第366話 魔力とは

 翌朝。

 簡単に朝食を済ませたアルは早速、呪い指南書を片手に呪い道具作りを行うことにした。必要なのは、呪い用に魔力を変質させて貯める道具と、それを動力源にして働く道具。


 ヒロフミに教わったのは、呪いを魔法陣の形に落とし込んで使う方法で、正直呪い用の力そのものをアルが使えるかどうかは分からない。作るのが無理そうだったら、ヒロフミをここに呼んで、霧の森の結界の調査を手伝ってもらうしかないだろう。


「そもそも、呪い用の魔力ってどういうものなのかな……」


 アルはアイテムバッグの中をゴソゴソと漁って、あるものを取り出した。


『なんだ、それは?』


 暇そうにゴロゴロと寝そべっていたブランが、アルの手元を見て疑問の声を上げる。

 クインは朝早くから、「転移の塔というのを吾の目で確かめてみる」と出ていったというのに、ブランのこの怠惰さはどうしたものだろう。研究に集中すると周囲への警戒が疎かになるアルのために、代わりに警戒してくれているのは分かるのだが、もう少し態度をきちんとしてほしい。


 思わずじとりと見下ろすと、きょとんとした顔で見つめ返された。それが無垢で可愛らしく見えるから、少し腹立たしい。絶対に中身は可愛くはないのに。

 アルはため息をついて、不満を発散した。


「……これは、ヒロフミさんが変質させた魔力を籠めた結晶だよ。魔石のようなものみたい。僕が使うことはできないんだけど」

『使えぬというのは、そこから力を取り出すことができないという意味か?』

「それもあるけど、操ることもできないと思う」

『……道具で使うの、無理なんじゃないか?』


 アルが薄々思っていたことを、ブランがあっさりと指摘する。


「無理だと思ったら、そこで終わりだよね。挑戦あるのみ!」


 ニコリと笑って言う。駄目で元々なのだ。一応、一週間研究しても無理なようなら、ヒロフミに助けを求めるつもりではいる。


「――あ、そうだ。このこともヒロフミさんに報告をしておこう」


 通信用の魔道具を取り出すと、なんとヒロフミからの返事が来ていた。以前、呪いを元にして作った魔法陣を組み込んだ空間管理魔道具が、魔力の浄化機能まで持ち合わせていたことを報告していたのだ。


『なんだ、返事が来たのか?』


 じっと魔道具を見つめるアルに気づいたブランが、のそのそと近づいてくる。だが、覗き込んだところで、人間の文字を知っていても読解に難があるせいか、すぐに目を逸らした。長文を読む気が失せたらしい。

 アルはその様子を横目で窺って苦笑する。もう少し、頑張る気合いを見せてもいいと思うのだが。


「魔力の浄化機能があった理由は、僕の予想通りの可能性が高いって。元々の呪いには、魔力を浄化する作用は含まれていなかったけど、魔法陣に改変する際に、上手い具合にそっちの作用が生じる感じに組み上がったみたい」

『ほーん……』


 なんだかんだブランに甘いアルが丁寧に分かりやすいように説明したというのに、ブランの返事は興味なさそうだった。魔道具や魔法の研究に関心がないから仕方ないかも知れないが、少しは説明に感謝してくれてもいいのではないかと、アルは少し不満に思う。


「あと、向こうでは、僕が出てからまだ一日しか経っていないって。この連絡の行き来自体に時間的誤差があるから、それを知ったところであまり意味がないけど」

『だろうな。次の連絡があちらに届くのは、向こうで一年経った頃かも知れないぞ』


 揶揄するように言うブランに、アルは苦笑しながら「嫌なこと言わないでよ」と返す。そもそも、できる限り時差が生じないような理論を組み込んだ魔道具だから、さすがに一年の誤差が生じるとは考えられない。


 ブランと雑談しながらヒロフミへの報告を綴る。できれば、今回よりも早く返事が来ればいいのだが。あまりに連絡が取れないようなら、異次元回廊に戻ることも考えた方がいいかもしれない。


