第386話 指針を得る
地下に生きる者は何かを考えるように暫く沈黙していた。交信が途切れたのではないかと不安になるほどの静けさだった。
「あの……? もしかして、語れない事実ということですか?」
かつて精霊の王と話したときも、似たような沈黙があった気がする。それは、アテナリヤが定めた理の中で、精霊の王が語る資格を持たないからだった。
こちらの世界とは隔絶しているとされる地下に生きる者たちも、同じ理に縛られているのだろうか。
『語れない事実? ……あぁ、世界を支える柱にも尋ねたことがあったのか。あれは神の忠実なる下僕であれば、それもあり得ような』
「精霊の王のことですか?」
『そうだ。精霊はすべからく、世界を支える柱として生まれる。精霊の王はその最たる者。柱に傷がつくことがあれば、世界は崩壊する可能性もある。それが故に、精霊は厳格なる理の中に存在しているのだ』
思いがけない答えだった。アルが想像していたよりも、精霊はこの世界にとって重要な存在だということか。
『だが、☆△はそちらの世界の理に縛られることはない。同時に保有する情報は制限されている。☆△が魔族について知る情報の多くは精霊から得たものだ』
「僕が聞けなかった情報も含まれますか?」
『どうだろう。魔族は存在なきもの。そちらの世界において朧のようなもの。☆△が知っているのは、帰還の術を探るよりも存在の根源を知ることが重要だということくらいだ』
精霊の王から聞いた情報と大部分が一致する。相変わらず、魔族が『存在なきもの』と言われる理由が分からないが。
新たに得られたのは『存在の根源』を探るべきだという指針だけだ。
「……どこで、その『存在の根源』というのを知ることができるでしょうか」
まったく探すあてがない。アルは途方に暮れたような気持ちで呟いた。すると相手がフッと笑う。
『さて……聖なる領域になんらかの情報はあろうが。探り方を考えてみると良い。あの地では、記録を探るためには工夫が必要だ』
「聖域で探す方法ですか……。その場所を実際に見たことがないので想像もできないんですけど、何かヒントはありますか?」
『探究心が重要だ。そして小さな違和を見逃さぬこと』
漠然とした言葉をアルは静かに受け止めた。これ以上の答えはないと察して、しっかりと記憶しておく。
これがなんの役に立つかは分からないが、実際に行ってみれば理解できるかもしれない。
「分かりました。ご助言ありがとうございます」
『謙虚であり賢明であることは、おぬしの良きところだろう。気に入った。今後も何か困ったことがあれば尋ねるといい。☆△が答えよう』
その言葉のすぐ後に、壁の一部が動いた。
驚いた様子のクインとブランがその場所を確かめに行く。アルは二人を見ながら口を開いた。
「いったい、何が?」
『携帯可能な交信装置だ。動力源は魔粒子だから注意せよ』
「アル、水晶があったぞ」
クインが手のひら大の水晶を掲げて見せる。その隣で、ブランが黒曜石の塊をくわえていた。
「交信装置と一緒に、魔粒子を溜めるものもくれるとは、ご親切にありがとうございます」
『構わない。この交信装置と違い、常時☆△たちと繋がるようにはできていないから、発動までに時間がかかる。気をつけてくれ』
「なるほど……つまり、普段は持っていても不快感はないということですね」
クインやブランが気にせず持っているのを見れば、アルが今使っているものとの違いが分かる。
相反する者同士、不快感の理由が理解できるのか、相手は笑み混じりで『ああ、そうだ』と返した。
『そろそろ交信が切れる時間だな。――アルよ、この後は死の森の結界を探るのだろう』
「はい、そうですが……」
『ならば、水を辿るといい。アルが求めるものの道標になろう』
「それは小川のこと――」
尋ねる言葉が止まる。
空気の圧が減少していた。それと同時に、話しかける相手の気配が既に存在していないことに気づく。
交信に時間制限があるとは知らなかった。地下に生きる者はギリギリまでアルの求める情報について答えてくれたのだろう。
