第385話 もたらされる情報
今アルが一番興味があることと言えば、この森に関することだ。厳密に言うと、この森を囲む結界。
「――あなたは霧の森、別名死の森に張られている結界についてご存知ですか?」
『神が創ったものだな。原理について詳しくは知らないが、世界を隔てるものが存在していることは知っている』
簡潔だが新情報は無に等しい。
アルは少しガッカリした。地下に生きる者ならば何か知っているかと期待していたのに。
そんなアルの思いが伝わったのか、心なしか不貞腐れたような雰囲気で言葉が続く。
『☆△はそちらの世界のすべてを知るわけではない。記録されるべきとみなされた情報を集積しているだけなのだから』
「それは、誰が判断して行っているのですか?」
『神であり、精霊であり、先読みの乙女であり――おぬしのような、☆△たちと言葉を交わす者たちである』
アルは暫しその言葉の意味を考える。
地下に生きる者たちはこちらの世界の情報を多く知っている存在だ。その情報源もまた、こちらの世界の住人ということか。
つまり、世界各地に存在する交信装置は、こちらの世界の情報を外部に残すためのものだということだろう。
「……あなた方の役割は、この森と同じ?」
『そうとも言えるだろうな。そちらの世界が消滅したとしても、こちらに集積された情報により、ある程度の再生が可能だ』
「神はどれほど、この世界の消滅を危惧しているんだ……」
植物体系の保存しかり、文化等の情報しかり。この仕組みを用意した神は、いつかこの世界が消滅することを確信しているのではないだろうかと思うほどの念の入りようである。
呆れるアルの耳に、ククッと笑う声が届く。
『そう言ってやるな。全ては愛ゆえ。失うことを恐れるのは、誰もに存在する感情であろう』
「なるほど……。この仕組みを創ったのは、初期のアテナリヤということですか」
『初期? あぁ……神が感情を捨て去ったと認識しているのか。間違いではあるまい』
なんだか曖昧な返答だ。まるでアテナリヤにはまだ感情が残っているというような。
「あなたは今のアテナリヤについても知っているのですか?」
『長く会っておらぬ。故に答えは否。だが、神の歴史を知れば、現状も理解可能だ』
「アテナリヤの歴史……興味ありますね」
暗に「情報ください」とねだってみると、再びククッと喉の奥で笑うような声が聞こえた。
『それを答えるのは☆△の権限外だ。そちらの世の何処かに存在する、神の導を調べるといい』
「神の導、ですか。それはどんなものですか?」
答えが得られなかったことにがっかりした。だが、手がかりはあったので、勢い込んで尋ねる。
『白き神殿、あるいは聖なる領域。神が全ての記録を残す場所だ』
「……つまり、異次元回廊と聖域?」
『そのように言われることもあろうな』
今度こそ肩を落としてため息をついた。アルが既に知っているものだったのだから仕方ない。
白き神殿に残されている記録については、ヒロフミたちに解析を任せているが、どこまで判明しているだろうか。新発見があれば連絡が来るはずだと分かっていても、連絡の時差を考えるとあまりあてにならない。
「白き神殿と聖域に残されている情報は同じですか?」
『☆△は全てを知るわけではない。だが、その役割上、全てが同一ではないだろう』
「役割が違うんですね?」
『白き神殿は神の歴史を綴る場所。聖域は世界の情報を記す場所』
つまり、白き神殿は神の個人的な情報が主であるのに対して、聖域は広範囲の情報を有しているということか。おそらく神についてより詳しく知れるのは白き神殿なのだろう。
「……先読みの乙女について知りたいと思うなら、聖域がいいということですか」
『さよう。血を引くおぬしが訪れれば、新たな発見もあろう』
「っ、ご助言ありがとうございます」
何気なくもたらされたのは、アルにとって有力な情報だった。俄然、聖域に赴く必要性が増す。
そうなると気になるのは、メイズ国の街の端にあった塔のことだ。先読みの乙女が使う転移塔に似ているそれが、アルでも使えるのだろうか。そもそも入り方も分からないのだが。
