第357話 昼食は観察とともに

 ブランが美味しそうな魔物に惹かれて立ち止まること以外、旅は順調に進んでいた。小さな国一つ分ほどの距離を進んだところで、アルたちはひとまず昼の休憩をとることにする。ブランを乗り物扱いしている限り、腹時計に合わせた旅程になるのは当然だ。


 川の傍に降り立ったブランは、グイッと伸びをしてから、小さな姿へと変化する。本来の姿よりも、この大きさで過ごす時間が長いため、落ち着くらしい。

 アルは魔物・人よけの魔道具を設置しながら、その姿を横目で眺めた。


『昼飯は、今日最初に狩った肉がいいぞ』

「あー……虎っぽい魔物ね。あれ、なんていう魔物だったのかな」


 鑑定する間もなく魔法で倒した魔物を思い出し、アルはアイテムバッグから引っ張り出す。これを調理するかどうかはともかく、素材の利用方法は知っておいて損はない。


「――鑑定、と」


 魔物をジッと見つめると【翼黄虎ヨクオウコ】と名前が示された。魔物図鑑でも見た記憶がない。

 単純に見た目の翼のある黄色い虎、という意味でつけられた名のようだ。だが、高い能力と広範囲の勢力圏を持っていることから、おうおうという意味をかけてもいるようだ。魔物でそのような階級を示す意味が含まれた名を持つのは珍しい。


「……あっさり倒した魔物がそんなに強かったなんて」


 アルは少し呆然とした。隙を狙って攻撃したとはいえ、翼黄虎に王と表現されるほどの強さがあったかは疑問だ。どう考えても、ブランのほうが強い。

 ブランはアルから説明を受けて、小さく首を傾げる。


『うーむ……。我も、そう言われるほど強いようには感じられなかったが。もしかしたら、この辺一体の魔物がそこまで強くないのかもしれん』

「どういうこと?」

『弱者の群れの中では、それなりの強さであっても頂点は取れよう。ここは、魔の森の最奥、神が管理する地から離れている。その分、魔物の分布的に、弱い魔物ばかりなのかもしれんぞ』

「あぁ、なるほど……」


 アルはブランの考察に納得した。

 ドラグーン大公国から魔の森をまっすぐ奥地に進んだところが、魔の森を管理する神の領域であり、そこに近いところに強い魔物が集っている。そして、そこから離れるほど、生息する魔物が弱くなる傾向があった。

 ここはドラグーン大公国から離れているので、必然的に強い魔物の領域からも離れることになる。つまり、弱い魔物が集っていても不思議ではない。


「――弱い魔物の頂点に立つ王って、なんかイメージが微妙……」


 アルは魔物を見下ろして、口元を歪めた。見た目は勇ましく格好いいのに、人間が過大評価した名前をつけた弊害である。


『旨ければ、名前やイメージなんてどうでも良かろう』

「それは、そうだね」


 あっさりとアルの思いを一笑に付したブランに同意し、さっさと解体を進めることにする。

 翼黄虎はその実力はともかく、羽も毛皮も肉も高品質であるようだ。ただ、筋肉質なので、食べるには少し工夫がいりそうである。


 魔道具で翼黄虎を解体し、昼食用の肉の塊を得たアルはしばし悩んだ末に、圧力鍋に水や調味料とともに投入して煮込むことにした。ブランは歯応えのある肉も好きだが、アルはできれば歯を酷使しない肉のほうがいい。


 肉を煮込んでいる間に、コメや副菜の支度をする。

 休憩もかねて、のんびりと調理するアルの傍では、ブランがゴロゴロと寝転がっていた。たまに『腹が減った』とか『旨そうな匂いだ』などと呟くので、眠ってはいないようである。


『……ん?』


 肉がホロホロと柔らかくなったところで、仕上げにミソなどで味付けしていたアルは、ブランがピクッと耳を震わせて起き上がったのを見て、作業の手を止めた。


「ブラン、どうかしたの?」

『……人間の声がする』

「人間? もしかして、冒険者かな」


 ブランが見つめる川下の方に視線を転じても、アルの目には穏やかな森の景色が映るのみだ。人間はおろか、魔物の気配すらない。


「――ここ、それなりに人里から離れているよね?」

『そのはずだが、ドラグーン大公国の基準で考えたら、駄目だったかもしれんな』

「なんで、って……あ、そういうこと」


 アルは問いかけながら答えを悟った。翼黄虎についての考察の時に、冒険者がここまでやってくる可能性は見えていたはずだったのだ。


 森の魔物が弱いなら、その分奥地まで入ってこられる冒険者の数は増える。人里からの距離が離れるほど道のりに時間はかかるが、高額な報酬をもらえる依頼があれば関係なくやってくる者は多いだろう。


