第378話 綺麗な水の理由
クインと話しながら歩いていると、ほどなくして木々の合間から光の反射がキラキラと見えた。
「あ……湖?」
「綺麗な水の匂いだ」
先頭を行くクインが草を掻き分けてくれるので、アルは容易に水が満ちた場所へと辿り着けた。
そこは、小さな池のように見えた。
水の透明感が高いためか、底にゴロゴロと白い石が敷きつめられているのが分かる。円形の中央付近から水が湧いているようだ。
とりあえず水場の周囲を歩いてみる。
アルたちが来た方向とは逆の側が低めの崖のようになっていて、そこから池の水が小さな滝のように流れ落ちていた。崖の下から森の中央に向けて小川が続いている。
「……これ、この小川を辿ったら、目的地に着くとかありますかね?」
人工物のように見える湧き水のため池。その下に続く小川も、白い石で底面や側面が補強されていて、なんらかの目的に沿って整備されているように見える。
「さぁな。……だが、思い返してみると、こうした湧き水は吾が普段通っていた場所にもあったし、川が中央へ向けて流れていた気がする」
「では、少なくとも二つ、こういった場所があるんですね」
なるほど、と頷きつつ、アルは荷物から取り出した紙に情報を書き込んだ。正確な距離などは分からないから概略図になるが、簡単に地図を作成しているのだ。
アルにとって未知の場所を進む以上、念には念を入れた対策をしておくべきだ。もしクインと離れ離れになったとしても、少なくとも外に出ることはできるように。
「吾は基本的に地下に生きる者どもに接触するために来ていたから、水の行く先は気にしたことがなかったが……。吾が知る限り、流れていった水が溜まっているところはないぞ」
「それは不思議ですね。川が流れ込む先が同じなら、結構な水量になりそうですが……」
「ところどころでこのような小川を見かけたから、合わさることなく森中を巡っているのかもしれんな」
クインの言葉も一理ある。だが、それならそれで、川の終着地点がどうなっているか気になる。すべての水が蒸発して消えるとは思えない。
「確かめてみたいですねぇ」
「……構わんぞ? どうせ、この小川は現時点で森の中心部に向けて流れているのだ。途中で逸れることになるかもしれぬが、その時はまたどうするか考えればよかろう」
「では、そうさせてください」
クインが『どうしてそこまで気にしているのだろう?』と言いたげな顔をしていたことには気付いたが、笑顔で提案を受け入れる。
アルにとって好奇心や探究心は抑えがたいのだ。
「クー……」
ブランが呆れたような鳴き声をこぼした。ジロリと軽く睨まれて、アルは咄嗟にそっぽを向く。
悪いことをしているわけではないが、ブランが咎めてくる理由が分からないでもない。都合が悪いことは気づかないふりが一番だ。
ポン、と頭に軽い衝撃が当たる。頬に触れるのはブランのふわふわな尻尾だ。
「頭を叩くのは……『馬鹿だな』だったかな?」
「グーゥ」
鳴き声でも『バーカ』と言われた気がして、アルは少しむくれた。
そこまで馬鹿にされることではないと思うのだが。
「戯れ合うのはほどほどにして、まずはやるべきことをしたらどうだ」
「……はーい」
アルは決して戯れていたわけではない。だが、クインの微笑ましげな眼差しに、反抗する気を削がれた。
「では、まずは水の安全性の確認を――」
変質魔力を籠めた魔石をセットした鑑定道具を、池に向けて作動させる。
鑑定結果を確認しようとしたところで、ブランが覗き込んできて少し邪魔だ。
「えぇっと……『湧き水。浄化石により、常時飲水可能な品質が保たれている』だって。浄化石とは……?」
「ふーむ。可能性としてあるのは、その白い石だろう」
クインが指したのは、池や川を補強している石。元々森の雰囲気から外れた雰囲気があったが、相応の目的があったということか。
一応、水ではなく白い石を鑑定の対象にしてみると、『浄化石。周囲を清浄に保つ。魔力がないところでも効果を発揮する』と表示された。
「……こんな石、僕は存在すら知らなかったんですけど」
「クー」
アルの横でブランが頷く。クインも同意を示したが、軽く肩をすくめて手を振った。
「この森自体が、特殊な場所なのだ。外の世界に存在しないものがあっても、さほど驚くべきものではあるまい」
「言われてみると、そうですよね」
アルは苦笑して空を見上げる。
日光は確実に届いているのに、空は雲が広がっているように真っ白だ。この光景にようやく慣れてきた。
「グルグル……」
ふと、喉を鳴らすような音が聞こえて、アルはブランに視線を移す。
いつの間にか、ブランは池の傍に伏せて水を飲んでいた。ペチャペチャと音がしているのが微笑ましく感じる。
「美味しい?」
「クー」
頷くブランの横に座り、アルも水に手を浸す。
冷たい水の感触に目を細め、すくった水に口をつけた。
「……あ、本当に美味しい。雑味がない感じかな?」
「そうだな。お茶を淹れるのに最適なのではないか?」
クインの言葉に、アルは異次元回廊内で試練を受けた後に行われた不思議なお茶会を思い出した。
あの時の紅茶もお菓子も結構美味しかった。異次元回廊の不思議な力で用意されたものだろうが、クインもそのような飲食物には慣れているのだろう。
「……いいですね。お茶の時間には、ささやかながら
「クークー!」
アルの提案に真っ先に反応したのはブランだ。脚に尻尾をぶつけてくる。
これは確か『飯をくれ』の合図だったはずだが、この場合はお茶会への賛成を示しているのだろう。
「呑気なことだが、このようにさしたる危機感を感じない状況では仕方ない、か」
「僕も、ただお茶会がしたくて提案したわけじゃないんですよ?」
「どういうことだ?」
クインとブランがきょとんとアルを見つめてくる。
アルはにこりと微笑みながら、森の木を指した。
「あれ。――ペシェブロンの実だと思うんです。水に漬けておくだけで、
「……ついでに、この森で生えているものが食えるかどうか調査するわけか」
クインの言葉に頷く。
調査といっても、事前に鑑定道具で調べてからになるから、体に害が生じる可能性は少ない。
万が一の場合に、生き延びる手段として森の恵みをいただくことはありえるのだから、今のうちから調査しておくのは必要だろう。
「クー!」
ブランが鳴いて、ペシェブロンの木に駆けていく。背負っている荷物の重さを感じさせない軽快な動きだ。
木の幹を駆けのぼり、あっという間に実が生っているところまで辿り着くと、収穫を始める。
「……分かっていたけどね」
ブランの行動を見て、すぐさま木の下に移動していたアルは、落ちてくる実を掴んで袋に放り込む。地面に落ちて傷がついたらもったいない。
呆れた顔をしたクインも手伝ってくれたので、大体は無事に確保できた。
「ブラン、荷物増えたよ」
「キャンっ!?」
地面におりてきたブランが、目を丸くして固まる。アルは当然のことしか言っていないのだが。
アイテムバッグを使えない現状では、集めたものは全てブランに背負ってしまうしかない。ペシェブロン茶を仕込んでおくために、水も追加で持ってもらうことになる。
「……グー……グル……」
ブランは暫く悩んだ末に、仕方ないと言いたげに耳を垂らす。桃茶という言葉に甘味を連想し、その魅力に負けたのだろう。
食料を最低限の量にしている以上、お茶請けを豪勢にするわけにはいかない。だが、ブランの働きに免じて、多少甘味を出すくらいは構わないか、とアルは肩をすくめた。
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