第340話 話の整理
謎がひとつ解けたと思えば、また生まれる。
「――ひとまず、話を整理させてもらってもいいですか?」
それぞれが困惑しながら思考に耽っている状況を見て取り、アルは提案した。
部外者であるからこそ、アルは感情に流されず、客観的に情報を捉えられると思うのだ。
「そうだな。頼む」
ヒロフミもアルの提案を有益と考えたのか、即座に返事がくる。サクラたちのリーダー的立ち位置であるヒロフミが決めれば、他の二人も無言で頷くだけだ。
「時間系列で整理します。アカツキさんが、指輪の形の雲を見たのは、いつ頃ですか?」
「いつ頃!? そんなの、分からないっす……」
申し訳なさそうに口を閉ざすアカツキに、アルは頷いて返す。一応確認しただけで、明確な答えが返ってくるとは思っていなかった。
「では、とりあえず、それを、奇妙な風が吹き始める前の頃だと仮定します――」
前提を述べ、続けて話を整理していく。
まず、アカツキがぼんやりと雲を眺め、そこに指輪という形を見て取った。
雲は風の影響を受けて形を変えるものであるはずだから、この指輪という形が生まれたこと自体が、奇妙な風の仕業だと考えることができる。
その後、奇妙な風は知識の塔の中にも吹き込み、テーブルの上に置いていた紙をさらって、床の上に魔法陣らしき図を生み出した。
これは、ブランが崩そうとしても無理だったため、明らかに何かしらの意図があって作られたものだと思われる。
「――これが、今日の短時間で起きた出来事です」
簡潔に現象に関してまとめたアルは、続けて、現象の原因と思われる奇妙な風について、考察をする。
「では、この場合の奇妙な風とは、何によって生じたのか。――異次元回廊の管理人であるサクラさんたちが関与を否定している以上、本来ならば一人しかいません」
「本来ならば?」
不思議そうに口を挟んできたアカツキをちらりと見た後、アルは軽く頷く。
「ええ、そうです。僕は元々、奇妙な風は、アテナリヤの仕業なのではないかと思っていました」
「……あっ! そうっすね。異次元回廊の管理人は桜たちだけど、実際のところそれは、代理人という立場にすぎないわけで……今現在も、正式な管理人はアテナリヤってことですね」
深く納得を示すアカツキの横で、ヒロフミとサクラが視線を交わして難しい表情をした。
「……そのことについては、私としては、少し言いたいことがあるけれど、まずはアルさんの考察を続けてくれる? つき兄が疑問に思ったように、アルさんは今、現象の原因をアテナリヤに限定していないということでしょう?」
「はい」
サクラの「少し言いたいこと」というのが、アルは気になったが、言われた通り今は話を続ける。
「――まず、アカツキさんが雲に指輪の形を見て取ったということが、少し気になったんです。わざわざその形をアカツキさんに見せたということは、それは何かしらの意思表示。それができるのは誰か?」
「誰って……」
アカツキが口籠もった。アルはその表情に戸惑いがあることは分かっていたから、返事は求めず淡々と言葉を続けた。
「そもそも、アカツキさんにとって、指輪が意味を持つのだと、知っている人物でなければ、わざわざそんな現象を起こす意味がないですよね。ヒロフミさんたちは、お二人の他に、そのことを知っている人に心当たりはありますか?」
アルが視線を向けた先で、ヒロフミとサクラが眉を寄せて目を合わせた。
「……俺たちの両親。あと、亡くなった彼女の家族も、知っているかもしれない。他は、誰も知らないはずだ」
「その中で、この世界に来た人は?」
「いない」
端的に返ってきた言葉に頷く。これまでヒロフミたちから、家族の話が出たことがなかったため、この世界にいないことは予想していた。
「では、亡くなった彼女は、アカツキさんが指輪に特別な思いがあることを知っていたのですか?」
「……どうだろう。二人で選んだはずだから、彼女にとっても、暁にとっても特別であったはずだが」
ヒロフミの言葉が曖昧さを含み、声音が僅かに硬くなる。アルが言いたいことを理解しているのだ。