「……やっぱり、あの小川は重要だったんだな」
交信装置である丸石から手を離しながらアルは呟いた。
近づいてきていたクインとブランが似た雰囲気で首を傾げる。
「どういう意味だ」
『どんな情報が得られたのだ?』
肩に飛び乗り問いかけてくるブランを宥めるように撫でながら、その口から黒曜石の塊を受け取った。クインからも交信装置をもらう。
「情報について話すのは、次の目的地に向かいながらにしましょう。あまり長居したくないんですよね?」
「『それはその通り。早く出よう』」
返事が重なった。
ブランの不快感はあからさまだったが、クインも相当嫌気がさしていたらしい。
アルは似た者親子を微笑ましく思いながら、身を翻した。
この空間についても興味が掻きたてられるし、調べてみたい。だが、それは今でなくてもいいだろう。そろそろ外の空気を吸いたい気分でもあった。
「では、行きましょう――」
地上に戻りながら、得られた情報を二人に話して聞かせた。
◇◆◇
森の中に戻ってきた時、雨は降っていなかった。雷の音も聞こえないし、上手い具合にやり過ごせたようだ。
アルは荷物を回収して、変化したブランの背にくくりつける。
ここから出たら、また暫くブランと話せなくなるのが少し寂しかった。
「――あ、どうしてここだと魔力の制限が緩むのか聞き忘れた……」
ぽつりと呟く。原理が分かれば、霧の森の中でもブランと言葉を交わせるようにもできただろうに。
アルの言葉を聞き咎め、ブランがピタリと動きを止める。その目は恨みがましげだった。抗議する声が聞こえてきそうだ。
『なんでそんな重要なことを聞き忘れるんだ!』
実際に思念で聞こえて、アルは苦笑する。
とりあえず「ごめん、次の機会に聞いておくね」と言ってはみるものの、ブランの機嫌は回復しそうにない。
『今すぐ、その携帯交信装置とやらで聞いてみろ!』
「えー……これ、魔粒子が全然溜まってないんだよ? ここでこれから溜めていたら夜になっちゃいそう」
アルは黒曜石の塊を振りながら肩をすくめた。
☆△という地下に生きる者から携帯交信装置をもらえたことはありがたい。だが、その動力源に魔粒子を籠めるサービスはしてもらえていなかったようで、今すぐ使うことはできないのだ。
しかも、アルが鑑定道具で調べた限り、この携帯交信装置は起動するだけでとんでもない量の魔粒子を必要とすることが分かった。
実際に溜めてみなければ分からないが、使える状態にするのに数日かかってもおかしくない。
つまり、現段階においては無用の長物である。
『チッ……期待させたくせに、使い物にならんとは』
ブランが憎々しげに携帯交信装置を睨む。
八つ当たりのような、正当な怒りのような――アルは判断に迷って、結局何も言わずに携帯交信装置をしまい込んだ。
拗ねているブランを促し、外に向かう。
時間は有限。暗くなる前に小川の流れ行く先を見つけたい。
『飯は?』
「歩きながらでーす」
要求されることは分かっていたので、アルは取り出しておいた携帯食料をブランの口に放り込んだ。ナッツをハチミツで固めたようなものだから、その甘さにブランの機嫌が回復することを願う。
「相変わらず、文句も食欲もとどまるところを知らないな」
クインが呆れたように呟き、ブランから睨まれていた。既に思念は聞こえない。もう外に出てしまったから。
「クインもお一つどうですか?」
「吾はまだいらない。それより、昨日印を付けたところはこっちだ」
クインがさっさと先頭を歩き始める。
小川が重要なものだと分かったことで、昨日クインが小川の傍に印を残してくれたことが大きな意味を持った。
クインはアルに「先見の明があるな」と言って褒めたが、その功績はクインのものだと思う。
「結界の核ってどんなものなんでしょうねぇ」
アルは期待に胸を高鳴らせながら、クインの後に続いて進んだ。
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