第375話 探索前の準備
昼ご飯は黒魔牛のブラウンシチューとパンとサラダ。
ガツガツと食べるブランを横目に、アルは景色を眺めつつスプーンを口に運ぶ。
「それにしても、海が見えるって不思議な気分。アカツキさんのダンジョン以来かな」
『下に降りてみるか?』
よほど海に惹かれているように見えたのか、ブランが提案してくれる。だが、アルは首を横に振った。
「海に行ったところですることないし」
『魚! 貝! エビ! カニ!』
ブランの目がキラキラと輝く。
そんなに海産物を食べたいのか。アルは呆れながら、アイテムバッグの中身を考えた。
「……魚とかはダンジョンとか異次元回廊で獲ったものが、アイテムバッグの中に残っているけど、確かに補充しても良さそう? でも、今の状況ですることじゃ――」
アルが「――ない」と言いきる前に、ブランが飛びついてきた。
その勢いで地面にシチューをぶちまけかけてしまい、アルは慌てる。
『獲ってこよう! 今夜は魚介類三昧だ!』
「……ブラン、先に謝ってよね」
ジロリと見下ろすと、きょとんと丸い目で見つめ返された。アルが怒っている理由を理解していない様子だ。
「悪いな、アル。こやつはいつまで経っても落ち着きというものを習得しないようだ。特に、食べ物に関してはな……」
クインが謝りながら、ブランの首根っこを掴んで引き戻す。
アルはその諦めの籠もった声を否定する言葉がなく、苦笑しながら目を逸らした。
『離せー! 我は間違ったことは言っていないぞ。アルはアイテムバッグなしに持ち運べる便利な携帯食料を用意せねばならんのだろう? その間暇になる我らが夕食の食材を集めてくるのは、良い働きだと思わないのか!?』
バタバタと暴れながらブランが主張する。
その姿をアルとクインはマジマジと見つめた。
「……意外と働く気でちゃんと考えていた、と?」
「それはともかく、アルの食事の邪魔をしたのは謝るべきだと思うがな?」
「まぁ、それは、もう慣れていると言いますか……」
筋を通せと言うクインに、アルは苦笑しながら肩をすくめた。
ブランがバツが悪そうな顔をしているので、クインの説教はきちんと届いているのだろう。分かってくれたならもうそれでいいのだ。
「うーん、夕食に魚介類ね……。結局、僕の作業量が増える気がするけど」
「だろうな。わざわざここで魚介類を食さずとも良かろうよ」
『……魚……貝……エビ……カニ……』
クインが味方になってくれるとありがたいなと思いながら、アルはブランを見つめる。
普段なら、ブランに負けて要求を受け入れるところなのだ。しょんぼりと肩を落としている姿が可哀想になってしまうから。
「まぁ、ブランがこれからの準備の役に立たないのは事実だしね。海に行ってきてもいいよ。ただし、夕食は作り置きのものにするから。ここで穫れた魚介類を食べるのは、霧の森攻略の後のお楽しみにしよう」
『……分かった! たくさん獲ってくるから、楽しみにしているんだぞ』
ブランの目がキラリと輝いた。納得してもらえたようでなによりだ。
クインに『アルはブランに甘いなぁ』と言いたげな生温かい目を向けられたが、気づかなかったふりをする。
「じゃあ、霧の森の探索は明日の朝に再開するってことでいい?」
『いいだろう。――あ、霧の森内でも我の言葉がアルに届くようにできないか?』
「そういえば、その問題もあったね……」
ブランと顔を見合わせる。
思念を届けるのにブランは魔力を使っているから、霧の森内ではその手段が封じられてしまうのだ。同族であるクインとは、鳴き声である程度意思疎通できるようだが、アルは理解できない。
「――でも、鑑定に使った変質魔石を使うにしても、魔道具をどう作るかが分からないんだよね……。通信用魔道具みたいに、文字を打ってもらうわけにもいかないし」
「それなら、吾が通訳した方が早いな」
『……そうか。無理ならば仕方ない』