「それならば、現象の原因として挙げられるのは、アテナリヤの他に――アカツキさんご自身と、その亡くなった婚約者さんの三人ということになりますね」
アカツキが目を見開き、ぽかんと口を開ける。
その驚きは、自分の名前が挙げられたからか、それとも記憶になくとも愛情を抱いていたはずの女性の存在が挙げられたからか。アルには判断がつかない。
アカツキの横で、サクラが難しい表情で首を傾げる。
「……それは、彼女が亡くなった後に、この世界にやって来た可能性があるということ? 先読みの乙女みたいに、魂――霊魂と言った方が適切かもしれないけれど――そういう状態になって?」
サクラの言葉は、アルが想定していたものとは少し違っていた。だが、考えてみれば、その可能性もあるのだろう。
納得して頷いたものの、アルは別の考えを提示する。
「それもありえますが、僕としてはまず、皆さんより先に、彼女の方がこの世界に来ていた可能性を考えました」
「彼女の方が先に……?」
不思議そうに反復するサクラの横で、ヒロフミが鋭く息を吸い込む。アルが言わんとしていることをすぐに理解したようだ。
「……亡くなる直前にこちらの世界に転移させられた、と? だが、遺体は……」
「もちろん、皆さんが元の世界で彼女を弔ったことに違和感を持っていないなら、サクラさんがおっしゃったように、魂あるいは意思がこの世界に渡ってきたという方が自然でしょうね」
「……そうだな。そうなると――」
ヒロフミが眉間に皺を寄せて考え込む。アルの言葉に何を見出したのか、思考をさらに発展させているようだ。
何を考えているのか気になるが、アルは呆然としたままのアカツキに視線を向け、話をまとめる。
「今回の現象が、アテナリヤによるものであれば、アテナリヤはアカツキさんが指輪というものに、強い感情を持ちうると知っている可能性が高いです。アカツキさんに指輪と言わせることで、ヒロフミさんたちに、何らかの意思を告げようとした」
アルは人差し指を立てて示した後、親指も立てる。
「次に、今回の現象がアカツキさんによるものであれば、無意識の内に、異次元回廊の環境設定に干渉したという可能性が高いです。アカツキさんは、一時的に、この異次元回廊の管理人になっていたのですから、干渉することは不可能ではないでしょう。そして、その行動は無意識であるがゆえに、現象が意図するところは、アカツキさんにも分からない」
続いて、三本目の中指を立て、アカツキに驚愕をもたらしただろう考えを述べる。
「最後に、今回の現象がアカツキさんの亡くなった婚約者によるものであれば、彼女はヒロフミさんたちにも知られぬままこの世界に存在し、僕たちに何らかのメッセージを送ろうとしているということになります。そして、それを可能とする能力を持っていると推定することができる」
話し終えた後、下ろした手をブランの頭にのせた。ふわふわとした感触を楽しみながら撫でる。
人の心に立ち入るような話は、少しばかり気鬱になる。疲れた心がブランの温かさを求めていて、ブランはそれを察したように大人しく撫でられていてくれた。
「……それなら、俺たちが、彼女の名前を思い出せないことも、そこに理由があるのかもしれないな」
戸惑った表情で固まるアカツキの横で、ヒロフミが口を開く。即座に「どういうこと?」と尋ねるサクラを見て、肩をすくめた。
「――彼女が俺たちの記憶を封じているのか、あるいは何者かに封じられていることに気づいて、思い出させようとしているのか。どちらにせよ、ここで彼女の存在を考えることになったのは、俺たちの望みを叶えるための、手がかりになる可能性が高い」
ヒロフミが、机の上に置かれたままの、魔法陣らしき図が描いてある紙を指で弾いた。
アルはヒロフミを見つめて頷く。
「彼女に関しての手がかりが少なすぎます。まずは、この図を解析しましょう」
その提案をサクラたちが受け入れ、動き出す中で、アカツキは難しい表情で固まっていた。
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