「……砂糖がある、と言っているぞ」

「砂糖? もしかして、さっきの白い塊って、砂糖だったの?」


 危険はなさそうなので、ブランが興奮して示しているものを確認しに行った。

 確かに見た目は砂糖の塊に見える。純度が高くて真っ白なのが少し違和感を覚えるが。


「……舐めて確認するわけには――あっ」


 ブランが白い塊を舐めた。

 今度はクインだけでなくアルもため息をつく。さすがに警戒心がなさすぎるだろう。ブランにはたいていの毒が効かないとはいえ。


「――きゃん!」

「砂糖だと確かめられたようだぞ」

「……なるほど。つまり、このキビというのは砂糖の原料ということですね」


 キビの山を振り返る。

 この大量のキビから砂糖が作られるなら、どれほどの量ができるのだろうか。売れば一攫千金も夢じゃないはずだ。


「砂糖、高いからなぁ」

「きゃんきゃん」

「……これを持ち帰ろうと言っているが」


 クインの顔が引き攣っていた。本気かと目が問うている。

 ブランは当然と言うように頷き返した。アルも本気かと言いたい。


『廃棄物をご所望ですか?』

「これ、捨てるものなんですか?」


 すぐさま尋ね返す。

 砂糖を捨てるなんて、アルの常識には存在していない概念だ。


『はい。使用しませんから。キビは甘みと共に大量の魔粒子を内包しています。そして、砂糖へと加工される際に、自然と亜型魔粒子に変換され放出されるのです。砂糖は既に亜型魔粒子が抜けた状態です』

「……この砂糖を食べても害はないのですか?」

『一般的な砂糖と純度以外の違いはありません。大量摂取は病気を誘発する危険性が生じます』


 純度の高い砂糖ということに間違いはないようだ。

 それならば持って帰ってもいいかもしれない。だが、アルたちはその手段を持っていないのだが。


「……この砂糖がほしいと言ったら、転送してくれますか?」

『もちろん。ご所望でしたら、上階にお運びします。必要量はどれほどでしょうか?』


 あっさりと受け入れられて、アルは砂糖の塊を見下ろした。

 砂糖は次々に出てきて、暫くするとどこかへ消えていく。おそらく違う場所に廃棄しているのだろう。そこにはどれほどの量の砂糖が溜まっていることか。


「……ブラン、どれくらい持てそう?」

「ゥー……きゃん!」

「今背負っている荷物と同じくらいなら可能なようだ」


 思いの外、ブランは余裕があったみたいだ。砂糖欲しさに無理している可能性もあるが。

 ブランが頑張るというなら、アルは拒否するつもりはない。


「では、新しく製造された分から五十キログラムほどお願いします」

『承知しました。――転送完了』

「このキビはもらえないですよね?」

『キビは必要な材料です。差し上げることは不可能です』

「それは仕方ないか……」


 クインから視線を感じた。


「……これだけ砂糖をもらっておいて、自分でも作ろうと言うのか」

「いや、砂糖目的じゃないですよ? 自分でも亜型魔粒子を製造できるかな、と思っただけで」

「魔粒子を変換するほうが楽じゃないか?」

「う〜ん……このやり方で製造していることに意味があると思うんですよね」


 じっと亜型魔粒子製造機を観察する。

 アルも魔石を構成する魔粒子を変換して亜型魔粒子を作ることはできる。だが、それはシモリも可能だと思う。それをしていない意味とは――?


『魔粒子を亜型魔粒子に変換する際には、大半の魔粒子が霧散します。キビを使った製造は最も効率よく大量の亜型魔粒子を得ることができます』

「やっぱり。となると、キビほしいなぁ……」


 キビの山を眺める。

 シモリの説明でクインも納得したのか、アルの言葉を聞き咎めることはなかった。


『……計画的に生育させているため、キビをお渡しすることは不可能です。その代わり、種の余剰分は提供可能です』

「本当ですか!?」


 思いがけない言葉に、アルは嬉々としながら尋ね返した。


『キビ自体は、私が管理する森以外でも生育しているしゅです。ここでなくても入手可能かと思われますが、本当に必要ですか?』

「砂糖の元になる植物は、たいてい国が生産を管理しているんですよ。一般の人間は種を入手できません」

『そうなのですか。知識を更新しておきます。――余剰分の種の転送を行いますか?』


 ありがたい提案に、アルはにこにことしながら頷いた。


「お願いします!」

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