第368話 複雑な魔力粒子構造
ヒロフミがもたらしてくれた理論を読み解き、魔法陣を作成すること二時間ほど。ようやく納得がいく形にできた魔法陣を使って、魔道具を組み立てる。
魔法陣を刻むのに使うのは、いつも通りの魔軽銀のプレート。それを魔軽銀の箱に収める。これは魔力の粒子検出用の魔道具だ。
そして、それに対応する魔法陣を、別の魔軽銀のプレートに刻む。これにより、検出した魔力の粒子構造が、このプレートに投影されることになる。
「――よし、これでいいかな」
実験はまだだが、一段落ついたところで作業を終えると、既に日が高いところに昇っていた。
「……静かだな、って思っていたら、ブラン、寝てる」
椅子の上では、ブランが寝息を立てて眠っていた。
常なら食べ物をねだってきてもおかしくない時間になっているので、寝ているのはありがたいくらいだ。それなのに、なんとなく納得できない気もする。忙しいアルと比べて、ブランが怠惰に見えるからだろうか。
「そろそろ、昼ご飯の準備を――」
ため息混じりに呟いて立ち上がったところで、ブランの耳がピクッと動く。おそらく、寝ていても食べ物の気配に反応したのだろう。相変わらず食い意地が張っている。
この様子だとそろそろ起きるだろうと判断したアルは、ブランを放っておいて昼食の準備を始めた。
「うーん……ブランの要求の甘味は、フルーツのシロップ漬けでいいかな。昼食はどうしよう……」
コメを炊いている間にメニューを考える。とにかくコメが食べたい気分だったので、それに合うメニューにするつもりだ。
不意に、頭上に陰ができる。
「ん? ……あ、クイン」
空から白い巨体が降りてきた。ふわりと砂埃さえ上げずに地面に足をつけると、一瞬後には人型に変わる。
「ただいま戻った」
「おかえりなさい。随分ゆっくりと見てこられたようですね?」
「ああ。転移塔を探すのに難儀してな。見えなくても、あの辺を歩いていればぶつかるだろうと思っていたのだが、一向にそれらしきものがなかったのだ。面倒になって火を吹いて空気中の魔力を消費させるのを繰り返したら、ようやく見つけられたが」
何気なく恐ろしいことを言っているように思えたのは、アルの気のせいだろうか。街は石造りの建物で、傍にある森も魔法の影響を受けないとはいえ、延焼の可能性はゼロではない。火を吹いて回るのはなかなか危険な絵面だと思う。
「……見つかって、良かったです。それより、ぶつからなかったというのは、どういうことなんでしょう?」
今さら言っても仕方ないことは聞き流し、アルは気になった点を尋ねる。ブランがもそもそと起きて、あくびをしながら話に耳を傾けた。
「どうやら、囲んでいる結界は、中が見えている状態でなければ、無意識に近づくのを避けてしまう効果があるようだ。そのせいで、ぶつからなかったのだろう」
「あぁ、迷いの結界と同じ効果ですね」
アルは納得して頷く。そのような効果があることは、アルも推測していた。それがクインの報告で明らかになったということだ。
「そうだろうな。……それで、アルの成果はどうなのだ? 昼飯を作っている様子を見るに、それなりに上手くいっているようだが」
「ヒロフミさんのおかげで、なんとか。実験は午後からしますから、クインも見ておきますか?」
「うむ。気になるから、そうしよう」
傍で密かに『げぇ……』と舌を出しているブランの頭を軽く叩く。午前中の実験は途中でやめたのだから、その分、午後に付き合ってもらわなくては。報酬となる甘味は用意することだし。
「さて、昼ご飯は――」
『肉! 我は、がっつりと肉を食いたいぞ。久しぶりにショウユタレの串焼きがいい。ほれ、ノース国で食ったヤツだ』
「あの屋台の?」
「肉とショウユの相性は素晴らしいから、美味いに決まっているだろうな」
クインも嬉しそうに推してくるので、メニューが決まった。串焼きならさほど手間はかからないからアルも文句はない。大量の肉に串を刺すのは面倒くさいので、一部は鉄板で炒めてタレを絡める形になるが。
焚き火の上で串焼きと焼き肉をして、デザートにフルーツのシロップ漬けを食べ、満腹になった後に早速実験を始める。
まずは、物理結界で実際に魔力粒子の構造変化を確認することにした。これが一番分かりやすいと思ったので。
「ということで、ブラン、またよろしく」
『……仕方あるまい』
午前中同様、物理結界の中にブランを閉じ込める。
物理結界の中からシャクシャクと音がするのは、アルが渡した大きなアプルの実をブランが食べているからだ。ご機嫌取りの一環である。