「あなたはメイズ国をご存知ですか?」
『すでに亡き国だ』
「そこに転移塔が存在していることは?」
『ありえるだろうな。メイズ国は先読みの乙女と関わりが深い』
アルは目を見開く。思いがけない情報が出てきた。
メイズ国に関する文献は少ない。アルが知る限りでは、いくつか文化や歴史を記す書に名前が出てくるだけだ。
そんな国が先読みの乙女と関係があったとは知らなかった。
「どのような関わりが?」
『かつて先読みの乙女が生まれた。そして、それゆえに滅んだ』
「それは、どういう意味ですか」
ぞわりと寒気が襲ってくる。恐ろしい情報がもたらされる予感がした。
『善なる神と悪なる神の対立において、中庸なる乙女は時に悪なる神にとって邪魔である。それが故に周囲を巻き込み、破滅へと至ることはそう珍しくない』
「……イービルが、先読みの乙女を弑するために、メイズ国を滅ぼした?」
『さよう。☆△は詳しい流れを知らない。イービルの手の者たちならば、詳しい情報も得られよう』
その言葉に思い浮かんだのは、ヒロフミの姿だ。
悪魔族と共に行動し、時にイービルの指示を受けていたはずのヒロフミならば、何か情報を持っている可能性がある。
あとで連絡してみようと考え、アルは話を変えた。
「ところで、メイズ国の傍の転移塔は結界が張られていて入れなかったんですけど、どういう仕組みかご存知ですか?」
『ほう……おそらく、死の森の結界と関連しているのだろう。もともと、メイズ国は死の森の代理管理主が興した国。あの国の王族は死の森の結界についても熟知していたと聞く。転移塔も彼らが管理していたのならば、何かしらの関連があるはずだ』
初耳の情報だ。メイズ国の王族がまさか霧の森の管理を行っていたとは。
だが、なんとなく納得できるのも事実。これほど不思議な森と隣接していて、なんの関係もない方が違和感がある。
「つまり、この森の結界について学べれば、転移塔の結界についても対処が可能かもしれないということですね」
『そうだな。メイズ国亡き後も、死の森の結界に異常がないならば、森の中に結界維持装置があるということ。探してみるといい』
「それについては森の中央付近にあるという情報を持っています」
アルの応えに、少し驚いたような気配が伝わってきた。
言葉を交わすだけでなく、感情を読み取るのもできるようになってきたのは、慣れゆえだろうか。
『ほう……なるほど、おぬしは魔粒子も操作可能か。鑑定道具を用いて結界を探るとは……。そちらの世界においては、突飛な才であろうな』
「こちらの世界では、ということは、あなたの方では当たり前の技術なんですか?」
『☆△は魔力を扱えない。魔粒子がエネルギーの全てである』
アルは目を瞬かせた。まさか、それほどまでに世界が違っているとは思わなかったのだ。
「……もしかして、あなた方はヒロフミさん――いえ、魔族の元の世界と似た環境で暮らしているのですか?」
『魔族の生まれた世界とは異なる。だが、そちらの世界よりは近いだろうな』
「同じ世界だったら、帰り道が分かるかと思ったんですが……そんな都合がいいことはありませんよね……」
アルは苦笑して呟いた。
ヒロフミたちが探す異世界転移の方法において、最大の問題点は帰還すべき世界の位置が分からないことだ。位置が分かりさえすれば、転移は可能になる可能性が高い。どの時間軸に戻れるか、というのも問題ではあるのだが。
『ほう? 魔族の元の世界の位置が知りたいのか。それを知ってどうする?』
「そこに帰りたいと望んでいる方々がいるんです」
アルの脳裏にアカツキやヒロフミ、サクラ、そして数多の墓が思い浮かぶ。帰る方法さえあれば、悪魔族だって世界崩壊の活動をやめてくれるかもしれない。
『……意味なきことだ。アプローチの方法を変えるといい』
「どういう意味ですか?」
静かな声に耳を澄ます。重要な情報を得られる予感があった。
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