「――よし。送れた。それじゃあ、研究しよう」

『頑張れ。我は何か食いたいのだが……』

「さっき朝ご飯食べたばかりでしょ」


 さすがに食べ物をねだられると、視線が冷たくなってしまう。これから働こうとしている人間に、手間を掛けさせようとするとは何事か。

 アルの眼差しにしょんぼりと肩を落としたブランが、テーブルの端で寝転がった。


『……分かってる』

「それならよろしい。……ちゃんと、昼ご飯は作るからね」


 あまりに可哀相な様子だったので、ブランの毛をかき混ぜるように撫でてやった。気遣いのつもりだったのに、迷惑そうに睨まれたが。

 肩をすくめたアルは、気合いを入れ直して研究資料に向き合った。


「この結晶を鑑定眼で見てみて――うん、やっぱり、魔力とは違うなぁ」


 ヒロフミが作った結晶の中を渦巻く力は、魔力とは存在そのものが異なっているように見えた。鑑定眼で示されたのは【不思議な力。特殊な条件下において使用可能】という言葉だ。特殊な条件下とは魔族の血を持っていることだろう。つまり、やはりアルでは使用できない。


「……魔力を呪い用に変質できるってことは、違う形にもできるのでは?」


 ふと気づいた事実を呟くと、ブランが瞼を上げてアルに視線を向けた。


『そんなこと、簡単にできるものなのか?』

「分からないけど、ヒロフミさんたちが使う用の力より、使える可能性は高いような?」

『……まぁ、やってみればいいだろう』


 改めて呪い指南書を読み込み、魔力の変質方法を探る。

 ヒロフミはイービルから貸与された道具を使って、魔力を変質させる方法を編み出した。それは、魔法が使えないヒロフミでは、そもそもイービルから与えられた道具なくして魔力に働きかけることもできなかったからだ。一度魔力を変質させて利用できるようになると、その道具はほとんど使わなくなったようだが。


 アルの場合、魔力を変質させるよう働きかけるのは、魔法を使えばなんとかできる気がするので、イービルの道具は必要ない。ということで、どういう仕組みで魔力に働きかけるかの理論を読み解いていく。


「魔力の最小単位は粒子? その粒子の結合の仕方によって、魔力の性質が変わる? 普通の魔力の粒子の結合の仕方は――」

『その言葉が既に呪文のようだな』


 ブツブツと呟くアルに、ブランがげっそりとした雰囲気でため息をつく。ブランの理解を超える話に早々に疲労感を覚えたのか、くわりと大きなあくびをして再び寝そべった。

 アルはなんとなくその様子を把握しながらも、頭を必死に働かせる。アルをしても、理解が難しい話なのだ。


「……なるほど? 物質も魔力同様に粒子が特殊な結合を果たしたことで生じているのか。万物に魔力が宿るっていうより、魔力と同じ粒子を万物が持っているってことなのかな?」


 そこまで呟いたところで、ふと物理結界について頭に浮かんだ。

 本来物理的性質を持たない魔力で構築された物理結界は、無理やりその性質を持たせるから大量の魔力を消費する魔法として知られている。もしヒロフミの考える理論が正しいなら、大量の魔力は、使う魔力の粒子結合を瞬間的に変えさせるために使われているのかもしれない。


「――ブラン」

『んぁ? なんだ?』


 寝ぼけ眼のブランに微笑みかける。


「ちょっと確かめてみたいことがあるから、協力してくれる?」

『……なんだか、嫌な予感がするな?』


 ブランが警戒するように言いながらも体を起こす。アルも実験の準備のために立ち上がりながら、説明を加えることにした。


「大したことじゃないよ。――僕が粒子を捉えられるようになるまで、動いてほしいというだけ」

『は?』


 心底意味が分からないという顔をしているブランが地面に下り立ったのを見て、アルは物理結界の魔法を展開した。

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