第365話 方針決定

 クインと話すことで謎が深まった気もするが、霧の森が創世神によって世界再生のために創られたと知れて良かった。魔力消失の影響を受けない結界を調べられたら、今後悪魔族が世界崩壊を狙おうとも、対抗できるかもしれない。


「やっぱり、霧の森も調査すべきだよね」

『うむ……。だが、あの結界をどうやって調べるのだ? 中に入れば分かるとは限らんだろう』


 ブランの言うことも尤もだ。アルは「う〜ん……」と唸りながら考え込む。


「そも、あの森に入るのはいいが、中では基本的に魔法を使えぬぞ?」

「えっ。そうなんですか? でも、クインは人型で森にいましたよね?」


 アルが驚くと、クインは難しい表情で首を傾げた。そして、言葉を選ぶように慎重な声音で答えを返す。


「そうさな……なんと説明すればいいか……。あの森の中では、魔法を発動させるのも、維持させることもできぬ。魔力を消費する行動が禁じられているのだ。だが、吾の変化のように、一度姿を変えた後に魔力消費をしていない場合は問題ない」

「……魔道具はどうでしょう?」

「おそらく使えぬな。吾がアルにもらった、神からの影響を防ぐ魔道具も、使えていなかったようだ。使えずとも、森の中は遮断されている状態だから支障はなかったが」


 アルは思わず渋い顔をしてしまう。魔法も魔道具も使えないとなれば、霧の森の結界を調査するには、外部から頑張るしかない可能性が高い。


「鑑定眼も使えないと思いますか?」

「さて……? それは、生まれつきのものだろう。使う際に魔力は使用しないのか?」

「……内部魔力を使っている感覚がありますね。ということは、駄目かぁ」


 試しに近くの木を鑑定してみたアルは、体内から外へと魔力が流れていくのを感じて、ガックリと肩を落とす。これもおそらく、魔法を使っているという範囲に含まれるだろう。


『魔力の使用ができないというならば、ヒロフミが使う呪いも無理なのか?』

「え?」

『あれは、本来魔力を使えない魔族が、魔力を変質させることで使えるようになったようなものだろう? 厳密には、魔力とは言えないのではないか?』


 ブランから思いがけない鋭い指摘があった。アルはヒロフミから聞いた、呪いに関する知識を頭から引っ張りだす。ついでに呪い指南書も開いて確認すると、分かったことは一つ。


「……微妙。霧の森の中で、魔力を呪い用に変質させるってことが、そもそもできない気がする」

『そうなのか』

「できる可能性もあるけど。……う〜ん、やっぱり難しい気がするなぁ。でも、呪い用の魔力変質をあらかじめしておいて、それを動力源とした道具を使えば、あるいは……?」


 呪い指南書に目を走らせながら考え込む。

 魔道具では魔石の中の魔力が動力源になることが多い。もしその動力源を、魔力ではなく呪い用の変質魔力にできれば、霧の森の制限を突破できるかもしれない。


「呪い用の魔力を貯める方法は、ここに書いてあるし……後は、これを、鑑定用の魔道具に組み合わせて……?」


 ブツブツと呟きながら思案する。

 ヒロフミが呪符――呪い用の魔法陣のようなものを記した状態の紙――を使うことで、呪いを発動していた。その際には、体内の魔力を使用可能な状態に変質させる呪いの道具を身に着けていたらしい。それは、イービルから与えられた道具を改変させた結果、得られたもののようだ。


「――うん、作ることはできる気がする。それが霧の森の中で使えるかは分からないけど」


 頷いたアルを見たブランが、ゆるりと尻尾を揺らす。


『では、試してみるしかないな。あの森の中は、危険性が低いと思っていいのだろう?』

「うむ。それは保証しよう。そもそも生き物は他におらぬし、もし人間が入り込んでいようと、魔力を使えないのは吾らと一緒だ。体術が使えなくなるわけではないのだから、吾やブランでも容易に片付けられる」


