第351話 妖精の話
淹れ直したハーブティーに、新たに添えたお菓子は、コメ粉で作ったセンベイだ。
センベイはコメ粉を捏ねたり茹でたり焼いたりと、作るのに手間はかかるが、なかなか美味しい。ポテトチップスとは違った味わいの、塩気のあるお菓子だ。
結構お腹にたまるので、冒険者向けの保存食にもいいかもしれない。ただ、湿気が大敵であるので、アイテムバッグなしでは取り扱いが難しい。包装を工夫すれば、なんとかなるだろうか。
アカツキやサクラに作り方を聞いて以来、少しずつ味を変えて、アルなりのセンベイを作っている。
今日取り出したのは、一口大のセンベイをショウユで味付けして、ノリを巻いたものと、セサミをまぶしたものの二種類。
「……ボリボリ」
口に放り込んで噛むと、硬い食感に相応しい音がする。ショウユとノリの磯の風味がよく合う。
ハーブティーよりも、サクラたちに馴染みがある焙じ茶や緑茶が合いそうだが。
『なんだ、それは』
ブランが目を丸くしてアルを見上げていた。
そういえば、アルがセンベイを作るのも、食べるのも、ブランがいない時だったかもしれない。異次元回廊内では、ブランが別行動をしているときも、多々あったから。
「センベイ。コメを使ったしょっぱいお菓子?」
説明しながら、ブランの口に一つ放り込んでやる。ブランは噛みにくそうにしながらも、満足げな表情だ。口に合ったようでなによりである。
ただ、このお茶会が始まってから、お菓子を食べすぎだから、今日の夕飯は控え目にした方がいいかもしれない。
『――ちょいちょいちょーい! 俺っちの話、聞いてるかい!?』
脇道にそれてばかりの話をしていた妖精が、ようやくアルたちの様子に気づいて、不満そうに頬を膨らませる。
「聞いてますよ。ドラグーン大公国で屋台を見て回った後、王城を見学してから魔の森に帰ってきたんですよね」
お茶やセンベイを楽しみながらも、きちんと話は聞いていた。ほぼ聞き流していたが。
ちなみに、トラルースは、甘いお菓子とセンベイを交互に食べるのに楽しさを見出だしたようで、妖精の話を一切聞いていない。自分に関係ない話だというのと、妖精に苛立つことに疲れたからだろう。
『そうそう! 俺っちの大冒険! 王城ではドラゴンも見たんだぜ!』
「大丈夫でしたか?」
『何がだ? なんか、甘いお菓子をもらったぞ! 各地を偵察してるんだーって話したら、ご苦労って言ってた』
誇らしげに話しているが、自分の役目をドラゴンに聞かせてしまってもいいのだろうか。
アルは密かにトラルースを窺うが、眉を険しく顰めているだけだった。何も言わないということは、許容できる範囲なのか、それとも文句を言う気力がないのか。
相手がドラゴンとはいえ、おそらくリアムであろうから、さほど気にしなくてもいいのかもしれない。精霊とリアムは、なにかと関わりが深いようなので。
『結局、クインはどこに行ったんだ?』
『クイン?』
ブランの問いかけに、妖精がきょとんとした表情で返す。まさか、本題を忘れているとは、話を聞き流していたアルも予想外である。
『……白い巨獣のことだ』
半目のブランが、ため息混じりの声で言う。
『……あー、あー……あ! それね。そうそう、空駆ける白き巨獣!』
『絶対、忘れてたな』
「忘れてたね」
アルはブランに同意を示し、チラリとトラルースを見た。
頭痛を堪えるような表情をしているので、後で頭痛薬でも渡すべきだろうか。人間用の薬が精霊に効果があるか、調べてみたい気もする。
『あれは晴れた日の午後のことだった――』
妖精がなぜだか重々しい口調で語り始める。アルたちの呆れに気づいて、焦っている表情だ。だが、余計な語り口調は外せないらしい。
きちんと話してくれるならば、それはもう、アルたちも諦めるしかない。
『魔の森に帰ってきた俺っちは、青空の雲を眺めていた。あれはさっき見た串焼きかなーとか、ドラゴンにもらったお菓子っぽいなーとか、雲を観察するのは楽しいんだ』
アカツキと似たようなことをしている。アカツキが幼稚なのか、それとも、独特な感性を持つ者は雲の観察を好むのか。
別にどちらでもいいが、そろそろお茶のお代わりがなくなりそうなので、早く本題に入ってほしい。
