第391話 違和のある体
「あと、何を聞くんだっけ……?」
首を傾げ、頭の中で話を整理する。
元々の目的であった霧の結界の原理については分かった。携帯型の小規模結界発生魔道具というおまけもある。
シモリについての理解も進んだ。
残すは――。
「メイズ国の街の傍に残る塔についてだろう」
「そうですね。あれを隠している結界との関連を確かめるのを忘れていました」
クインの指摘に頷く。
そんなアルの横腹が不意につつかれた。
「――ん? ブラン、どうしたの」
「クークー……」
ブランが鼻でつついてきたらしい。何を訴えているのか分からない。耳を伏せ、尻尾も垂れているので、落ち込んでいるようだが。
アルの横からため息が聞こえた。
「……甘い匂いの元も聞け、と」
「あー、そういえば、それもありましたね……」
どうでもいい、という思いが声に滲むのを隠せなかった。
途端に、ブランが衝撃と表現できるほどの勢いで体をぶつけてくる。
「――分かってるって! 今聞くから」
先に塔のことについて聞くことさえできないようだ。
普段のブランが食欲を最優先することを思うと、十分我慢した方だろう。
とはいえ、アルの方も多少の鬱憤は溜まるので、ブランの首筋をワシワシと撫で、毛並みを乱して発散した。
「キャンッ!」
「シモリさん、この場所に漂っている甘い匂いはなんですか?」
怒るブランを無視して問いかける。
『甘い匂い、ですか。申し訳ありませんが、私には嗅覚が存在していません。そのため、明確な回答は不可能です』
「明確ではない回答は?」
この甘い匂いは意図して発生しているものではなかったようだ。そうとなると、ブランが期待していたような新種の食べ物という可能性は低いように思える。
『候補としては、亜型魔粒子製造の際に使用される材料キビ、または水の蒸発時に発生する匂いが挙げられます』
「キビ……初めて聞きました。というか、亜型魔粒子は別で製造されているんですか?」
アルはてっきり、今目の前にあるKHSⅡ型の中で亜型魔粒子も作られているのだと思っていた。
『亜型魔粒子はこの地下空間よりさらに地下で製造され、管を通してKHSⅡ型に流れ込んでいます。製造環境をご覧になりますか?』
「見たいです!」
反射的に答えていた。
クインとブランから視線が向けられる。どうも『無警戒に相手の提案に乗るんじゃない』と叱られている気がした。
クインはともかく、ブランにそのように言われる筋合いはないと思うが。
それに、これだけいろいろと答えてもらっていて、今更警戒する必要があるようにも思えない。
「……大丈夫だって。シモリは――っ!?」
言葉が途切れた。
急激にめまいのような感覚が襲ってくる。クインとブランがアルを守るように身を寄せてきたが、その感覚さえ遠く感じた。
不快感に耐えきれず、きつく目を瞑る。
――それからどれほどの時間が経っただろうか。ふと、暴力的なほどに甘い香りが押し寄せてきた。
「なに……?」
「転移魔法に似ているが……使用されているのが亜型魔粒子だからか、拒否反応が大きかったようだな」
目を開ける。
アルたちがいるのは、広い地下空間だった。先程の場所とは違いあまり空気の流れを感じない。ここは閉ざされた空間なのかもしれない。
そして、地面には大量の植物が山積みされていた。細長い茎のように見えるそれは、手に取ってみると固い。
「クインは大丈夫でしたか?」
確認を忘れていたと思い、クインとブランを見つめる。
二人とも平静を装っているようだが、少し顔が青い気がした。アルと同じような不快感を覚えたのだろう。
それでもアルの安全を優先して行動するところはさすがだし、ありがたいと思った。
「……少々、体がぐちゃぐちゃになったような気持ち悪さがあるな」
「それ、結構ひどいですよね?」
訂正。アル以上に不快感を覚えているようだ。
思わず真顔で確認したが、クインは肩をすくめて聞き流す。差し迫って命の危機はないと判断しているのだろう。
ブランを見ると、こちらはそこまで不快そうではない。
