第370話 喜びの宴

『……これ、結果が出るまで、どれくらいの実験が必要なのだ?』

「限度はありません。結果が出るまで挑戦し続けるのみ」


 疲労を隠し、アルは端的に言い切る。ブランはもはや、アルの言葉に文句を言う気力もないようだ。


 既に何度も魔力変質実験を繰り返している。

 最初にできたのはガーネット。その次は岩石。他にもエメラルドや砂岩など。このあたりは、あまり魔石と形が変わらなかったが、まったく違うものが出来上がることもあった。


 魔石が消えたと思って焦ったら実は風に変わっていたり、魔石があったところからとんでもなく強い光が溢れて魔石がなくなっていたり、そもそも魔石が消滅してしまうパターンが多い。

 もちろん、最初に危惧したように、火を噴き上げて爆発することもあった。結界によってなんとかなったが、結構心臓に悪い。


 実験の度に緊張と警戒が強いられているから、日が暮れる頃にはアルたちは疲労困憊状態である。


「――予想はしていたけど、途方もなくて、心が折れそう……」


 魔道具開発も魔法研究も嬉々として挑戦するアルだが、あまりに成果が見えない現状に思わず弱音を吐く。

 新たな魔石と雪の結晶のような模様を写したプレートを眺めながら、つい手を止めてしまっていると、クインが振り返った。


「そういえば、雪の結晶は多様な模様があったはずだぞ」

「え、そうなんですか? 例えば、どのようなものですか?」


 光明を見出したような気分で、アルは身を乗り出してクインを見つめる。

 使用可能な魔力の粒子構造が雪の結晶に似ているならば、違う種類の雪の結晶の模様でも似たような性質を持つかもしれないと期待したのだ。


「う〜む……あまり、正確には覚えていないが……」


 呟いたクインが拾った枝で地面を削る。

 描かれていくのは、魔力の粒子構造と似た雰囲気の模様たちだ。似ているのは雰囲気だけで、実際は点の数が多かったり、複雑な模様があったりと多種多様である。


「……凄い、こんなに種類があるんですね」

『ほーう。我はこんなもの気にしたことがなかったな。あんな小さい雪粒を、よく観察したものだ』


 アルとは違う角度でブランが感心を示す。

 言われてみれば確かに雪の粒を観察するなんて、そうそうしないことだとアルも頷いた。これほどの種類を知っているということは、クインは相当雪が好きなのだろうか。


「綺麗だろう?」

『食えんだろう』

「……お前はもっと、食べ物以外にも関心を持ったほうが良いのではないか?」


 クインが呆れた顔でブランの頭を叩く。アルは苦笑して肩をすくめた。

 ブランの食い意地は今さら考えたところで仕方がない。興味が向くのは大体美味しいものなのだ。


「では、一つずつ試してみますね」


 アルはブランについて何も言わず、実験を再開した。疲労はあったが、僅かな希望がアルを突き動かしている。

 複雑な雪の結晶構造をプレート上に再現すると、一度呼吸を整える間をおいてから、反映ボタンを押した。


 魔石が揺らぐような気配がある。これは爆発の前兆にあった状態だったので、アルたちは警戒を強めた。

 だが、それは火を噴くことも、眩い光を放つこともなく、グラグラと気配を揺らがせた後、少しずつ静まっていく。


「……魔石のまま?」

「うーむ、吾にはそのように見えるが……」

『だが、なんだか違う気もしないか?』


 鑑定眼を発動すると、示されたのは【魔力(?)が凝縮した石。魔石のように魔道具に使うことはできない】という言葉だ。


「……これ、どういう基準で鑑定できているんだろう。誰かが魔道具に使って試したことがあるってこと?」

『鑑定眼の謎なんて、今さらではないか。誰もが知らないような情報をこれまでにも寄越してきただろう』


 アルの鑑定結果を聞いたブランが、少し嬉しそうな口調で言う。ようやく実験が少しの成果を見せたことに安堵して、アルの疑問なんてどうでもよくなったのだろう。


