第384話 交わる場所

 そこには巨大な石の建造物があった。

 ⛩の形に組まれているのは、表面が綺麗に磨かれていて美しい光沢がある黒曜石。それが門のようになっていて、奥に大きな丸石が見える。それは黒水晶のようだ。

 松明の反射が強いなと思い、壁をよくよく観察すると、それが黒曜石でできていることに気づいた。


「……床まで黒曜石。黒色が好きなのかな」


 これまでの階段は土壁だったから、ここが黒曜石の岩盤ということはあるまい。つまり、わざわざこの空間を黒曜石で埋め尽くした者がいるということだ。


『地下に生きる者か?』

「いや。あれらはこちらに直接干渉できぬはず。この森を作った者が、地下に生きる者たちへの交信場所としてここを整えた可能性が高い」


 クインが肩をすくめて答える。アルもその意見に頷いた。


「……黒好きと言えば、イービルなんだけど」

『なに? そうなのか?』

「前に話したことなかったかな? 今、イービルを祀っている神殿は、黒が基調になっているって。だからこそ、異次元回廊の白い空間を、アカツキさんが神殿っぽいって言ったのが違和感があったんだよ」

『あー……そんな話もあったような』


 ブランが曖昧な返答をする。興味がないことはあまり記憶に留めないから、覚えていなくてもしかたない。

 アルは肩をすくめて周囲を見渡す。


「神殿というには神を象徴するものがないけど。強いて言えば、あの門と丸石かな? イービルへの信仰を示すものではないね」

『普通の神殿には何があるのだ?』

「集金所と礼拝室、懺悔室。御神体として礼拝室に置かれているのは、黒い杖だね」

『黒い杖? アカツキが持っていた魔法の杖のようなものか?』

「あー……言われてみれば、大きさはともかく、形は似ているかも?」


 アルは記憶から杖の姿を思い起こし、比べて頷いた。

 ブランが少し顔を顰めている。アカツキたち魔族にとって敵とも言えるイービルの御神体が、嬉々としながら使っていた魔法の杖と似ているとは、可哀相な符合である。


「イービルの神殿については知らぬが、あれが地下に生きる者との交信装置だ」


 クインが首を傾げながら丸石を指差す。

 続けて「あの門を通れば、交信装置が起動するのだ」と告げた。


「へぇ。あれは魔道具ではないということですか」

「アイテムバッグ等の魔道具が使えなかったことを考えれば、その可能性は高いな。鑑定してみてはどうだ?」


 アルの荷物に気づいていたのか、クインが提案してくる。


『む? 鑑定道具を持ってきていたのか』

「当然。鑑定眼は使えないみたいだし」

『魔力を使える基準が難しいな。身体に付属しているはずの鑑定眼は無理なのか……』


 ブランがムムッと眉を顰める。

 アルはそれを横目に眺めながら、鑑定道具を用意した。この空間でもきちんと起動してくれるようで、少しホッとした。森とは違う様子だったから、どうなることかと密かに思っていたのだ。


「えっと……【次元が異なる場所との交信をするための装置。使用する動力は、魔粒子。周囲の黒曜石が魔粒子を蓄積している】だって。ということは、ここが黒曜石だらけなのは、理由があったんだね」

『そのようだな。黒曜石である必要性は分からんが。もしや魔粒子の保存に優れた性質なのか?』

「あ、それは実験してみたいかも」


 思わず壁を凝視する。どうにかして、この黒曜石を削り取れないだろうか。


「……どんな方法で壁から交信装置に魔粒子が流れているか分からぬのだから、あまり手を出さないほうがいいと思うぞ?」

『削った途端、この場所が崩壊したらどうしてくれる』


 クインは苦笑しているだけだが、ブランはだいぶ冷たい目をしていた。アルなら本気でやりかねないと危惧しているのが伝わってくる。

 アルは目を逸らして、肩をすくめた。反論できない。


「……壁はともかく! 異なる次元っていうの、気にならない? 異次元回廊みたい」

「そうだな。吾はこの世であってこの世でない場所に住む者たちと連絡できるものだとしか思っていなかったが」

『試しに、ヒロフミたちに呼びかけてみるか?』


 ブランが冗談のように言う。だが、アルが応えるより先に、クインが首を横に振った。


「異なる次元というものに異次元回廊が含まれるとしても、連絡を取ることはできまい。この交信装置がなければならないのだ」

「あー……そういうことですか。地下に生きる者たちのところにも、これがあるんですね」


 異次元回廊にはこの装置がないのだから、どうしようもないということだ。

 アルはふと、地下に生きる者たちのことを聞いた時を思い出す。


「――この世界には、これと同じ交信装置がいくつかあるんですよね? クインが最初に見つけたときは、驚いて周囲一帯に火を放ったと言っていましたから、ここではないのでしょう?」