ブランが悄気げた雰囲気を隠して強がる。言葉を交わせないという状況を、ブランは思いの外寂しがっていたようだ。
そんな姿を可愛いなと思うものの、さすがのアルも魔物の言葉を翻訳する魔道具をすぐに開発できる自信はない。
クインをチラリと見ると、軽く肩をすくめて返された。目が『甘やかす必要はない』と言っている。
クインはあまりブランを甘やかさない。親だからなのか、それとも魔物同士だからなのか。
「考えてはみるよ。――そうだ。霧の森内での合図を決めておく?」
『合図? どういうものだ?』
「うーん……『ご飯を食べよう』って言う時は、右手を挙げて鳴く、とか?」
『ほう……それは良い考えだな!』
ブランの尻尾が揺れた。少し気分が上向いたようだ。いろいろと考え始めるブランを微笑みながら眺め、アルは食事を終える。
長期保存できて、持ち運びしやすい食料を、そろそろ考えて作らなければならない。
「ブランは海に行っている間にでも、その合図を考えていてよ」
『いいだろう。夕食の時に教えてやるから、ちゃんと覚えるんだぞ』
「うん、分かってる。ほら、食べ終えたお皿回収するよ」
アルが昼食の片づけを始めると、ブランは早速と言わんばかりに、海の方へと駆けて行った。
そのあまりの速さに、アルは目を瞬かせながら見送ってしまう。
「――そんなに、魚介類食べたかったのか。それなら、夕食は作り置きの魚介類料理にしてあげようかな」
「アルはブランに甘いな。……だが、喜ぶだろうよ」
最後の一口を食べ終えたクインが、アルを見て微笑む。
そんな表情をするクインの方こそ、実はブランに甘いのではないかとアルは思った。
「クインもブランに付き合って魚介類を獲ってくるんですか?」
ブランがさりげなくクインを頭数に入れていたことを思い出し、アルは問いかけた。
だが、クインはゆっくりと首を横に振る。
「いや。ここが安全とは限らぬ。ならばこそ、吾はここでアルの身を守ることに努めよう。――それが、本来の倅の役割なのだろうがな……」
ため息混じりに呟かれた言葉。
アルは一瞬きょとんとしてしまったが、理解して少し嬉しくなった。クインの思いやりが伝わってくる。
「……結界を張っていますから、危険はほとんどないですよ?」
「絶対ではあるまい」
「そうですけど……。いえ、クインがそう言ってくれるのなら、お願いします」
クインがニコリと笑って頷く。
アルも微笑み返して作業を始めた。昼食の片づけをしたら、携帯食料作りだ。
普段、アルたちの旅で携帯食料を食べることはない。どんな状況でも、アイテムバッグがありさえすれば、作りおきの料理が食べられたからだ。
「普通の携帯食料だと、絶対ブランが文句を言う……」
キャンキャンと鳴き喚くブランが容易に想像できて、アルは苦笑してしまった。
「携帯食料と言うと、冒険者どもが食うておるやつだろう? 木の実を固めたような」
「そうですね。小麦を練って焼いたものもありますけど。基本的に水分をほとんど含んでいないので、硬いし食べにくいんですよね」
「そうか。飲み水は霧の森内でも手に入るから気にせずともよいぞ」
「あ、そうなんですね。それは良かったです」
クインのありがたい情報に少し安堵する。
食べ物はなんとかなるが、水を持ち運ぶのは大変だと悩んでいたのだ。
「荷物の持ち運びについても、吾かブランが持てば良い。森で活動しやすいのは、ブランの中型サイズだな」
「ああ、それは良い案です。……ブランが『我は荷馬ではないっ!』って怒りそうですけど」
クインと顔を見合わせて苦笑する。
だが、ブランは文句を言いつつも、アルのお願いを断ることはほとんどない。それならば聞き流せばいいだろうとアルは肩をすくめた。
「――さて。それじゃあ、美味しい携帯食料作り、がんばりますか」
気合いを入れ直し、食材に向き合ったアルは作業を開始した。
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