第367話 光明となる助言

 ブランの周囲を魔力が渦巻く。

 おすわりした状態で、きょとんとしていたブランは、次第に目を半眼にしていく。


『……どういうつもりだ?』

「言ったでしょ、動いてって。今、ブランの周りに物理結界を張ったから、ちょっと攻撃してみてよ。あ、破るほどじゃなく、だよ? 魔力の変化を観察したいから」


 アルが説明すると、ブランはなんとも言えない表情で尻尾を揺らす。理解はできても、納得はできない、という思いがまざまざと伝わってくるようだ。


『……それは、どれほど時間をかけるつもりだ?』

「んー、粒子の観察ができるまで、と言いたいところだけど、さすがにブランの我慢ができなそうだから、とりあえずお昼前まで?」

『……昼飯に甘味を加えろ』


 ため息と共に妥協してくれたブランに、アルは笑顔で頷く。それくらいの条件は、一時的に自由を拘束する代償としては安いものだ。


 ブランが手を伸ばし、物理結界に触れる。ちょんちょんとつつくと、水面にできる波紋のように、魔力が揺らぐように見えた。

 これは魔力眼を使っているからそう見えているだけで、普通の人間なら宙で不自然に動きが止まっているようにしか見えないだろう。


『これくらいでいいのか?』

「う〜ん……弱すぎるかな? 物理結界との接触面が小さすぎて、よく分からない気がする」

『む。体を押し付ければいいのか?』


 首を傾げたブランが、物理結界に寄りかかるように体をぶつける。

 アルは一瞬で魔力が大量に消費されたのを感じた。


「あ……」

『分かったのか?』

「いや、籠めた魔力が少なすぎた――」


 アルが言い終わるかどうかのタイミングで、物理結界がフッと消える。霧散した魔力を目で追うも、普通の魔法で消費された魔力同様、空気中の魔力に同化するように把握できなくなった。


『のわっ!?』

「大丈夫?」

『――消えるなら、もっと早く注意しろ! この、馬鹿者が!』


 地面にドサッと倒れた体勢でブランが喚く。恨めしげな視線が刺さるようで、アルはツイッと視線を逸らした。

 アルだって、警告はするつもりだったのだ。まったく間に合わなかっただけで。


「というか、ブランだって、ちゃんと魔力を追っていれば、そんな間抜けなことにはならなかったんじゃ――」

『我が怠惰だったとで言うつもりか!?』


 体を起こしたブランが、キャンキャンと吠えるような勢いで文句を言う。それに対して、アルは「うん、そう」と返したくなるのをグッと堪えた。

 さすがに、そう言ってしまったら、甘味程度で機嫌を取れなくなるくらい、ブランが拗ねてしまうと分かりきっている。


「いや……。それより、もっとちゃんとした物理結界を張るために、魔道具を使うから待っていて」

『は? まだ続けるのか』

「もちろん、まだ始まったばかりだよ?」

『……我の、のんびり微睡みタイムはどこへ行ったのだ……』


 ブランが哀愁漂う感じで背を丸めて呟いているが、そもそものんびり微睡みタイムなんてものを、アルは認めたことがない。働け。


 文句を聞き流しながら、サクサクと実験用の物理結界魔道具を作り上げる。魔法陣自体は完成形があるから、その効果範囲や威力調整をするだけだ。

 動力源に使うのは魔石。しかも、アルが持っているものの中では最も大きいサイズなので、物理結界に使っても、早々に消滅することはないだろう。


「よし。ブランはそのままそこにいてね。これ、僕だけ効果範囲外に設定してあるから――」


 説明しながらブランの横に魔道具を置き、スイッチを入れる。ブワッと広がった魔力の塊を突っ切って離れ、外から物理結界に視線を向けた。


『随分と、大きな出力で作ったな?』


 先ほどの反省か、自分でもしっかりと物理結界を観察したブランが、半ば呆れたような表情で呟く。褒められていないのは伝わってきたが、アルは聞き流した。


「ブランが全力で攻撃しない限りは、暫く保つはずだよ。ほら、さっきみたいにしてみて」

『これ、アルの目から我はちゃんと見えているのか?』

「ううん。なんか、魔力でぼやけた感じ? でも、まぁ、支障はないし」


 魔力眼は魔力を見ることに特化した能力だ。魔力が濃い場所では、霧がかかったように視界が障害される。魔力の塊とも言える物理結界に囲まれたブランの姿は、くもりガラスの向こうにいるようにぼやけて見えた。