 ブランに答えたクインが、そこでニヤリと口元を歪める。


「――ただ、宙を駆けることは不可能だ。どのような行動が可能かは、入ってすぐに確かめたほうが良かろう。思わぬ間抜けな様を見せることになりかねんぞ」

『……余計なお世話だ。言われんでも、それくらい分かってる』


 ブランがプイッと顔を背ける。クインはその背を宥めるように撫でながら、楽しそうに微笑んでいた。


「吾が慣れているから、万が一もないが。そもそも、人間があの森に入ったというのは聞いたことも見たこともない。心配する必要はなかろうよ」


 太鼓判を押すクインに、アルとブランは頷く。

 後の問題は、鑑定などの結界調査用の呪い道具を作るのにどれだけの時間がかかるかと、転移塔と霧の森の調査のどちらを優先して行うかだ。


「……あ、そういえば、先ほど、霧の森で地下に生きる者と話したというようなことを言っていましたよね? ヒロフミさんたちより先に異世界からこの世界に来た人の情報はあったんですか?」


 クインが異次元回廊を立ち去ることにした理由の一つは、地下に生きる者にそのことを確認するためだったのだ。すっかり他のことに気が取られて、尋ねるのを忘れていた。

 アルは真剣な面持ちでクインを見つめる。見つめ返すクインは、眉間に皺を寄せて、どこか不満そうな様子だ。


「……あぁ、それか。尋ねてはみたのだが、明確な答えは知れなかった。答える権利を持っていないという感じだったな」

「それは……むしろ、ヒロフミさんたち以外にも、異世界から来た人がいたと言っているようなものでは?」

「うむ。雰囲気的にはそう判断してもいいと思う。だが、やはり、詳細はなにも分かっていないから、それがアカツキに関係しているかどうかも定かではない。情報としては中途半端だ。すまぬな」


 不満そうなのは、口を閉ざした地下に生きる者たちに対してだったようだ。申し訳なさそうに頭を下げられて、アルは慌てて首を振る。


「いえ、それで十分ですよ。……クイン以外が尋ねたとしても、同じ答えが返ってくると思いますか?」

「……分からぬ。吾も、あやつらの全てを知っているわけではないからな。どうせ霧の森に入るのだ。共に訪ねに行ってみるか?」

「そうですね。ぜひ」


 頷くアルに、クインが目を細める。あまり地下に生きる者たちに会わせたくないようだが、必要があるならば仕方ないと自分を納得させるようにため息をついていた。


『転移塔と霧の森、どちらから取り掛かるのだ?』


 ブランに改めて問われて考え込む。


「……霧の森、かな」

『ほう、どうしてだ?』


 否定するわけでは無いが、面白がるように尋ねてくるブランを見つめて、アルは肩をすくめた。


「転移塔はそもそも、聖域へ行くために探していたけど、もし使えなくても、クインがいれば聖域に行くのは問題ないから。それより、いつ悪魔族が暴走を始めるか分からないんだから、対抗手段を準備しておくべきだと思う。……争いたいわけではないけど」


 ポツリと言葉を付け加える。ヒロフミたちを通して、異世界から来た者たちの悲しみをある程度理解している。世界を崩壊させようとする行動は許容できないが、敵対したいわけではないのだ。

 ブランはアルの言葉に頷いて理解を示した。そもそも人間同士の争いにも興味を示さないブランにとっては、悪魔族が行き過ぎた行動をしない限りは、どうでもいいのだ。アルになんらかの害が及ぶようなら怒るかもしれないが。


「聖域へ道案内するのはかまわぬが、ここからは遠いぞ。できたら転移塔を使えるほうがいいと思う」

「まぁ、そうですよね。だから、調査はしてみようと思います。どうしても使えないようなら、道案内をお願いするということで、いいですか?」

「あい分かった」


 快く引き受けてくれたクインに礼を告げてから、アルは小さくあくびをする。話に夢中になりすぎて、少々夜ふかししてしまったようだ。

 呪いを使った道具作りは明日にしようと決めて、就寝の準備をすることにした。

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