第347話 甘いお菓子と共に

 話のお供はアルの特製スイーツ各種とハーブティー。

 チョコレートにクッキー、マフィンなどの甘いものに、レモンのような爽やかな香りがするハーブティーはよく合う。


 先に用意していたお菓子は、いつの間にか全てをブランに食い尽くされていたのだから、アルは呆れるばかりである。

 この狐、大量に食べるだけでなく、かなりな早食いなのだ。


「ブラン、これは、僕たちも食べるものなんだからね? 分かってるよね?」


 アルが念押ししても、ブランはどこ吹く風と言わんばかりに聞き流している。思わず頬が引き攣った。


『お! このチョコレートは新作ではないか?』

「……それ、僕が食べたくて作ったんだよね~。残念、ブランの分はありませ~ん」


 ブランが目敏く見つけたチョコレートを、その鼻先で奪い取る。もともとがアルのものなのだから、奪うという表現は正しくない気もするが。


 ちなみに、このチョコレートは、蜂蜜漬けしたドライフルーツとナッツを混ぜたもので、アルの自信作である。前にも似たようなものを作ったが、フルーツとナッツの種類を変えてみた。


『なっ!? アル、それはひどいではないか!』


 愕然とした表情で固まるブランを横目に、アルはチョコレートをトラルースに配る。


「――トラルースさん、どうぞ」


 アカツキからもらったカカオ(もどき)はダンジョンの創造力で創られたものだからともかくとして。他の素材は自然由来のものばかりだから、精霊であるトラルースにも気に入ってもらえると思う。


 期待して渡すアルに、トラルースは苦笑気味だ。


「ありがとう。だが、俺を引き合いに出して、それをいじめるのはほどほどにしろよ?」

「程度は心得てます」


 アルの狙いはトラルースに完全に読まれていた。

 軽く肩をすくめて答え、ブランをチラリと見下ろす。


「――ブランも、分かってるよね」


 ブランがムスッとした顔をしながらも、渋々と頷いた。二度目の念押しは、ちゃんと効いたようだ。

 やはり、ブランを操るには、食べ物が一番効果的である。ブランを暴走させるのもまた、食べ物ではあるのだが。


『……独り占めしなければよいのだろう。分かったから、我にもそれをくれ』


 取られたチョコレートを諦めきれない様子のブランに、アルはクスリと笑う。


 アルの分からいくつか取り皿に載せてやると、ブランは尻尾を揺らして見るからに嬉しそうな様子になった。

 思うがままに食べられないと悟り、大事そうに口に運ぶ。


『――う・ま・い!!』

「声でけぇな。……いや、思念だから、強いというべきか」


 吠えるように感激を表したブランに、トラルースが少し引いた顔をしていた。

 まだ付き合いが長くないから、ブランの感情表現に慣れていないのだ。精霊の交流の狭さや感情の起伏の少なさを考えると、ブランの様子に戸惑うのは当然かもしれない。


「気に入ってもらえたなら良かった。――うん、美味しい」


 味見はしていたものの、改めてチョコレートを食べると、濃厚な甘さの中に、ドライフルーツの酸味があり、いくらでも食べられそうな味わいだ。ドライフルーツの弾力とナッツの歯応えがあって、食感も楽しい。


 内心で自画自賛しているアルの前で、トラルースがチョコレートを口に運び、目を見張った。

 普段は硬い顔つきであることが多いが、その雰囲気が少し和らいでいる。どうやら、お気に召してもらえたようだ。


「美味いな」


 ポツリとこぼされた言葉に、全ての感情が籠っていた。

 アルは嬉しさを噛み締めながら、話の水を向ける。今はただのお茶会をしているわけではないのだ。


「それで、帝国やマルクトさんのお話は」

「あぁ……そうだったな」


 チョコレートに意識を奪われていたトラルースが、ハッとした様子で顔を上げる。

 そして、面倒くさそうな表情で、説明を始めた。


「――とりあえず、まずは、帝国について話すか。マルクトのことも、関係してるしな」


 そう前置きしてトラルースが言うには、どうやら帝国の動きが、精霊にとって看過できないものになってきているようだ。


「精霊の務めは色々あるが、そのひとつが、世界の魔力の監視だ。厳密に言うと、魔力量と魔力の穢れの程度の確認だな。世界の魔力量は、何事もなければ、基本的に増減することはねぇ。だが、時に、それを乱す存在がいるから、確認して、必要ならば介入する。そして、穢れが自浄作用が追いつかないほど増えた場合にも、精霊は動く」


