第358話 噂話に花が咲く

 森の中を進む冒険者たちは、アルたちが過ごしている場所の近くで休憩をとることにしたようだ。交代で携帯食料にかぶりつきながら、話をしている声が聞こえる。


「――だからぁ、この先に翼の生えたでっかい虎が出るところがあるんだってぇ」

「俺らで倒せるわけねぇじゃん。その辺の鳳鳥ホウチョウでも狩って帰ろうぜ」

「でも、一攫千金だぞ?」

「命あっての物種でしょ」


 どうやら少し仲間割れしている雰囲気の会話に耳を澄ませていたアルたちは、顔を見合わせて苦笑した。冒険者たちが言っている虎の魔物とは、今まさにアルたちが食べているものに他ならない。

 こんなに近くで食べている者たちがいるなんて、冒険者たちは夢にも思っていないのだろうと思うと、なんだかおかしくなってきた。


『我らはこんなに旨い飯を食っているのに、あやつらは可哀想だな』

「冒険者なら、森を探索中に昼ご飯を食べられるだけでも、幸運だと思うけどね」

『ふぅん……』


 興味なさそうに鼻を鳴らしたブランは、ミソ煮込みの残り汁にコメを投入して、ガツガツと食べ始める。肉の旨味が染み出したスープはコメとよく合うようで、ご機嫌に尻尾を揺らしていた。


 アルたちが優雅に昼食を楽しんでいる間に、冒険者たちの会話が進んでいく。


「――そういや、聞いたか? 数週間前に、白くてでかい魔物が空を駆けていたらしいぞ」


 ブランの耳がピクリと動き、一瞬口の動きが止まる。アルも視線を森の方へと転じて、耳を澄ませた。

 白くて大きな魔物とは、クインのことではないかと思い至ったのだ。


「強そうなやつって噂だよねぇ。さすがに、それを狙うのは無理だよぉ」

「当たり前だろ。風刃のディックさえ、あれには手を出すべきじゃねぇって言ってたぜ」

「ディックって、隣領のマーリンから来たCランク冒険者よね?」

「そそ。ソロ冒険者だよぉ。実力はあるけど、素行不良で追い出されたって聞いたなぁ」

「そんなやつでも、リーエンじゃトップの冒険者になれるんだから、嫌になるよな」

「ここ、辺鄙な街だもんねぇ」


 クインの情報はなかったが、いくつか良い情報が得られた。

 冒険者たちはリーエンという街を拠点に活動していて、近くにはマーリンという領があるらしい。地図を参考に調べると、リジという帝国の属国内の地域の名前だと分かる。

 リジはドラグーン大公国から一つ国を飛び越えた先にある国だ。アルたちは予定通りの距離を進めているようだ。この分だと、一週間もすればメイズ国に辿り着けるかもしれない。


『あいつが、こっち方面に来たことは間違いなさそうだな』

「うん。結構前みたいだから、まだとどまっているとは限らないけど。会えると良いね」

『ふん……手間をかけさせるやつめ』


 ブランが自分の母親に対して憎まれ口を叩く。アルはそれを肩をすくめて聞き流した。ブランの言動は愛情の裏返しであると分かっている。クインがそれを聞いたところで、笑うだけなのが容易に想像できるので、叱る必要も感じなかった。