「――もうちょっと奥を行くべきだったかぁ」

『そうだな。昼飯を食った後はそうしよう』


 アルはブランと顔を見合わせて肩をすくめる。

 人間に会いたくないのに、現在アルたちが焦っていないのは、魔道具の性能を信頼しているからだ。現在使っている魔道具は、魔物だけでなく人の感覚も誤魔化すもの。たとえすぐ近くまで冒険者達が来ようと、アルたちの存在には気づかないだろう。


「ちょっとした情報収集にはいいかもしれないね」

『情報収集?』


 再び寝そべったブランが、不思議そうにアルの顔を見上げる。その耳はピンと立ち、まだ警戒を怠っていないのを示していた。

 アルは頼りがいのある相棒に警戒を任せ、調理を再開する。ミソや香辛料で煮込んだ翼黄虎の肉は、見るからに美味しそうな姿になっていたが、もう少し味をしみこませたい。


「そう。どこの国の所属とか、冒険者同士の会話で分かるかもしれないし。そうしたら、今僕たちがどのへんにいるか、推測しやすいでしょ?」

『ああ、なるほど。だいたい国一つ分ほど飛んできたとしか分かっていないからな。目的地までどれくらいかかるかは、予想していた方が精神的に楽か』

「うん。それに、他にも社会情勢とか知れるかもよ」

『……一般の冒険者が、そんな高尚な話をするか?』


 疑わしげな目で見つめられて、アルはそっと目を逸らした。

 ブランがそう言うのは尤もである。

 冒険者の多くは一つの国に居つくが、流民の一種とされているから、あまり国内外の出来事に関心を持たない傾向がある。それよりもどの魔物が高く取引されるのか、どの依頼が条件がいいのか、などの生活に強く関わる情報のやり取りをすることが主なのだ。


 生きた森の管理者であるブランは、森に踏み入る冒険者のこともよく理解しているようだ。あまり良い印象ではないが。


「……さて、昼ご飯にしようか!」

『露骨に話を逸らしたな』


 ブランが呆れながらも、そそくさとテーブルに着く。アル以上にご飯を楽しみにしているのだから、その態度は当然のことだ。アルもそれを狙って提案したわけだし。


 今日の昼ご飯のメニューは、翼黄虎の肉のミソ煮込みとコメ、根菜の炒め物、カボチャのスープである。

 早速肉にかぶりついたブランは、一瞬目を見張ってから、すごい勢いで食べ始めた。感想はなかったが、気に入ったのは一目瞭然だ。


「うん、美味しい」


 アルも一口食べて、目尻を下げる。

 翼黄虎の肉は筋が多いようだが、圧力をかけて煮込んだことで、トロトロと柔らかな食感になっている。肉自体の味も濃く、ミソの風味に負けていない。なんともコメが進む味である。


 口直しにスープや根菜の炒め物を挟みつつ、昼ご飯を食べ進めていると、アルの耳にも人の声が聞こえてきた。どうやら、川沿いの森の中を歩いているようだ。時折、襲いかかる魔物と戦う音も聞こえてくる。


「剣士が二、弓士が一、魔法使いが一?」

『そのようだな。それなりにバランスの良い冒険者集団だ』

「普段からパーティーを組んで活動している感じの連携の良さだね」


 音と気配から、冒険者たちについての考察を進める。

 数体の魔物の集団には混乱なく対処しているので、冒険者ランクはDからCくらいだろうか。ドラグーン大公国周辺よりも魔物が弱い可能性を考えると、Eランクである可能性もある。

 その程度の冒険者ならば、アルの魔道具に簡単に誤魔化されてくれるだろう。


「――パーティーかぁ」


 アルは自分が口にした言葉を改めて反芻し、苦笑する。冒険者になった当初から、単独で依頼を請け負うことの多かったアルには、馴染みのない言葉だと思ったのだ。

 ブランがチラリと見上げてくる。


『なんだ、パーティーが羨ましいのか?』

「別に羨ましいわけじゃないよ。冒険者としてはそれが一般的で、僕はつくづく普通の冒険者じゃないんだなぁって思っただけで」

『ふん。普通であることに価値はあるまい』


 アルの感慨を鼻で笑うブランに、思わず苦笑する。


『――それに、アルは我とパーティーを組んでいるようなものではないか』


 付け足された言葉には、ふふっと笑ってしまった。なぜだかちょっぴり嬉しかったのだ。

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