第355話 森の中での夕ごはん
完全に暗くなる前に、火を起こして焚き火を用意する。いくつか明かり用の魔道具も設置すれば、それなりに視界を確保できる。
あとは、魔物避けの魔道具も発動させる。草むらでのんびり寝そべっているブランが、実は魔物の襲撃を警戒してくれているのだが、そもそも襲われない方がいいのだ。
そこまで準備を整えて、早速調理に移った。
夕食はサクラに教えてもらったレシピを使うことにする。オムライスという名前だ。
白鶏の肉を一口大に切り、みじん切りにしたオニオンとニンジンと共に炒める。そして、オニオンが透明になってきたところで塩コショウで下味をつけた。これにトマトソースを加えて混ぜ合わせる。あとはコメを入れて味を馴染ませ、白鶏の薄焼き卵で包むだけ。
アルはこれだけで満足なのだが、ブランには『肉が足りない!』と不満を言われることが間違いないので、森豚のカツレツを添えた。
サラダには、ベビーリーフとミニトマト、パプリカを使い、ドレッシングはレモンオイルを使ったマヨネーズソースにする。
ブランが熱望する甘味の類いは、ほとんどアイテムバッグから取り出すだけだが、それも少々味気ない気がして、盛り付けにこだわることにした。
アルが作り置きしていたプリンを器に盛り、その周りにミルクアイスクリーム、ホイップクリームの他、様々なカットフルーツを並べる。仕上げにチョコレートソースをかけたら、手間なしスイーツとは思えない出来映えだ。
「――よし、完成!」
調理を終えた時には、周囲は既に真っ暗になっていた。森での野営に慣れていない者なら、恐怖で落ち着かないだろうが、アルはむしろホッと安らぐ感じがする。
それは、アルが純粋な人間ではなく、精霊の性質を受け継いでいるからかもしれない。精霊は森と共に生きることが当たり前のようだから。
『おお、豪勢だな!』
アルがオムライスとサラダ、スイーツ、大量の出来合い甘味をテーブルに並べたところで、ブランが椅子にひょいっと跳び乗り、嬉々とした声をあげる。
ブランの機嫌を回復させるために奮発したのだから、喜んでもらえてなによりだ。
「今夜は好きなだけ食べていいよ」
『ふふん、よい心がけだ。全て食べ尽くしてくれようぞ!』
ブランが尻尾を揺らし、まずはオムライスにかぶりつく。
口周りがトマトソースで赤く染まってしまっているが、アルは今は見なかったことにした。丸洗いをするとなると、水に濡れるのが嫌いなブランは機嫌を悪くするかもしれないので、後で濡れた布巾で拭くくらいにとどめようと思う。
アルもオムライスを一口。ほぼトマトソースの味だが、オニオンの甘さや肉の旨味が感じられて美味しい。酸味を感じやすいトマトソースだが、包んでいる卵がマイルドな味にしてくれている。
「う~ん、美味しい。トマトソース以外にも、バターで味付けしたのとかでもいいかも。ソースはチーズとかデミグラスとかもいいかな」
『お、それも旨そうだな。我も、このメニューは、コメ料理の中で気に入りのひとつだぞ』
「あ、そうなの? ブラン、コメが好きというわけじゃないから、どうかなって思ってたけど」
『そうだな。炊き込みご飯というのもそれなりに旨いが、我はこっちの方が好きだな。味のないコメはいらん』
「だよね」
予想通りの答えに、アルは苦笑しながら頷く。
もともと、ブランはパンも好きではない。基本的に肉を食べる生活をしてきているから、パンやコメなどの穀物を食べる習慣に馴染みがないのだ。
だが、同じく小麦粉を使っているクッキーやパウンドケーキなどの甘味の類いは好んでいるのだから、味付けが重要ということだろう。
「――甘いパンなら食べられるってことかな」
ふと気づいた疑問が言葉としてこぼれた。
サンドウィッチの具にホイップクリームや果物を使ったものは、ブランも食べられていた気がするので、こういう風に工夫をこらせば喜んで食べてくれるかもしれない。ただ、そこまでして食べさせる必要があるか、という疑問が生まれるが。