『そうしていたら、雲の中に、びゅびゅーんと素早く動くものがあって、俺っちは仰天した。だって、知ってるかい? 雲って、風に乗って動くんだぜ? 一部だけ動きが速いなんて、そんなの見たことない』
「それが、クインだったということですね?」
話を先回りして言うと、妖精は口ごもった。調子が狂ったらしい。むーむーと唸りながら飛び回ると、やれやれと言いたげに肩をすくめた。
センベイを食べていたブランが、瞬時に苛立った気配を感じる。妖精にバカにされたように思えたようだ。
アルはブランの頭を撫でて宥めながら、妖精の話の続きを待った。
『……まったく、せっかちなんだから。そんなに生き急いじゃあ、楽しくあるまいに』
『余計なお世話だ。お前のようなバカみたいな生き方するくらいなら、生き急いだ方がマシだ』
ブランがグルッと唸りながら言う。妖精は仰天したようにのけぞった。
『なんてこった! 永久を生きる者が生き急ぐことを推奨するなんてな!』
「余計なことを言うな。さっさと、クインとやらの行方を言え。おしゃべり馬鹿め」
トラルースが妖精を咎める。その声音は硬く、厳しい。それには、さすがの妖精もまずいと思ったようだ。
言い返そうとしてたブランが、妖精の焦った様子を見て、不承不承ながら黙り込む。
『ほんのお遊びじゃないかぁ……』
「マルクトに返還要請するぞ」
『やなこったぁあ。あいつの空間、ビックリするぐらいつまらないんだぞ! 従ってるやつらみんな、お堅いから楽しくねぇし!』
「……それは知ってる」
嘆く妖精に、トラルースが苦笑する。
アルが思い返してみても、マルクトは研究熱心ではあったが、身の回りに楽しそうなものはなかった。妖精たちも役目に忠実で、遊びに精を出すようには見えなかったのだから、楽しいもの好きが拒否感を持っても仕方ない。
だが、マルクトに生み出された妖精であるはずなのに、ここまで嫌ってもいいものなのか。
アルは精霊と妖精の関係性が分からなくなりそうだった。
『返還されたくないなら、さっさと話せ』
ブランが妖精の弱みを握って、ニヤリと笑う。その笑みを見た妖精は、ガックリと肩を落として、悄気た雰囲気になった。
『……霧の森の方だよ』
「え、どこですか?」
不意に投げ出された言葉を、アルは受け取り損ねた。尋ねるが、機嫌を損ねた妖精は、プイッと顔を背けて口を閉ざす。
『霧の森とか言ったな』
ブランが答えをもたらした。だが、それを聞いても、アルはいまいち場所の見当がつかない。おそらく、人の間で伝わる地名ではないのだろう。
トラルースを見ると、意外そうに片眉を上げていた。その表情を見るに、あまりよい印象はないらしい。
「……魔の森が途切れた先にある森だ。一年中、霧が覆っているから、便宜上『霧の森』と言われている。人間に分かりやすく言うと、メイズ国の近くだ」
「メイズ……あぁ、滅びた古都ですね」
『滅びた古都?』
アルは脳内地図を広げて、場所を確認する。グリンデル国から最も遠い大陸の端にある国だ。といっても、およそ二百年前に滅びてからは、誰にも占拠されることなく、寂れた都の街並みだけが残っていると聞いている。
ブランにそのことを説明すると、少し難しい表情になった。
『――我らは、聖域とやらにも行こうとしているんだよな? ……真逆ではないか』
「そうだねぇ。どうしようか」
顔を見合わせるアルとブランに、トラルースが不思議そうな顔をする。
「聖域? あの、生きた森の中のか?」
「ええ、そうです。……あ、聖域は、精霊が作ったものだと聞いたんですけど、トラルースさんもご存じですか?」
期待に満ちた目を向けると、苦笑が返された。
「あそこができたのは、俺が生まれる遥か昔のことだぞ。たいして知らねぇよ」
「そうなんですね……」
「むしろ、アルたちがそれを知ってることに驚いた」
「あぁ、クインが教えてくれたんですよ」
「へぇ……?」
トラルースが片目を細め、何事か考える表情をした。暫く間が空いて、口を開く。
「――じゃあ、まずは、クインとやらを追うのがいいだろうな」
「え?」
突然断言されて、アルは目を丸くした。
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