第343話 送別会
今後の方針を決めた翌日には、アルを送り出すための送別会が行われた。
アルはクインほど慌ただしく出立するつもりはなかったし、どうせなら街の方で食材を仕入れておきたかったので、「二日後に外に行く」と言ったところ、サクラが用意してくれたのだ。
「――こんなに豪勢にしていただかなくても良かったんですよ?」
『ここは楽園だ!』
影
知識の塔の外にある広場に、普段とは違う大きなテーブルが置かれている。その上に並ぶ料理は、多種多様だ。
肉や魚を煮込んだり炒めたりした基本的な料理はもちろん、サクラの郷土料理の類や、一目では何か分からない見慣れない料理まで。
どれほどの時間と手間をかければ、これほどの数を作れるのかと、アルは引き攣った笑みを浮かべてしまう。正直に言えば、大量の料理から感じられるサクラの熱意が強すぎて、引いた。
「ほら、アルさんに調査を頼むのは、やっぱり私たちのためでしょう? 外にお供するのは逆に迷惑になるみたいだけど、だからって、何もしないというのはちょっと……」
サクラが目を逸らしつつ、頬を搔く。泳いだ目を見るに、サクラ自身やりすぎたと思っているらしい。
「まぁ、桜のせめてもの詫びと激励の印だと思って、受け取ってやってくれ」
呆れた表情のヒロフミが、肩をすくめつつサクラをフォローするように告げる。
「――幸い、残ったとしても、アルのアイテムバッグを使えば、後日でも食べてもらえるんだし」
「ああ……旅で疲れている時とか、とても役に立ってくれそうです。それはありがたいですね。……残れば、の話ですけど」
ヒロフミに向けた微笑みが歪んだのは、ブランが一目散にテーブルに飛びついたのを見たからだった。
アルが普段用意する料理を遥かに超える量だから、まさかとは思う。だが、ブランならば、全て食べ尽くしてしまうのではないかという疑いが、生まれて消えなかった。
「……いや、そうなったら、そうなったで……サクラは喜ぶだろうが……」
才気煥発なヒロフミをして、ブランの食欲は予想できない範囲らしく、答える声は曖昧に途絶える。
アルは僅かに目を座らせて、煮込み肉が盛られた大皿に顔を突っ込もうとしているブランの首を掴んだ。
「ブラン、お行儀が悪いよ。皆で食べるものなんだから、ちゃんと取り分けてからにしないと」
『これは、我のものにする!』
「勝手な独占宣言は受け入れません」
足をバタバタ、尻尾をバサバサ。首根っこを掴まれたブランが、なんとか逃れようと暴れていても、アルは手の力を緩めず、テーブルから離す。
ブランを捕まえるのは、もう慣れたものだ。誇れる技能ではないし、むしろ情けない気分になるが。
「美味しそうな物が並んでますねぇ。ブラン、俺が取り分けてあげますよ!」
『その皿、まるごと我に持って来い!』
アカツキが取り皿を手にテーブルに向かうが、アルに掴まれたままのブランの要求は、まったく変わることがない傲慢なもの。よほど煮込み肉に魅力を感じているらしい。
「……この煮込み肉、そんなに美味しいのかな」
「一級品のお肉を使っているのは間違いないわね。ブランがお肉好きだから、色んな魔物を検索して、見つけ出したのよ。トロ牛っていう魔物で、名前の通り、煮込むととろけるような肉質になるの。今回は赤ワイン煮込みにしてみたけど、シンプルに塩煮込みにしても美味しいんじゃないかな」
「へぇ、それは、僕も食べてみないと」
サクラはわざわざブランのために、選りすぐった肉を用意してくれたようだ。
美味しいものに敏感なブランが、そのこだわりを察知して執着したのは、さほど不思議ではない。
ただ、その執着が、アルたちの興味と食欲を誘うとは、ブランはまったく予想していなかったのだろう。
アルだけでなく、ヒロフミやアカツキも興味津々の表情でトロ牛を取り分け、大皿の上の肉はみるみるうちに減っていく。
『我の肉ぅーっ!』
「ブランの分も取り分けてあげてるから。というか、残りは全部あげるって」