『甘いパンか。そういえば、アカツキがなんか言っていたな。……焼くときに、バターをたっぷり使ったデニッシュ系のパンが好き、とかなんとか。ジャムやドライフルーツなんかを混ぜるのもいいらしいぞ』
「デニッシュ系のパン? バターをたっぷりってことは、クロワッサンみたいな感じかなぁ。……バターって結構貴重なんだけど」
『アルは問題あるまい』
ブランが言外に『作ってくれ』とねだっている。それに気づいて、アルは「う~ん……」と悩みながら、曖昧に頷いた。
バターの在庫自体は、ブランが言うようにたっぷりある。もともと、アカツキのダンジョンで得たミルクから、バターや生クリームなどは大量に精製していた上に、異次元回廊内の街で大量に仕入れてもいるからだ。
だが、ひとつ問題がある。それは――。
「……パンって、作るの結構手間がかかるんだよなぁ」
これである。アルは通常、パン作りは一度にまとめて作る。だから、アイテムバッグの中には、小麦粉の量以上に、様々な種類のパンが入っているのだ。
今回の旅では、道中でパン作りをしないつもりだった。
『むぅ……。デニッシュパン、食べたいぞ』
「焼き菓子で良くない? ほら、このパイとか、たぶん同じ感じだよ」
サクラにもらっていたアプルパイやレモンパイをブランに示す。途端に、ブランが取り上げ満足そうな顔で食べた。
『これはこれで旨いが、我はデニッシュパンを食べたい気分だ』
「……わがままめ。そのパイでも満足そうな顔してるくせに」
アルが軽く文句を言っても、ブランはどこ吹く風で、他の甘味に手を伸ばしている。
その様子を見れば、拒否するのが至難の技だと悟った。アルは小さくため息をつき、肩をすくめる。
「――しかたないなぁ。時間がある時に作るから、いつになるかは分からないからね」
『うむ! 楽しみにしているぞ』
ブランが尻尾を振って目を細めた。偉そうな口調のわりに、全身で喜びを表現してくれるから、アルはブランの要望をつい聞き入れてしまうのだ。
食べ終えたオムライスの皿を脇に寄せ、アルもプリンに手を伸ばす。それ以外の甘味は全てブランにあげるつもりだ。普通の胃袋しかないアルでは、これだけで十分なので。
ブランが次々に平らげていく姿は、ここまでくると清々しい。これだけ楽しそうに食べてもらえたら、用意したサクラもきっと喜ぶことだろう。
「あ、そうだ。連絡――」
送っていた連絡に返事はないかと確認したが、まだのようだ。異次元回廊との時差がどれくらいあるのか分からないが、いつになることやら。
『アル、明日の出発はいつ頃にする予定だ?』
唐突に尋ねてきたブランの言葉に、アルは視線をあげる。ブランは少しそわそわした雰囲気だった。
その態度の理由は分からず、アルは首を傾げながら答える。
「日が昇る前かなぁ。ブランは暗いと移動は無理?」
『……無理ではないが、多少スピードを落とさねばならんだろう。できれば、明日は日が昇ってからが良い』
「明日は?」
頷きながらブランの返事を聞いていたが、少し違和感があり問い返す。すると、ブランが落ち着きなく視線を動かした。
『う、うむ。できれば、だが。せっかく――』
言葉が途切れる。アルが「せっかく?」と続きを促しても、ブランはスッと視線を逸らして黙り込むのみ。なにやら隠し事がありそうな雰囲気だ。
「……まぁ、いいけどね。多少遅れたところで、そんなに距離に違いはなさそうだし」
『ああ、そうだぞ。なに、ゆっくり起きて、朝飯を食ってから出発しても、今日のように飛ばせば良いことだ』
「それはやめて」
ブランの激しい動きに振り回されてだいぶ苦労したアルは、思わず真顔でブランの提案を拒否した。
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