第376話 賑やかだけど少し寂しい

 本日のそれぞれの成果。


 アルは携帯食料各種。少ない量でも満足感を得られるようにして、栄養素や味にもこだわった。乾飯や干し肉、乾燥野菜、クッキーなど。


 クインはほとんどアルの安全確保に努めていたが、携帯食料作りを手伝ってもいたので同上。


 そして、ブランはというと――。


『ふーはっはっはっ! 我はこの海を獲り尽くしてやったぞ!』


 悪役めいた笑い声を上げたブランが、アルにアイテムバッグを差し出してくる。


 海での作業を始めた頃は、海産物を獲る度にアルのところまで戻ってきて、アイテムバッグに収納していた。だが、それが億劫になったのか、途中から無断でアイテムバッグを持ち出してしまったのだから、アルは正直怒りたい気分である。


 アルの携帯食料作りで、アイテムバッグに収納した食材が必要だったのだ。初めの内に必要と思われる分を取り出していたから良かったものの、たまに使いたい調味料がなくて、クインに取りに行ってもらうことがあった。


「……はぁ……何を獲ってきたのかな」


 文句をため息に変えて、アルは成果の確認をする。

 ブランが誇らしげに胸を張り、ブンブンと尻尾を振ってその作業を眺めていた。それを見て、少し申し訳なさそうにしているクインを見習ってほしい。


「――わぁお……本当にたくさん獲ってきたね?」


 アイテムバッグの中には、たくさんの魚やエビ、カニ、貝など。一体どうやって、海底に生息している魚介類を捕獲したのか。


 ブランを観察してみても、予想外なことに、毛が海水で汚れていない。いつも通りのふわふわだ。


「……海に潜ったわけではない?」

『当たり前だろう。海水は毛がぺしょぺしょになるんだぞ。しょっぱいんだぞ』

「それは知ってるけど。じゃあ、どうやって……?」


 アルが尋ねてみても、ブランは勿体ぶった様子で『んー? 知りたいのかー? それならば、誠意というものがあろう? たとえば、夕食のメニューとか――』とおねだりをしてくる。


「魔法だ。海の一部を風で囲って、内部の海水を除く。そうすると、魚介類が砂地や岩場の上にたんまりと現れるのだ」

『なっ! せっかく我が教えようとしていたのに!』


 あっさりと答えたクインが、抗議するブランの頭に拳骨を落とした。『ぬおぉおおっ!』と叫び痛がっているブランを横目に、アルはクインに「へぇ」と感心の声を返す。


「そのような方法があるんですね」

「あぁ。ブランも初めは難儀していたようだが、その方法を見出してからは、ほとんど作業のようなものだった。たまに魔物が海水から飛び出してきて、叩き落としていたな」


 クインが苦笑しながら肩をすくめる。

 アルはブランの作業の様子を想像して、少しワクワクした。そのような魔法の使い方を考えたことがなかったからだ。


 ブランは海を囲うのに風の魔法を使ったようだが、アルならば物理結界で対応できるだろうか。だが、絶えず押し寄せてくる海水を防ぐには、途方もない魔力量が必要になりそうだ。


 そうなると、ブランのやり方が最適解というものか。物理結界のように、魔力に物理性質を持たせる方法を、もっと簡単にできれば、消費する魔力量も減らせるだろうが――。


『――おい。おい!』

「っ……なに?」


 気づいたら、ブランが呆れた表情でアルの顔を覗き込んでいた。


『アル。お前、また魔法のことについて考えていただろう。今の話から考えることと言ったら、我のような狩りの仕方を自分がするにはどうしたらいいか、とかか? それとも、風の魔法の代わりに、物理結界を使う方法とかか?』