「便利だから、今のところは良いのではないか? それより、これは使用できないようだから、新たな構造を試してみよう」


 クインまで、ワクワクとした雰囲気で実験の再開を促してくる。細かいことは気にするなと言わんばかりの声音だ。

 アルは苦笑してしまったが、嬉しくなっているのはアルも同様なので、肩をすくめてプレートに向き直る。


 クインが教えてくれた雪の結晶の模様は二十種類ほど。一個くらいは魔道具に使える性質のものがあればいいのだが――。



 ◇◇◇



 星空の下。

 火にかけられてじゅうじゅうと音を立てる大量のステーキ肉を前にして、アルはグラスを掲げた。


「今日の頑張りに、乾杯!」

「乾杯」

『働いた後の肉はうまーい!』


 アルに合わせてグラスを掲げてくれたのはクインだけだった。ブランは取り分けられたステーキに早速食らいつき、至福の表情を浮かべている。

 クインと視線を合わせて苦笑したアルは、肩をすくめてブランの態度を受け流す。いつものことだ。


 口に含んだアプルジュースは、炭酸のシュワシュワ感により爽やかな甘みを感じさせた。クインは目をパチパチと瞬かせて、炭酸が弾ける感触を楽しんでいる。


「それにしても、三つも使えそうな変質魔力が見つかって良かったですね」

「そうだな。まさか一日でそこまで辿り着くとは」

「クインのおかげですよ。ありがとうございます」


 感慨深そうに頷くクインに、アルは微笑みかける。

 言葉通り、実験が成功したのは、クインのおかげだった。まさか雪の結晶の別の種類の構造で違う性質の魔力が誕生するとは、アルは考えもしなかったのだから。


 アイテムバッグから取り出した三つの魔石を手のひらの上で転がす。

 赤色っぽい魔石、黄色っぽい魔石、緑色っぽい魔石の三種類だ。どれも、鑑定してみると【変質した魔力が凝縮した結晶。魔道具の動力源に使用可能】と表示されている。

 魔力粒子構造は呪い用のものとは異なっていて、これがアルが使える変質魔力であることは確かだった。


「――あとは、これが霧の森の中で使えるかどうかだけが問題ですね」

「そうだな。試してみなければ分からん」

『明日、行ってみるのか?』


 頬張っていた肉をゴクリと呑み込んだブランが尋ねてくるので、アルは頷く。

 既に、鑑定用の魔道具がこの三種の魔石で動くことは確かめていた。明日の朝には、早速霧の森に赴いて実験をしてみるつもりだ。


「霧の森の浅いところで、実験をしてみて、結界の調査をしないとね。上手く結果が得られたら、その解析自体はどこでもできるから、霧の森の探索もしたいかな」

『ほーん……。では、我も動きを確かめておかねばならんな』

「吾が付き合ってやろう」


 ブランが珍しく真剣な雰囲気で呟くと、クインが揶揄するように言葉を返した。だが、どこか嬉々とした雰囲気も漂っているので、ブランに何か教えることがあるというのを楽しんでいるのだろう。


 ブランは少しムッとした表情になっていたが、クインの顔を見て仕方なさそうに尻尾を揺らして受け入れた。クインの期待を拒むのは気が引けたらしい。

 アルは親子の雰囲気を微笑ましく眺めながら、頭の中で予定を整理する。


「転移塔にも、一回挑戦してみるか……」

『ん? そちらにも手を出しておくのか?』

「うん、放置したままなのは気になるし」


 頷いたアルに、ブランが『そうか』と返事をして、新たな肉にかぶりつく。さほど危険はなさそうだし、挑戦してみるのに時間はかからなそうだから、止めるつもりはないようだ。

 クインも反対してこなかったので、明日の予定は決定である。


 実験はどうなることかと思っていたが、予想以上に順調に進んで、アルはご満悦な気分でステーキにかぶりついた。

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