それが、永遠の命を持つからなのか、それとも本来に近い体なのかは判断ができなかった。
「危なそうだったら、二人ともちゃんと言ってくださいよ?」
「言ったところで、どうすることもできぬと思うがな」
「それは……そうですが……」
アルは今、無力であることを実感した。
魔法が使えない現状では、多少剣が使える程度の少年でしかない。
「――シモリさん。急な行動は困ります。随時説明を要求します」
唯一できるのは、全情報へのアクセス権を使い、シモリに要求することだ。
油断していた気持ちを切り替えて、少し厳しめに告げる。ここでの声が伝わらないとは思わなかった。
『……要求を受諾します。体調不良があったご様子。大変申し訳なく思います』
陳謝する声は感情が滲まないため冷たく聞こえた。
アルは改めて、話している相手が生命体ではないことを実感する。異次元回廊でサクラたちによって作られたニイよりも、シモリは人間味がない。
「僕たちが移動したのは、転移魔法に相似した方法を用いたと考えてもいいですね?」
とりあえず現状の把握をしようと説明を求める。
回答は即座に返ってきた。
『そう考えていただくと理解しやすいものと思われます』
「……厳密に言うと?」
『使用したのは亜型魔粒子であり、現在アル様方が思考している体を構成しているのも亜型魔粒子です。KHSⅡ型の傍に残されている魔粒子で構成された体は、私が厳重に保存しております』
「は……?」
思わずぽかんと口を開ける。
シモリが何を言ったのか、瞬時に理解することができなかった。
クインが「なに……?」と険しい声を上げ、ブランが「グルッ……」と唸る。
戦闘態勢に入っているようだが、倒すべき敵を目視できているわけではないので、キッと前方を睨むだけである。声は視線の先から聞こえる気がするから、間違った行動ではないはずだ。
「――つまり、今の僕たちの体は本来のものじゃない? 分身みたいなものということ……?」
『その通りです。私が御三方の体を地下空間に構築し、意識を転移しました』
「……怖っ」
想像して寒気がした。
意識の転移なんて、どうやってするのか全く理解できない。そのような術を知らない間にかけられたことも、現在の体が分身と自覚できないことも、恐ろしすぎる。
「クー」
「……なるほど。ブランは普段から分身を用いているから、似た感覚があると気づいていたようだぞ」
「あ、そうなんですね。ということは、ブランがあまり不快感を覚えていなかったのは、慣れていたからかな?」
問いかけても、ブランは「クーン?」と首を傾げるだけだ。正解を知っているわけではないのだから当然である。
「んー……これが偽物の体だとは思えない……」
自分の手のひらをまじまじと観察する。
詳細に記憶していないので、本来の体と違いがあるかは分からなかった。
『体は全て読み取り構成しています。誤差は一パーセント未満です。時間経過により意識が体に順応し、違和感は消失します』
「言われてみれば、楽になった気がする……」
最初に感じためまいのような気分はなくなっていた。
「分身と意識転移については分かった。後はなんの不具合もなく、元の体に戻れるかだが、もちろん大丈夫だろうな?」
『百パーセント安全です。私が再度魔法を使わずとも、目覚めようとすることで、意識は元の体に戻ります』
脅すような声で尋ねたクインに、シモリは淡々と返答する。
その答えを聞いて、アルはようやく肩の力を抜いた。
現在は夢の中にいるようなものなのだろうか。確かに、少し離れた場所へ、意識が引き寄せられていくような感覚がある。これに集中すれば、元の体に戻れそうだ。
「……それならば、よい」
『ありがとうございます。意識転移についての説明は以上でよろしいですか?』
「はい。くれぐれも、今後は勝手な行動をしないように」
念を押すと「既に承っております」という返事だった。
やはり反省の色は見えない。そもそもシモリにはそのような概念がないのかもしれないが。
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