 ドンピシャで正解とは、どういうことだろう。それだけ、ブランがアルのことを理解しているという証左なのかもしれない。


 常々、魔法研究への関心の強さにより他がおろそかになることを注意されているので、アルはそろっと視線を逸らして無言を貫いた。

 下手なことを言えば、もっとガミガミと叱られそうだ。


「アルは研究熱心だな。――そろそろ、夕食をとりながら、霧の森内での行動を確認したほうが良いのではないか?」


 クインが微笑ましげに目元を緩める。

 アルは軽く流してくれたクインに感謝しながら、提案に乗って作業を始めた。


「そうですね。夕食は作り置きのものにしますから、すぐ準備できますよ」

『……海鮮を食いたい』

「分かってるよ。ちゃんと、用意してあるからね」


 ブランの要望を踏まえて用意した夕食メニューは、赤魔鯛アカマダイのカルパッチョと刃鱸ハスズキのアクアパッツァ、海藻サラダだ。


 アクアパッツァにはたっぷりと貝も入れていて、魚と貝の出汁が良い香りを放っている。身を楽しんだ後は、スープをパスタに絡めてもいいし、パンを浸して食べるのもいい。


「どうぞ、召し上がれ」


 アルがそう言うのと同じタイミングで、ブランが刃鱸に食らいつく。口周りが汚れるのも気にせず、至福の表情で口を動かしていた。その表情だけで、ブランの感想はよく分かる。


「ん、美味しい。このスープが抜群だ」

「ふむ。このような味付けをするのも、美味いものなのだな。我はトマトで少し酸味があるのが、素晴らしいと思うぞ」

「気に入ってもらえて良かったです」


 クインも顔を綻ばせて食事を続けている。口にあったようで何よりだ。

 アクアパッツァの後にカルパッチョに手を伸ばす。レモンの酸味がちょうど良く、オイルとハーブソルトの相性が抜群だ。さっぱりしていて、いくらでも食べられそうである。


「――アカツキさんがここにいたら、お酒がほしいって喚いていただろうなぁ」


 ふと、長い時間旅を共にした姿を思い出した。

 アカツキがいない食事は、なんだか静かで落ち着いている気がする。それはブランとおかずの取り合いをして騒ぐ人がいないからだろうか。


『どうせあやつは、ヒロフミたちのところでたらふく旨いものを食って、酒を飲んでいるだろうよ』


 憎まれ口のような言葉でブランが呟くが、その姿もどこか寂しげに見えた。食事中の諍いを、ブランも楽しんでいたのだろうか。クインとは同じようなやり取りはできないし、張り合いがないのかもしれない。


「そうだねぇ。楽しんでいるならそれでいいけど。アカツキさんもブランと遊べなくて寂しがっているかも」

『自分の無力さで呻いているの間違いじゃないか? あいつはあそこに残っていても、大したことはできまい』

「それは、まぁ……ヒロフミさんたちがどうにかしているんじゃない?」


 ブランの言葉にも一理あると思ってしまったアルは、曖昧に言葉を濁した。


「――それで、霧の森内での意思確認方法は考えたのか?」


 僅かな沈黙を破り、クインが話の水を向ける。

 アルは「あっ」と声をもらしながら、ブランを見つめた。魚介類を獲る間に、合図を考えておいてもらうようにしていたのだ。


『うむ。いろいろと考えたぞ』


 一足先に食事を終えたブランが、スタッと地面に下りる。

 どうでもいいが、アルの食事の数倍の量を瞬く間に平らげてしまうブランに、毎度のことながら少し驚いてしまった。


『――まずはこれだ』


 ブランがアルに駆け寄ってきて、軽く尻尾を脚にぶつけてくる。


「それはどういう意味?」

『飯をくれ』

「……まぁ、ブランにとっては、最重要な意思だよね」


 なんとなく納得できない気がするも、アルは受け入れた。

 普通、危険の有無を知らせたり、肯定・否定をしたりする合図を一番最初に教えてくれるものだと思うのだが。


『肯定は頷き、否定は首を振る。偵察の提案は、手で木を叩く。撤退すべき時は、アルの襟を噛む。尻尾で背を叩いたら、警戒しろという合図だ』


 他にもたくさんの合図を言われて、アルは驚きながらも必死で覚えた。思いの外、ブランは真剣に意思疎通の方法を考えていたらしい。

 それだけ、アルと言葉を交わせないという状況を寂しがっていたということだろうか。


「――よし、全部覚えたよ。それにしても、『馬鹿だな』って意思表示、必要かな? 頭を叩かれるの、すごく嫌なんだけど」

『必要だろう。アルが暴走してしまった時にすかさずぶっ叩く』

「……怪我するほどの勢いはやめてね?」


 引っかかる部分を指摘したら、当然のように言われてしまう。

 先程魔法のことを考えたことで他のことがおろそかになってしまったことを思い出し、アルは文句を続けられなかった。

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