『ふん……。それ、行くぞ』


 文句を言っていても仕方がないと諦めたのか、ブランの声と共に物理結界に負担がかかったのが分かった。

 凄い勢いで魔力が消費されていく。その流れを必死に目で追うが、ぎゅっと凝縮した魔力が次の瞬間には霧散していくようにしか感じられなかった。


「……思っていた以上に、難しいかな?」

『だろうな。結構無謀なことをしていると思うぞ。だいたい、時の魔力を把握することすら、どれだけ時間をかけたと思っている。さらに細かいものを見ようなんぞ、遠くの砂粒を見つけるようなものだぞ』


 くわり、とあくび混じりで言われて、アルは少しムッとした。だが、ブランが言うことが間違っていないことは分かっている。

 一応、時の魔力を把握するように、焦点をずらして広範囲を把握できるようにしてみるが、ぶわりと魔力に色がまとわりついたように感じられただけだった。


「魔力の粒子って、なんだろう……」

『諦めるのか?』

「そんなつもりはないけど、ちょっと方針を変えた方がいいかもしれな――」


 魔力を見つめ続けて疲れた目を癒すため、少し目を瞑ろうとしたところで、連絡用の魔道具に反応があることに気づく。どうやら魔力眼でこの魔道具を見ると、連絡の送受の際にピカッと光を放ったように見えるらしい。


「もしかして、もう、ヒロフミさんから返事が……?」


 あまりにも早すぎる返事に、アルは目を瞬かせながら魔道具を手に取る。ブランには一旦実験を休憩してもらった。ずっと魔力を消費させるのはもったいない。


『なんだ? っ!』


 アルに歩み寄って来ようとしたのか、ブランが物理結界にぶつかって、うめき声を上げる。アルは思わず半眼になってブランがいる方を見つめた。


「無駄に魔力を消費しないでよ」

『その前に、我の心配をするべきだろう! 思いっきり鼻がぶつかった。ぐぅああー、痛いー!』


 痛みを声で発散するように、ブランがキャンキャンと鳴く。なかなかうるさい。ブランがお馬鹿なだけで、アルが責められるいわれはないと思う。その程度の怪我でブランがどうこうなるとは思わないし、そもそもブランは自分を治癒できる魔法を使える。


「えっと……あ、ほんとに返事だ。あそこの時差ってどういう基準でできてるんだろう」


 ブランの様子は無視して、アルは届いた返事に目を通す。


 ヒロフミ曰く、アルが呪い用の魔力を使うのは無理だと思う、とのことだ。少しがっかりするが、それはほとんど始めから分かっていたことなので、仕方ない。


 でも、返事はそれだけではなかった。ヒロフミもアルと同様に、魔力の変質に目を向けたらしい。

 そもそも、魔族用に魔力を変質させる実験の過程で、本来の魔力とは性質が異なる変異魔力がいくつか発見できていたようだ。ヒロフミは使用することができなかったが、アルならば使えるかもしれない、と書かれていた。


 追記に、何かの魔法の理論のようなものが書かれている。詳しく読み込むと、ヒロフミ曰く【魔力顕微投影】という呪いの理論を、魔法へと転用したもののようだと分かる。

 これを使えば、魔力の粒子を構造を見るための魔道具を作れるということだ。まさに今、アルが求めていたものに違いない。


「えっ、凄い! さすがヒロフミさん、気が利くというか、手回しが早い」


 湧き上がる興奮を抑えて、アルは返事を最後まで読む。

 もし呪いの力が必要なら、いつでも協力する準備はあるから声をかけてくれ、という言葉で締めくくられていた。


「――よし。じゃあ、早速、魔道具作りをしよう」

『……よく分からんが、実験は中断か? それなら、この結界を解除しろ。さもなくば、全力で打ち破ってしまうぞ』

「まって、まって! 魔石がもったいない!」


 おどろおどろしい声で脅されて、アルは一瞬で背筋がヒヤッとした。魔石はたくさん確保してあるが、こんなことで無駄にするつもりはない。

 不機嫌そうなブランなら本当にしかねないので、慌てて物理結界を解除するために駆け寄った。

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