第369話 思いがけない成果
魔力粒子構造を変化させる実験対象に選んだのは小さな魔石だ。
それに、魔道具を作用させて魔力粒子構造を示すと、雪の結晶が幾重にも結合したような模様が現れる。
「なるほどねぇ。魔石は純粋に魔力が塊になったようなものなのか。だから、魔力を使い切ると、塵となって消えていくってことかな」
『これが魔物の身体にあるというのは、少し不思議な気がするな』
「魔物自体、神によって創り出された魔道具のようなものなのかもしれんぞ」
魔石と模様を見比べながら呟かれたブランの感想に、クインが皮肉げに言葉を返す。
自分たちも魔物なのだから、受け入れるのは不本意な評価だろう。だが、ブランも顔を顰めただけで、否定はしなかった。
「魔道具との違いは、思考力と感情を持っている、ということでしょうか」
「そうだな。だが、我らのような魔物と、魔の森の魔物を同一視することは、魔物への理解を妨げることになろうな」
『魔の森にいる魔物が、思考力というほどの力を持っているとは思えんからな。あやつらはそれこそ、人間に敵対する魔道具と言われても納得できるくらい意志薄弱だ』
アルは二人の意見に頷いた。魔の森で暮らす魔物とそれ以外の森で暮らす魔物は、生き方に大きく違いがあると感じていたのだ。
「その違いはやはり、魔力から生まれているかどうか、なんだろうね」
『そうだな。魔力が魔物を生み出すとは、改めて考えても不思議なものだ』
会話を交わしながら、とある魔道具から放つ光の焦点を魔石に合わせた。
この魔道具は、ヒロフミからもらった呪い理論を元に作っておいたものだ。魔力の粒子構造に変化を与える魔法陣を組み込んである。名前は魔力変質装置。
そして、魔力粒子構造を表示しているプレートを魔力変質装置にセットすると、準備は完了だ。
「……これからお絵描きの時間だよ」
『お絵描き? どういう意味だ』
自分でも唐突だと分かる提案なので、ブランがきょとんとするのも当然だ。魔道具についての質問はしていないのだし。
「このプレートに映っている点を移動させると、魔力粒子が移動するよ。それで、存在が安定する構造を見つけ出すんだ」
魔力粒子構造の模様は、魔力粒子である点と結合を示す線で表されている。
新たに作った魔道具により、プレート上の点が任意で移動できるようになっていて、新たな模様を作った後に反映するようボタンを押すと、実際に魔石の魔力が変質するという仕組みだ。
『……なんだか、嫌な予感がするな?』
説明を聞き終えたブランは、少し及び腰になっていた。
その予感は正しいと、アルは内心で頷く。言葉にはしないが。言ったら最後、ここからブランが逃げ出してしまいそうなので。
だが、そんなアルの配慮を無にする者が一人、この場にはいた。
「魔力粒子構造を任意で弄ったとして、それが存在として安定しなかった場合、どうなるのだ?」
まったく悪意なく、アルが説明を避けた部分をクインが追究する。ブランがハッと息を呑んで、身を翻して逃げ出そうとした。
その気配を見逃さず、アルがブランの胴体を掴んで捕まえる。この反射神経は驚嘆に値すると、自画自賛してしまった。
『離せー! 絶対に、危ないやつではないか! きっと、ボンッと爆発するに決まっている!』
「まぁまぁ、やってみなければ、分からないって」
「ほう、そうなのか」
暴れるブランを押さえるのがしんどい。
ブランがいなくても実験はできるから、本当は逃がしたところで問題はないのだ。ただアルの心情として、もし爆発などがあった場合に自分だけ被害を受けるのが納得できないだけで。
「――倅を押さえるのを代わってやろう」
「あ、いいんですか?」
『なっ!? 共に逃げればいいではないか、裏切り者ー!』
「……うむ。アルのことだから、安全対策は考えているのだろうが、万が一の場合は、吾が身を持って盾になろう」
ブランの言葉を聞き流したクインが、思いがけないことを言う。アルもブランも動きを止めてしまった。
クインはアルからブランを受け取り、魔石とアルの間にゆったりと控える。言葉通り、いつでも盾になれるよう備えているのだ。
『……これでは、我も被害を受けるではないか』