 話を聞きながら、アルは何度か頷く。このあたりの話は、これまでに聞いたことがある。


「魔力量に変化を起こす要因というのは、例えば、悪魔族が一部地域の魔力を消失させる行動とかですね?」


 かつてレイに聞いた兵器を念頭に置いて確認する。

 トラルースは眉を顰めながらも、「ああ」と頷いた。


「穢れというのは、魔力が魔法により使われて、生じるもの。自浄作用は、この魔の森や精霊の森が担っている役割のことでいいですね?」

「そうだ。空気中の魔力の穢れが増えると、その浄化のために魔の森の範囲が拡大する。それでさえ対応できなくなると、精霊が直接動くことになる」


 トラルースが加えた補足に、アルは嫌な予感を覚えた。

 思わず目を細め、トラルースをじっと見つめる。


「……精霊が、直接動く……」


 アルの脳裏に浮かんだのは、マルクトの姿だった。

 引きこもりの精霊が、こんな辺境までやって来るのには相当な理由が必要なはず。そして、穢れの異常な増大は、その理由になって不思議ではない。


 そして、今話していることは、帝国についての話だと前置きがあったことを考えると、トラルースが言おうとしていることに、なんとなく予測がついた。


「――もしかして、帝国がなんらかの魔法により、空気中の魔力の穢れを異常に増大させ、その対応のために、マルクトさんが魔の森に浄化の魔法を施したのですか?」


 心持ち低めた声で尋ねる。

 そうでなければいいなと思いつつ、この予想は外れないだろうという確信もあった。


「その通り」


 トラルースが心底馬鹿馬鹿しそうに、吐き捨てるように言う。

 アルはドッと疲労感が押し寄せてくる気がした。


『帝国の連中は、バカか?』


 ブランが手や口をチョコレートで汚した状態で、呆れたように言う。

 帝国も、こんな子どものような振る舞いをする者に馬鹿にされたら、さぞかし落ち込むことだろうと、アルは現実逃避するように考えた。


「……いったい、帝国はどのような魔法を?」


 気を取り直して尋ねるアルを、トラルースが疑わしげな目で見つめる。


「それを教えるのはいいが、間違っても、自分でも使ってみようなんて思うなよ?」

「その確認は、さすがに傷つきます。僕は、きちんとした倫理観を持ち合わせているつもりです。それがいけないことだと分かっていて、使うなんてことはしませんよ」


 これだけは理解しておいてもらいたいと、アルが語気を強めて主張すると、トラルースは気まずそうに目を逸らして頬を掻いた。


「……だよな。わりぃ。どうにも、人間の身勝手さにムカついてたもんでな」


 言い訳のような言葉をボソボソと呟くトラルースを、ブランがじろりと睨む。


『アルに八つ当たりするんじゃない』

「まぁまぁ……トラルースさんの気持ちも、分からないでもないし」


 アルの代わりにブランが怒ってくれるのは嬉しい。だが、アル自身、これまでの人生で嫌というほど、人間の身勝手さは見聞きしてきて、それを厭わしく思うようになっていたから、トラルースを責める気にはならなかった。


 ブランの口元や手をハンカチで拭いながら、アルはトラルースに視線を向ける。


「――それで、使われた魔法というのは、どういうものなのですか?」


 改めて問われたトラルースは、再度謝るべきか迷った様子だったが、アルがあまりに気にしていない様子を見てとって、軽く肩をすくめて口を開く。


「……空気中の魔力を一時的に活性化させて、爆発させる魔法だ」


 アルは一瞬、トラルースの説明を理解し損ねる。

 そして、理解した後には「は……?」という困惑の声が漏れた。それくらい、アルにとっては愚かというしかない魔法だったのだ。

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