 アルは食事を終えて片付けをしながら、冒険者たちの声に耳を傾ける。

 昼食を終えた冒険者たちは、襲ってくる魔物を倒しつつ、再び探索を始める準備をしているようだ。


「――冒険者の移動っつったらさぁ、最近、強い冒険者が移動しまくってないか?」

「あー、知ってる。それ、戦争の影響でしょ? 徴兵されないように、逃げているらしいよ」

「帝国の人たち、なりふり構わなくなってきてるもんねぇ。冒険者が流民って建て前、どこいったのって話ぃ」

「建て前って言ってしまってる時点で無意味だろ」

「冒険者、ツラー! だからといって、農民になっても徴兵されかねないって地獄だぜ」


 嘆く声の後に、暫く戦闘音がする。そして、移動を始めたようだ。会話は続いていく。

 アルは世知辛い冒険者事情と、帝国の戦事情に、僅かに眉を顰めた。


「――徴兵嫌なら、戦争反対ーって活動すれば? 帝国の第三皇子とか、その主義じゃなかったか?」

「立場が弱いって話だけど、暗殺されてないから、意外といけるのかも。民衆が味方につけばいい感じかしらね?」

「民衆っていうか、様子見してる高位冒険者だろう。ほら、ノース国のAランク冒険者のヤツで、冒険者をまとめようと活動してるのいなかったか?」

「あー……レイ、だったか?」


 思いがけない名前が出てきて、アルは目を丸くした。ブランも驚いた様子で口をポカリと開けている。

 アルがドラグーン大公国でランクアップ試験を受けた時の試験官もレイのことを知っている様子だった。レイの活動範囲は、アルが思っているよりだいぶ広いようだ。ただ単に噂が広がっているだけかもしれないが。


「――レイって、ノース国の紐付きでしょ? あの国が、戦争に関わるかしらね? 地形的に、グリンデルとかマギとかから干渉される可能性が低いから、傍観の立場をとりがちだって聞いたことあるけど」

「戦争に関わらねぇための団結じゃねぇか? ……知らんけど」

「知らねぇなら言うなよ」


 冷めたツッコミの後に、少し笑い声が聞こえる。次第に話が聞こえなくなるくらい、冒険者たちが離れていった。


「……あれだね。普通の冒険者は、思っていた以上に情報通だし、探索中でもおしゃべりだね」

『この森の魔物が弱いからできることだろうな。あと、剣士の一人は、戦う能力以上に、索敵能力が高い感じがしたぞ』

「へぇ、そうなんだ。それなら、結構実力があるパーティーだったのかも」


 アルは納得して頷く。そして、少し反省した。


「――僕も、もうちょっと、冒険者事情に明るいほうがいいかも?」

『レイがあそこまで知られた存在だったとは、思いもしなかったな』

「うん。それはすごくびっくりした。――久しぶりに、連絡をしてみようかなぁ」


 異次元回廊にいると、なかなか気軽に連絡を取れないので、すっかりとご無沙汰になっていたが、アルは思い出したのをいい機会と捉えて、転移箱を取り出す。

 一応時々確認しているのだが、中身は空だった。レイからの連絡は来ていないようだ。アルがあまり連絡を返せないことで、事情があるのだと察したのかもしれない。


「うーん、暫くは普通に森を探索してます、くらい伝えておこう」

『魔道具の発注が来るんじゃないか?』

「えー、それは、どうしよう……」

『断る一択に決まっているだろうが』


 無意識で微笑みつつ悩んだアルに、ブランが半目でツッコミを入れる。

 言われているのは当然のことなのだが、レイから新しい魔道具のアイディアがあったら、アルは手を付けないでいられる自信がなかった。

 目を逸らすアルの頭を、ブランがため息をつきながら尻尾で叩いた。


「いたっ!」

『それより、さっさと先に進むぞ。我は夜をゆっくり過ごしたい』

「……それ、手の込んだ料理を食べたいっていうだけじゃない?」

『そうとも言う』


 ケロッとした顔で言い切ったブランを、今度はアルがジトッと見据えた。

 やはり、アルの魔道具好きな性質と、ブランの食欲旺盛さは似たりよったりの悪癖だ。悪癖だという自覚があるアルの方が、まだ救いがあると思うが。


『――ほれほれ、片付けろー。こうしている間にも、クインに置いていかれるぞ』

「ブランも手伝ってくれたらいいと思う」

『その調味料をぶちまけてほしいと言うのか?』


 とんでもない脅しをしてくるブランを、アルは軽く睨んでから片付け作業を早めた。


「そんなことしたら、ブランのご飯はしばらく味なし肉になるからね」

『……駄目だな。我が片付けに手を出すべきではない。うむ。移動速度向上で手を打とうではないか』

「それ、僕も苦労することになるよね?」


 アルは初日の乱暴な駆け方を思い出して、顔を顰める。そして、すべてを収納したアイテムバッグを肩にかけ、ブランの方へ歩み寄った。


『魔力操作の訓練にちょうどいいだろう』

「程度の問題がある」

『甘えたヤツめ』

「ブランに言われたくないなぁ」


 大きな姿に変化して屈んだブランに乗りながら、アルは苦笑する。とりあえず速度を上げてもらって、ギリギリのラインを探ることにした。

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