第388話 銀の声
延々と洞窟を進む。
途中に現れる分かれ道の一方は、どれも別の滝から続いているようだ。やはり小川はひとつの目的地へと続いていると思われる。
途中休憩を挟んだが、ブランがあまり落ち着かない様子だったので早々と切り上げた。よほど甘い匂いが気になるのか。
暫くしてアルも匂いが分かるようになったが、甘ったるすぎてあまり近づきたくない。目的地の方から漂っているようだから行くしかないが。
「ここ、森のどのあたりなんですかね」
「ずっとカーブしているようだから、案外入口からあまり離れていないかもしれないぞ」
「あー……渦状に進んでいるということですか」
「うむ。感覚的に、地下に生きる者との交信場所からの距離があまり変わっていない気がするのだ。少しずつ近づいている気さえする」
クインの言葉にブランが頷く。
地下に生きる者へ鋭敏な反応を示す二人が同意見ということは、渦状に進んでいるという可能性は高い。
「渦の中心部に目的地があるなら、森の中心という前情報にも合致しますね」
「そうだな。――というわけで、そろそろ目的地のようだ」
アルの先を進んでいたクインが、そう言って足を止める。
背後から前方を覗くと、確かに行き止まりがあった。なんとも不思議な光景だったので、少し呆然としてしまったが。
「……なるほど? ものすごく、人工物ですね」
「この洞窟自体も、自然のものとは思えんだろう」
小川が流れる先に、鈍い銀色に光る金属製の立方体がある。小川の水はその中に吸い込まれているようだ。
立方体の上部には筒のようなものがあり、洞窟の天井に刺さっている。おそらく、それが地上まで続いているのだろう。
「……これが、結界の核?」
まじまじと見つめる。
ついでに、クインから「危険性はないようだ」と言われたので、近づいて軽く叩いてみた。
金属の質感。これは魔軽銀に似ている。
立方体はアルの身長の倍以上あり、横幅は両腕を伸ばしても端に届かないほどだ。結構大きいが、小川の水を余さず吸い上げるにはこれくらいのサイズは必要だろう。
「クー?」
ブランがアルの背後できょろきょろと周囲を見渡している。探しものはきっと甘い匂いのもとだ。どこまでも食欲に忠実である。
アルは少し呆れながらも、ブランに付き合って視線を走らせた。匂いで判別しようとしても、この空間はどこもかしこも甘くてどうしようもない。
「……匂いがキツすぎて、気分悪くなりそう」
「吾も同意だ。この場で嬉々としていられるのは、ブランだけだろう」
アルと同様に、クインもげっそりとした顔だった。
結界の核の解明に集中したいのに、甘い匂いがやる気を奪う。そう考えると、防衛手段として良い方法なのかもしれない。おそらくそういう意図はないが。
『五百三十四年、百二十六日、八時間十九分四十一秒ブリノ、オキャク、サマ。イラッシャイマセ』
「え……」
不自然な声が響いてぎょっとする。
瞬時に周囲を警戒するクインに背後に庇わた。ブランもさすがに危機感を覚えたのか、アルを守るように背後に立つ。
『ワタシハ、シモリ。モリノ、ケッカイヲ、マモル、ヤクメヲ、ニナッテイマス』
「しもり……?」
『ナマエノ、イミヲ、トワレテイルノデ、ショウカ』
「……ええ、教えていただけるならありがたいです」
なんとも聞き取りづらい声に答える。どうやらアルたちと会話してくれる気があるようだ。
『シ、ハ、シシタジョウタイヲ、イミ、シマス。モリ、ハ、ヤクメデアル、モリビトヲ、イミシマス』
「死と守り人で
『ソウデ、ショウカ。シトハ、シズカナル、ハハ。シヲ、マモル、ノハ、ジュウダイナ、ヤクメ、ダト、ゾンジマス』
「死は静かなる母? 面白い概念ですね」
そう答えつつも、少し納得していた。
生きることは楽しいことばかりではない。死して眠ることが救いとなることもあるのだ。
「……ごく当たり前のように会話を続けられるのは、豪胆であるな」
「クーゥ」
「馬鹿なわけではないと思うが」
親子がなんか言っている。
アルはちらりと睨んでから、結界の核に視線を向けた。
