第389話 情報への関門

「シモリさんって、この銀色の金属製っぽい箱が本体でいいんですか?」


 今更ながらの質問をする。

 ずっとこの箱を見ながら話しているのだが、見るからに無機物相手だと変な感じがした。異次元回廊内で出会ったニイも基本的には無機物とはいえ、人型か否かは感覚的に影響が大きい。


『そちらの箱はKHSⅡ型です。私の本体ではありません』

「え、違うんですか?」


 よく分からない名称はさておき。この箱がシモリの本体ではないというのは予想外だ。間違いなくこの箱から声が聞こえるのに。


 では、どこにシモリの本体があるのか探したところで、それらしきものは見つからない。


『KHSⅡ型は森の防衛機能を行う装置です。初代発生装置に改良を加えてあります』

「名前がそのものズバリだった……。つまり、森周辺の結界を作る要ということですね」

『はい。この装置の管理をするため、私の分裂思考が搭載されています』


 また理解が難しい言葉が飛び出した。

 眉を顰めていると、体に軽い衝撃がある。ブランがぶつかってきたのだ。


「……どうしたの?」

「クークー」


 相変わらずブランの言葉は伝わってこないのだが、ここには便利な通訳がいる。


「――ブランと生きた森に置いている分身の関係と似ているのではないかと言っているぞ」

「あ、なるほど。こことは別のところに本体がいるってことだね」


 ブランは生きた森の管理主としての役目がある。そして、現在その役目は、ブランが能力で生み出した分身が担っているのだ。


 同じように、シモリが遠隔で分身を操作していてもさほど驚くことではない。こうして話ができているのは、通信装置で連絡を取っているようなものだろうか。


「あなたの本体はどこにあるのですか?」

『その質問にお答えするためには、資格の確認が必要です』

「……資格? どのような?」


 隠すべきだろう事柄までスラスラと説明してくれていた雰囲気が変わった。

 クインやブランが警戒した様子を見せるのにつられて、アルも用心しながら言葉を紡ぐ。

 シモリは絶対的に味方だとは判断できない相手だ。揚げ足を取られるようなことはしたくない。


『私の質問に答えられた場合、あなたに情報へのアクセスが認められます』

「……答えられなかった場合はどうなりますか?」

『情報へのアクセスが認められません』

「その他の罰はないのですね?」

『ありません』


 重ねて問いかけ、ひとまず安全だと判断する。

 クインとブランに視線を向けると、それぞれから頷きが返ってきた。


「……では、質問をお願いします」

『はい。――第一問。北に鎮座する岩の山。異なる次元の重なりし階層。踏み込むのは囚われの地』


 第一問、ということは質問は一つだけではないのか、と思った矢先。謳うような声で放たれた言葉に、アルは言葉を飲み込んだ。

 クインは不思議そうな顔をするだけだが、ブランは目を細め、声が放たれた方をじっと見つめている。


『――その地に囚われし魔王の名をお答えください』


 まさかここでその名について問われるとは思いもしなかった。

 すぐに答えは思い浮かんだものの、その質問の意図を考えて沈黙を続ける。


「……魔王、というと……あやつのことか?」


 なんとなくその事実を知っていたらしいクインが、首を傾げつつ尋ねてくる。

 アルは頷いた後に、ブランと視線を交わした。


「……間違いないと思います。北の地というのは、ダンジョンの入口の岩山があった場所を指しているのでしょうし。あそこが本来閉じ込めるための場所だったことを考えると、囚われの地と言われるのも当然でしょうね」

「では、答えればいいのではないか?」


 アルが躊躇う意味が分からない、と言外に伝えてくるクインに苦笑する。


「……あの場所はアテナリヤが創った場所ですし、彼を閉じ込めたのもアテナリヤの行いであれば、同じ創造主を持つシモリが知っていても不思議ではないんですが……。正直、どうしてここで名前を問う質問が出てきたのか気になっています」

「クー」


 ブランが頷く。クインはよく分からない様子ながら、「そうなのか」と一応納得したように受け入れた。


「――それほどアカツキの名は重要な意味を持っているということなのだろうな」

「あっ……」

「……クーゥ」


 アルが声を漏らす横で、ブランがため息のような鳴き声をこぼした。


『回答は【アカツキ】でよろしいですか?』

「む……。申し訳ない、言ってしまっていた……」

「まぁいいですよ。回答しないと先に進まなかったでしょうし。――回答はアカツキでお願いします」


 しょんぼりと肩を落とすクインを宥め、アルは声の主を見つめる。

 これで間違っていると言われたらお手上げだ。


『……回答を照合しました。パスワードとして採用されます。……第二問が開示可能です。続けて回答しますか?』

「あ、正解かどうかは言わないのか。でも第二問があるってことは、正解だったっていうことだよね……?」

「回答ごとに質問が分岐していなければあっているんだろう」

「その可能性もあるか……。とりあえず、第二問をお願いします」


 中途半端な感じで進むと心地悪いのだが仕方ない。

 質問を促すと、シモリが即座に話し始める。


『第二問。永遠の木が守る試練の地。その先に待つのは神の審判。――この地の名前をお答えください』

「ヒントが少なくなりましたね。これ、僕ら以外に答えられる人がいるのかな」

「第一問で難関すぎるだろう。アルたちと出会っていなければ、吾でも答えられなかった」


 言われてみればその通り。むしろ、アル専用の質問になっている気がしなくもない。

 そうなると、この質問を用意しただろうアテナリヤに、アルの行動の全てが監視されているように思えて、そこはかとなく気持ち悪いのだが。


「……今はおいておこう。――回答は【異次元回廊】です」

『回答を照合しました。パスワードとして採用されます。……第三問が開示可能です。続けて回答しますか?』

「はい、お願いします」


 やはり解答はなかった。分かっていたので、さっさと聞き流して次に進む。


『第三問。白き森の永遠なる木。その名前をお答えください』

「質問が続くごとにヒントが少なくなってますね。……僕にはよく分からない」


 困った。ここまでアルの旅路を辿るような質問だったというのに、急に分からない質問が来た。


 アルは白き森と言われる場所は見たことがない。

 強いて言えば、雪が降った森か霧の森の外観がそうなのだろうか。魔の森内では滅多に雪が積もらないし、霧の森は中には入れば常緑の森だが。


 そして、永遠なる木というのは、前問と似ている。

 異次元回廊の入口を指しているわけではないのだとしたら、精霊のことだろう。精霊は本体が木で、永遠に近い生を持っているから。


「――つまり、白き森というところにいる精霊の名を問われている……?」


 そんなのは知らない。これはトラルースやマルクトに尋ねてみるべきだろうか。そのためには一旦この森から出なければいけないので、面倒くさいのだが。


「……ソーリェン」


 回答を諦めかけていたアルの耳に、小さな呟きが届いた。アルの横でブランの耳がピクリと反応する。


『回答は【ソーリェン】でよろしいですか?』

「うむ……」

「え、大丈夫なんですか?」


 アルとブランの視線を受けて、クインが苦笑した。説明しようと口を開く仕草を見せていたが、それより先にシモリが反応する。


『回答を照合しました。パスワードとして採用されます。――以上のパスワードで資格認証手続きを申請します。……審査中……審査中……』


 これで質問は終わりだったようだ。

 シモリ曰く『審査中』のようなので、その隙にクインの答えの意味を視線で尋ねる。


「……大丈夫だと思うぞ。白き森とは、おそらく聖域のことだ。そこにある永遠と表現できる木はソーリェンしかない」

「そういうことですか……。聖域を支える精霊がソーリェンなんですね」

「うむ。……懐かしい名を口にした」


 クインが感慨深そうな表情をする。友であったというソーリェンのことを思い出しているのだろう。

 アルは物思いを邪魔しないよう、ブランに寄りかかって静かに待った。


『……審査が終了しました。パスワード照合率百パーセント。全情報へのアクセスが許可されます。――ご質問がありましたらお伺いします』

「全部合っていたんだ……良かった」


 ホッと息をつく。

 罰はないと分かっていたとはいえ、こうして成功すれば安堵するしかなかった。

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