「予兆があれば、吾の後ろに回れ。二重の守りがあれば、アルに被害がいく可能性が低くなろう」
クインの腕の中で、ブランが視線を上げる。クインとアルを見比べた後、ため息をついて肩に駆け上がった。
『ならば、我はここにいる。察知しやすいし移動も早い』
「うむ。良き心構えだ」
アルが何も言わない内に、クインとブランが意思を固めてしまった。目を瞬かせた後に、アルは頬をかいて苦笑する。
「気持ちはありがたいですが、一応魔力結界と物理結界を二段構えで張っておきますから、そうそう被害はないかと思いますよ?」
「だが、万が一ということもあろう? 未知の技術は、時に意図せぬ効果をもたらす」
クインが言うことは尤もで、アルは口を噤んだ。危険はないと納得させられるだけの言葉を持っていなかったのだ。
二人が心を決めているならば、もう何を言っても仕方ないだろう。被害が出ないようにすれば問題ないはずだ。
「……じゃあ、結界を張っておきますね」
魔石を魔力・物理結界で囲む。
魔力粒子構造表示用魔道具と魔力変質魔道具、二つの魔道具から放たれる光は、結界で遮られることがないよう設定してある。また、結界の動力源を結界外に置いているので、魔石が爆発したところで結界魔道具自体が壊れる可能性は低い。
その上で、自分たちの周囲にも二種の結界を張る。
ここまでやって被害が出たら、実験をしようとした自分が愚かだったのだと嘆くしかないだろう。
「――お絵かきします」
『その言い方、どうにかならんのか? 気が抜ける』
実験の開始の合図は、どうやらブランのお気に召さなかったようだ。
じろりと見つめられて、アルは苦笑を返す。「じゃあ、実験開始します?」と言い替えてみても、ブランはため息をつくだけだった。
「うーん……当てずっぽうで構造を描くのは難しいなぁ」
プレートの上でちょいちょいと点を動かすと、自動的に線も動く。反映させなければいくら動かしても問題ないが、基準が分からないから、実際に反映させて確かめるしかない。
『先ほどの魔力粒子構造は、結構綺麗な形だったな。粒子同士が等間隔にある感じで――』
「確かにそうだね。ということは、こういうグチャッとした模様より、規則性のある模様の方がいいのかな」
点を増やした上で、等間隔に線で結ぶ。中央付近が寂しく見えたので、そこにも同じ形を小さめに書き足して結んだ。二重の八角形の頂点同士が線で結ばれているような模様だ。
『お、いいのではないか』
「そうかな?」
「雪の結晶ではなくなったが」
ブランの好評価とは反対に、横目で見下ろしたクインは少し不満げだ。よほど雪の結晶のような模様を気に入っていたらしい。
「まぁ、仕方ないですよ。とりあえず、反映させてみますから、一応備えていてくださいね?」
「分かった」
『仕方あるまい』
クインとブランが魔石の方に向き直るのを見届けて、アルは反映のボタンを押す。
心臓がドキドキと痛いくらいに鼓動を打っていた。クインたちが警戒しているから、アルも不安になってしまったのだ。
――ピシッ……。
魔石の方から小さな音が聞こえた。
魔力変質魔法を受けた魔石内の魔力が、徐々に変わっていっているのだ。その変化は魔石全体に及んでいく。
『お……?』
「あ……」
アルたちが固唾を呑んで見守っていると、魔石が赤い光を放ち始める。明滅する光に、クインとブランが警戒を強めたのに続いて、アルも退避体勢を取った。
「――あれ?」
だが、予想に反し、魔石の光は弱くなり、あっという間に消えた。残ったのは、赤い宝石のようなものだけである。
『ん? 爆発はしなかったということか?』
「しなかったねー。良かったー」
クインとブランが力を抜く。それ以上にアルはホッと力を抜きながら、鑑定眼を発動させた。
魔石内の魔力が変質した結果できたものは――。
「――宝石、できちゃったんだけど……」
示されたのは【人工ガーネット。魔力粒子構造を変質して作られた。魔道具の動力源に使用不可】という、なんとも言えない結果。
これだけの大きさのガーネットは高値で売れるだろうが、アルはそんなものを作りたかったわけではないのだ。
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