あまりに悲愴な嘆き声を上げるので、アルは可哀想になってきてしまって、大皿ごとブランの前に置いてやる。全員分を取り分けた後であっても、大皿の上には煮込み肉が半分ほど残っていた。
『……むぅ、仕方あるまい。だが、他の料理も、さっさと寄越すんだぞ!』
アルが出したいつも通りのテーブルの上で、ブランが不満そうな顔をしながらも、新たな要求をしてくる。
その要求は分かりきっていたものだったから、アルは肩をすくめて聞き流した。
「わんこそば状態になりそうですね」
微笑ましいのか、それとも呆れているのか。よく分からない微妙な笑みを浮かべたアカツキの横に立ち、アルは苦笑する。
「いつものことです」
「今日はアルが主役なんだから、給仕は暁に任せて、楽しんだらいい」
ヒロフミがアカツキを肘で小突き近づいてきて、アルにグラスを渡す。淡い黄色をした飲み物は、シュワシュワと泡が立ち、華やかな香りがした。
「これは?」
「アプルで作った炭酸ジュース。シードルのノンアルコール版」
「へぇ……いい香りですね」
グラスに鼻を近づけ、炭酸と共に溢れ出す瑞々しいアプルの甘い香りを楽しむ。
なんだか優雅な気分になっているアルの横では、アカツキが嬉々とした表情でヒロフミの腕を掴み揺さぶっていた。
「宏、俺はアルコールがいい!」
「飲みたきゃ勝手に飲め! アルが作ってくれた果実酒もそこにあるだろ」
ヒロフミが邪険にアカツキの手を振り払いつつ、テーブルの端を指さす。そこには、アルが時の操作をして作った果実酒が並んでいた。
「果実酒は、アルさんがいなくなったら、補充できないかもしれないじゃん。大事にしなきゃ」
「……時間をかければ、普通に作れるけど?」
「あ、まじ? じゃあ、作って!」
「お前が作れよ」
わいわいと賑やかに話している二人を見て、アルはクスリと微笑む。
こうしたやり取りを、これから暫く見ることがなくなるのだと思うと、不思議と寂しさが胸に押し寄せてくる気がした。アルはブランと二人で静かに旅をするのを好んでいたはずなのに。
「はいはーい、ケンカはやめなさーい。グラスを持って、乾杯よ」
サクラが二人のやりとりに割って入り、アカツキにグラスを押し付ける。もともとヒロフミは自分の分のグラスを持っていたから、これで全員が飲み物を手にしたことになる。
ちなみにブランは、乾杯してから食事という流れを無視して、既に料理を頬に詰め込んでいた。
美味しそうに、至福の表情で味わっているから、文句を言う気が失せる。だから、アルは見なかったことにして、ヒロフミたちに向き合って、グラスを掲げた。
「――では、アルさんの次なる旅が、順調に進むことを願って!」
「かんぱーい! がんばってくださいね!」
「安全第一で、元気でな」
「乾杯。――ありがとうございます」
それぞれから言葉を受け取り、アルは微笑んでグラスを傾ける。
アプルの炭酸ジュースは、甘さとほのかな苦味がよく調和して、大人の味わいだった。
「あぁ、そうだ。旅の間、暇な時もあるだろうから、【
「え!? いいんですか、ありがとうございます!」
ヒロフミが思い出したように取り出したのは大量の本で、どれも手書きのもの。アルのために用意してくれたのは間違いない。
まだヒロフミから学び終えていないことは、アルも密かに気にしていたから、これ以上なく嬉しいプレゼントだった。
ホクホクとした顔でアイテムバッグに本を仕舞い込むアルを、ブランが呆れた表情で見ていた。アルはその表情に気づいても無視したが。
「……アルさんがいないの、結構寂しくなりそうですねぇ……」
ポツリと呟いたアカツキは、これまで長く共にいたアルがいなくなることへ、人一倍寂しさを感じているようだ。
僅かに沈んだ表情を見せるアカツキに、アルは微笑み「僕も寂しいです」と返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます