第344話 新たな探索へ

 サクラが送別会で用意してくれた料理の数々は、半分ほどが予定通りアルのアイテムバッグの中に収まることになった。

 ブランはまだまだ食べられる様子だったが、「旅の途中での楽しみに残しておいたら?」というアルの提言で、我慢してくれたからだ。


 ちなみにブランが一番楽しんでいたトロ牛の煮込みは、サクラが言った通り、トロトロでプルプル、口の中でほどけるように消えていき、旨味だけが残るという、至上の味わいだった。

 ブランの至福の表情も納得の美味さだ。


 煮込みを食べきってしまったのは残念だが、サクラが抜かりなく、トロ牛の肉の塊を用意して渡してくれたため、今後色んな料理で使えそうである。


 楽しさの中に、寂しさが滲む送別会の翌日。

 アルはアイテムバッグを手に、荷物の最終確認をした。傍では、アカツキたちが名残惜しそうな表情で、アルの作業を見守っている。


「――食材はたっぷりあるし、日用品も準備した。魔道具の整備は終えたし……準備万端」

『そうか、では行くか』


 荷物の確認を終えたアルが立ち上がると、ブランが散歩にでも行くかのような軽い言葉で、アルの肩に跳び乗ってくる。


 アルたちが感じている寂しさは、ブランには存在していないのかと、僅かに疑ってしまった。だが、どこか平静さを取り繕ったような表情を見て、アルは肩をすくめる。


 ブランは、寂しさを素直に面に出すほど、可愛い性格はしていない。少し捻くれているところが、魅力ともいえるが。

 アルは、素直ではない相棒を、微笑ましく見つめる。


「そうだね、行こう」


 旅立つのは、以前と同じ門から。転移魔法でも、コンペイトウを使えば外に出られるが、ヒロフミ曰く「門の方が安全」ということなので、その言葉に従った。


「気をつけてな。何かあれば、それで連絡を」


 ヒロフミが声を掛けてくる。それ、と言って指さしたのは、アルの腰元にある魔道具だ。


 この魔道具は、アルが使う転移箱とは違い、これ自体が文字を送信できるというもの。キーボードというもので文字を打ち込むのに少しコツはいるが、慣れれば大変便利である。

 異次元回廊と外との間での連絡には、少し時差が生じてしまうのはどうしようもないようだが、一切連絡が取れないよりは遥かにマシである。


 アルたちは、外で得た情報と異次元回廊内で解読した情報を、絶えず交わすことを決めていた。もちろん、近況報告にも使うが。


「分かりました。随時ご連絡しますよ」

「クインと早めに合流できるといいんだけど」


 心配そうに呟くサクラに、アルは肩をすくめて、ブランを横目で見る。


「……それは、ブランの能力を頼りにするしかないですね」

『魔の森は、我にとっても、少々探りにくいものなんだがな……』

「でも、探してくれるんでしょ?」


 アルが念押しするように尋ねると、ブランは無言で頷いた。ブランとしても、クインとの合流は望ましいものなのだろうから、否やがあるわけがない。

 外に出てからは、森において感知能力が高まる性質を使って、ブランにクインを探してもらう予定だった。聖域に行くにも、遺跡を巡るにも、クインの案内がある方がいいので。


『……我らの行動を、ここで大人しく待っていてくれれば、こんな手間は掛からなかったというのに』


 一足先に外へと飛び出していったクインへの恨み言を呟きながら、ブランがため息をつく。

 正直アルも同感だったため、苦笑して聞き流した。


「アルさん、ほんと、気をつけてくださいよ? なんかあれば、俺のダンジョンに行って、上手く使ってくださいね」

「それは食糧確保という意味ですか?」

「うん、まぁ、それくらいしか使えない? いや、追手とか、撒くのにも良いんじゃないかなと思うんですけど」

「あぁ、そうですね。その時は、使わせてもらいます」


 心配そうなアカツキの言葉に頷く。

 悪魔族に狙われているヒロフミたちほどの危険性はないが、アルもグリンデル国や帝国から追手が放たれている可能性があり、注意が必要だ。


 アカツキのダンジョンは特殊な空間で、国宝級の探知用魔道具でも、その内部を探知することはできない。だから、逃げ場所としては最適なのだ。アルの転移魔法で気軽に行き来できるというのも、利点として大きい。