「ここで魔道具を発動させて――」
新たに作った魔道具のスイッチを入れると、一筋の光が宙に放たれる。その光がちょうどブランがいるところの物理結界に当たるよう位置を調整して、次のスイッチを入れた。
すると、アルの手元にあるプレートに、不思議な模様が現れる。
「ほう? まるで雪の結晶のようだな」
「雪の結晶?」
「そうだ。アルは見たことがないか? 雪の粒はよく見ると、こんな風に複雑な構造をしているのだ」
「へぇ、今度、見てみます」
クイン曰く、雪の結晶のような構造が、物理結界に含まれる魔力の粒子構造であるはずだ。それを紙に記録してから、アルはブランに指示を出す。
「――ブラン、物理結界に負担を掛けてみて」
『うむ。……こんな感じでいいか?』
物理結界が大量の魔力を消費していく。魔力が瞬時に物理性質を持つよう、変質しているのだ。
プレートに示されたのは、先ほどとはまったく異なる、緻密度が増した構造だった。ほぼ粒子同士がくっついている状態で、大量に並んでいる。その粒子は消えては補充されることを繰り返しているが、基本的な構造に変化はない。
構造を紙に書き写して、記録する。
「……面白いなぁ。これが、物理結界の物理性質を帯びた魔力の構造なのか」
「普通の物質を見てみたら、魔力の構造は読み取れるのか?」
「どうでしょう? やってみますね」
クインの疑問は興味深く、アルはブランを囲む物理結界を解いてから、魔道具を近くの木に向けた。
示されたのは、多種多様な粒子構造が入り乱れた図だ。これは一つ一つを判別するのも難しい。
葉っぱや石ころなど、検出する対象を変えても、構造に大きな変化はないようだ。この入り乱れた状態が、物質内の魔力粒子構造として共通しているのだろう。
「――うーん。物質は一つの魔力粒子構造で出来上がっているわけではないようですね」
「そのようだな。では、吾のような生き物はどうだ?」
「え……いいんですか?」
「うむ、構わぬぞ」
『気にせず見れば良いだろう。害があるわけではあるまい』
ブランにまで勧められたアルは、魔道具をクインに向ける。生き物の在り方を暴くようであまり気が進まなかったが、参考として有意義であるのは間違いないのだ。
「あ……木などの物質とは、違うようです。物理結界の作動時の魔力に近い……?」
「ほう……確かに、単純に粒子が凝縮したような構造だな」
『我らの本来の姿では、また違うのではないか? 我らは言わば、変化の度に魔力粒子構造を変えることで、姿を変えているのかもしれぬぞ』
ブランが珍しく興味津々な様子で結果を覗き込む。変化という能力が、客観的に解き明かされるのを期待しているのだ。
アルはクインに視線を向ける。すると、「お安い御用だ」と頷いたクインが、少し離れて本来の姿へと変化した。
『さぁ、調べてみよ』
クインも心なしかワクワクとした雰囲気である。
アルは微笑ましくなりながら、魔道具を向けた。すぐに示されたのは、先ほどとはまったく異なる魔力粒子構造だ。
「ちょっと、木や葉っぱとかに近くなった……?」
紙に記録しながら見比べる。隣から覗き込んできたブランが、一点を鼻先で指した。
『だが、ここの構造は明確に違う。雪の結晶みたいだぞ。これは物理結界の魔力粒子構造に近い』
「そうだね。……もしかして、これは、魔法に使う魔力の粒子構造なんじゃない? クインたち魔物は、物質を構成する魔力とは別に、魔法を使うための魔力を持っているはずだよね」
『なるほど。そう考えると、分かりやすいな。先ほどの状態では、粒子構造が緻密すぎて、細かい部分が判別ができていなかっただけか』
なんとなく、粒子の構造の規則が分かってきた。
使用されていない魔力は雪の結晶のような魔力粒子構造。魔力が物質的性質を帯びると、それが凝縮したような魔力粒子構造になる。そして、何も手を加えていない物質は、さまざまな形で粒子が結びついた複雑な魔力粒子構造を持っている。
この実験により、魔力は粒子の構造をさまざまに変化させることで、同じ粒子であっても違う性質を持つことになるのが明らかになった。
「――あとは、この粒子構造の変化を、人為的に調整できるよう魔法を作り出せばいいってことだね」
『我らの変化の能力を、人が行うようなものだな』
肩をすくめて『難しそうだ』と呟くブランに、アルは苦笑しながら「でも、やるよ」と返す。この技術を開発できればすごいことができそうだと、ワクワクしてきた。
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