「そうだ。ここより聖域に近い場所だな。他には精霊の森なんかにもあるはずだ」

「それなら、地下に生きる者ではなく、精霊との交信はできないんですか?」


 クインがきょとんと目を瞬かせる。

 交信装置を用いれば連絡が取れるということは、他の場所とも連絡できる気がするのだが。


「……試したことはないが、無理なのではないか? そも、鑑定結果も異なる次元の場所との交信とあるのだろう。この世界の他の場所は、同じ次元だ」

「あ、そうか……。つまり、これは地下に生きる者たちとの交信専用ということですね。使い勝手が悪い……」


 アルは思わず正直な感想をこぼした。

 そもそもほとんどの人間は地下に生きる者という存在を知らない。世界にいくつかあるという交信装置は、ほぼ使われていないと考えて良さそうだ。


『話はいいから、さっさと使ってみてはどうだ。我はあまりここに長居したくない』


 ブランが焦れったそうに呟いた。落ち着かなそうに尻尾を揺らしている。地下に生きる者への拒絶感で居心地が悪いのだろう。

 アルはもう慣れてしまってあまり気にならないのだが、魔物は敏感ということか。


「そうだね。とりあえず、起動してみようか」


 門を通り、クインに促されて黒水晶の丸石に手を添える。硬質で冷たい感触が体温を奪っていくのを感じた。


(えぇっと……地下に生きる者さん?)


 呼びかけ方がよく分からない。考えていると、フッと笑うような声が聞こえた気がした。手がビクッと震える。


『いかにも、地下に生きる者である。――よく来たな。先読みの乙女の血を継ぐ者よ』

(あ、自己紹介しなくても分かるんですね)

『声なく意思を交わすとは、そういうことだ。まだ慣れぬおぬしでは、難しいことであろうがな』


 こみ上げる不快感。それは生理的なものでどうしようもない。

 クインが接触すれば地下に生きる者への拒絶感が分かると言っていた意味が、アルはよく理解できた。


『――さよう。おぬしと☆△では、相容れぬ存在であるから、仕方ないのだ』


 アルの思いを読み取ったように、言葉が伝わってくる。その一部が聞き取れなくて、アルは首を傾げた。


(今、ご自身のことをなんと――)

『☆△だ。聞き取れまい。そちらの次元には存在せぬのだから。聞き流せ』

(そうですか……)


 なんとなく納得できないものを感じたが、相手が答える気がないのだからどうしようもない。

 肩をすくめた後、アルはふとブランに視線を向けた。会話にブランが割り込んでこないのが不思議だと思ったのだ。


「ブラン、もしかして聞こえてないの?」

『何がだ? もしや、もう交信できているのか』


 すぐに察したブランが目を丸くする。どういうことだろう、と思った瞬間、答えが返った。


『触れていないものには聞こえない。そして、一対一の対話である』

「そういうことですか。つまりブランが触れても、同じ会話は聞こえない?」

『さよう。別の者に繋がるだろうな』


 どうやら対話できる相手は複数いるらしい。どのように相手が選ばれているのか不思議に思ったが、この疑問には答えが返ってこなかった。おそらく問いかけても無駄だろう。


 声に出して会話をすべきか迷ったが、逐一訳すのは難しいので、ブランには後から説明することにする。


(えっと……まずはお礼を。クインに先読みの乙女の話をしてくださり、ありがとうございました。とても役に立ちました)

『それは☆△がしたことではない。だが、礼を伝えておこう』


 声が柔らかくなった気がした。会話の取っ掛かりは上手くいったようだ。

 さて次に何を話そうか、とアルは少し考えた。

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