 極力人里には近づかないようにすると決めているので、アカツキのダンジョンの食料の豊富さも、魅力だった。

 肉や魚の類は魔の森でも十分に得られるが、調味料や野菜などは、やはり人の手が掛かったものの方が美味しい。食料の準備はしてあるが、ブランの食欲を考えると、少し不安があったので、アカツキの提案は非常に嬉しい。


「あぁ……もう着いちゃった」


 名残惜しげに会話しながら歩いていたアルたちの前に、転移門が現れる。そこを通るだけで、外の世界に行けるのだ。

 つまり、もう別れの時である。


 寂しげに呟いて足を止めたサクラに微笑み掛け、アルはアイテムバッグを背負い直した。


「寂しいですけど、もう行きますね。成果を待っていてください」

「……ええ、楽しみにしてるわ」

「俺たちも、解読を進めとくからな。というか、アルが帰ってくる前に、全部解き明かしておく。……俺たちは大丈夫だから、アルは自分の安全だけ、ちゃんと気をつけろよ」


 頼もしい言葉をくれるヒロフミに頷き、アルはアカツキに視線を向けた。


「アカツキさん、ヒロフミさんたちの邪魔はしないように。何かあれば、連絡してくれていいですからね」

「……なんか、俺だけ、役立たずみたい」

「間違ってないだろ」

「宏、ひどい!」


 別れの間際までぎゃーぎゃー喚くアカツキに、アルは苦笑した。ブランは呆れた雰囲気でため息をついている。


『静かで快適な生活になりそうだな』

「そんなこと言わないの」


 憎まれ口を叩くブランを軽く咎め、アルはアカツキたちに手を振った。


「――では、いってきます」

「いってらっしゃい!」

「またな」

「う~、さびしいぃ~……」


 泣きそうな顔をしているアカツキに微笑み、アルは門へと足を進めた。このまま話していては、一向に離れられない気がしたのだ。


 門を通った瞬間に、声が消える。

 一瞬の沈黙の後に押し寄せてきたのは、森の木々が風に揺すられる音、魔物の声、命の気配だった。


 アルの感覚ではさほど長い時間離れていたわけではないのに、やけに懐かしく感じる魔の森だ。


「――帰ってきたね」

『うむ。久しぶりに、二人きりだな』


 頬を撫でる風が、僅かにひんやりしている。下草には朝露が光り、魔の森は時が経つごとに明るさを増していった。

 今は早朝らしい。静けさが心地よく、それでいて、物寂しげにも感じられた。


「二人なのも嬉しいけど。早速、クインを探してみてくれない?」


 朝露を払うように歩き出しながら、ブランに頼む。

 これからの予定は目白押しだ。

 まずクインとの合流を目指しながら、精霊の森に向かう。どこでクインと出会えるかで、その後の予定の順番は変わるが、聖域に遺跡にと、赴くべき場所は世界全土に広がっている。ただのんびり旅をするわけにはいかない。


『……むぅ。少なくとも、この近辺の森にはいないようだ』


 暫く間が空いた後、ブランが残念そうにぼやく。

 アルは「そうそう上手くはいかないか」と呟きながら、向かう先をトラルースが住む家にすることにした。

 帰ってきた挨拶と、精霊の森への訪問を手助けしてもらえないかと願うためである。


「――いろいろすることはあるけど、これから暫くは、また旅を楽しもうか」

『うむ、我が酷使されそうな気がするが』

「それは、まぁ……遠くに行くなら、ブランの足は便利だから」

『我は馬車ではないというに』

「その数十倍、ブランは凄いよね。頼りにしてるよ」

『……そうか?』


 ちょっとおだてただけで、ブランが少し嬉しそうにしていたので、アルはその単純さに笑いそうになるのを堪えた。


 ――これから始まる世界を巡る旅。どんな発見があるか、楽しみである。

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