どう考えても、ここから声が聞こえている気がする。これ以外に、声を発しそうなものがないのだ。
「シモリさんは、もう少し滑らかに話せませんか? ちょっと聞き取りづらくて……」
『ヨウキュウヲ、シンサ、シマス。……シンサ、チュウ……シンサ、チュウ……――シンサ、シュウリョウシマシタ。コレヨリ、オンセイノ、カイセキヲ、オコナイマス。ワタシノ、コトバヲ、クリカエシテ、クダサイ』
驚く間もなく、謎の声が喋り始める。『おはよう』などの挨拶のように単純なものから、長めの文章まで。
何度も言わなくてはならなくて、要求したことを少し後悔した。
『カイセキガ、シュウリョウシマシタ。コレヨリ、オンセイヲ、テキオウ、シマス』
どこかからジーやキーという音が聞こえてくる。
アルたちが見守っていると、『適応終了しました。これでいいでしょうか』という滑らかな発音の声が放たれた。
「っ、すごい……この短時間で、この程度の作業量で、音の修正を行った……? どういう処理の仕方をしているんだろう」
「吾はアルが何を言っているか分からぬ。それが何をどうやったのかも全く理解できぬ」
静かに興奮するアルの横で、クインが肩をすくめた。すっかり警戒態勢を解いている。
声の主から、アルたちに危害を加えようとする意思を感じないのだから、それも当然だ。
ブランはすっかり声に興味を失って、甘い匂いのもとを探しているようだ。
『私の機能の原理について、明かすことは禁じられています』
「誰にですか?」
『創造主です。私はシモリ。この森を守る役目を担い、それ以外への関与は行いません』
創造主。シモリが森を守る者だとするなら、創ったのは神アテナリヤの可能性が高い。
いったいどうして、このような人間のような反応を示す者を創ったのか。精霊やドラゴンでないことが気になる。
「あなたは、どのようにして森を守るのですか?」
『結界の維持、管理を行います。また、森の中で破壊行為が起きた場合、迎撃システムを起動。破壊者を排除します。その後、森の再生を促します』
思わずクインと視線を交わす。
破壊行為。その中に、食虫植物の討伐や木をへし折る行為は含まれているのだろうか。迎撃システムのようなものに心当たりがないから、たぶん大丈夫だと思うが。
「……破壊者をどのように排除するのですか?」
『迎撃システムを起動後、魔粒子分解レーザーが照射されます』
「その効果を詳しく説明してください」
『魔粒子分解レーザーは、あらゆる物質を魔粒子単位まで分解し、空気中に散らします』
想像して、寒気がした。
クインが顔を強ばらせている。呑気な雰囲気だったブランさえ、ぎょっとした様子で声の主に視線を向けた。
「……それを、人間が浴びたら、跡形もなく消失しませんか?」
『おっしゃる通りです』
あっさりと言ってくれる。
アルは危ない橋を渡っていたことに気づき、ぐったりとした。ブランの首筋に顔を埋める。
「……これ、気づいたら、いつの間にか、この世からバイバイしてたかもしれないってことでしょ」
「軽く言ったところで、衝撃は和らがぬな」
クインの声も沈んでいた。破壊者として消滅の危機にあったのだから、当然の反応だ。
「あーっと……どうして、そんな物騒な機能を持っているんですか?」
なんとか気を取り直して尋ねる。
『森を守るためです』
「……そういう役目をこなすために、最大限の機能を持っているということですか」
過剰防衛が過ぎないだろうか。
この森では魔法を使うことができない。だから、魔粒子分解レーザーを防ぐ術は無に等しい。
アテナリヤは何を考えて、こんなものを創ったのか。
「……どの程度の破壊で、迎撃システムが起動するのですか?」
『森の十分の一の消失です』
「あ、結構安全マージンがあった……良かった……」
食虫植物を倒す程度なら大丈夫そう。それに、魔法なしでそれほどに森を破壊するのは難しいだろう。
アルたちはようやく少し安堵して息を吐いた。
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