第336話 賑やかさの裏にあるもの

 サクラをクインとアルが手伝い、昼食が完成した。サクラ曰く、ジャンクフードらしい。


「……いや、明らかにジャンクフードじゃないのもあるけどな」


 呆れた顔でヒロフミが言う。その目は、テーブルの中央に置かれた平たい大鍋に向けられていた。

 黄色いコメの上に、鮮やかな色合いの野菜や海鮮が並んでいる。匂いからして、食欲をそそるもので、アルは密かにそわそわとしていた。


『旨そうだな……肉がのっていないのが残念だが』


 ブランも期待に満ちた声を零して、謎料理を見つめる。

 サクラが胸を張って頷いた。


「美味しいに決まっているでしょ。私特製のパエリアなんだから」

「ジャンクフード宣言は、どこ行った?」

「それはそれ、これはこれ。なに? 食べたくないの?」

「……食べたいけどさ」


 にこりと笑うサクラに、ヒロフミがあっさりと負けた。静々と差し出された取り皿に、サクラはパエリアを見栄えよく盛っている。


「結構な多国籍料理になったなぁ」


 ヒロフミと違い、一切文句を言わずに、ほくほくとした顔のアカツキが、テーブルの上の料理を眺めて呟く。


「――ハンバーガー、フィッシュアンドチップス、パエリア、ピザ、パスタ……こっちの肉の塊は何?」

「ローストビーフ」

「明らかに、ジャンクフードの定義から外れてるもんばかり」


 なおも呆れて言うヒロフミの頭を、サクラが軽く叩く。


「美味しければいいの!」

「いや、俺もいいんだけどさ。なら、ジャンクフード宣言をするな、と」

「なんでそんなにこだわるの」

「心構えが変わるから」

「……あぁ、それは何となくわかる。ハンバーガー食うぞ! って気分の時に、高級レストランのハンバーグステーキとパンを出されたら、なんか違うってなるもんな」


 ヒロフミにアカツキが同意を示し、サクラは納得がいかない表情ながら、聞き流すことにしたようだ。

 アルはそもそもジャンクフードがどういうものか、いまいち把握していないから最初から気にしていない。ブランやクインもそうだ。


「では、いただきます」


 口々に挨拶をして、好みの物を口に運ぶ。アルとブランは真っ先にパエリアを選んだ。


「……美味しい!」


 コメにしっかりと魚介の旨味が染み込み、噛むほどに味わい深い。味付けがシンプルだからこそ、のせる具材で色んな変化を楽しめそうな料理だと思った。


『うむ。肉をのせて食うのも旨そうだ』

「そういう作り方のパエリアもあるわよ。今日はこれで我慢ね」


 サクラがブランの皿にローストビーフを追加する。程よく薄切りにされた肉の断面は美味しそうなピンク色で、オニオンソースが絡んで見るからに美味しそうだ。

 満足げに食べるブランにつられて、アルもローストビーフに手を伸ばす。想像通りの味わいに、思わず頬が緩んだ。


「てりやきバーガーも美味しいよー。こっちのフライドポテトも色んな味作ってくれたんだな! 俺、シンプルな塩味好きだけど、この青のりも、チーズ味も好き!」

「はいはい、良かったね。ちなみに、色んな味を作ってくれたのはクインよ」


 無視していたのに、きちんとアカツキの要望通りのものを作ったように見えて、実はクイン作だった。

 サクラに言われて、アカツキが目を丸くする。


「え、クイン、飯作るの上手いね……? 魔物なのに……?」

「サクラの指示があったからこそだな。後は年の功」

『自分で言うか』


 野性的に肉を噛んでいたクインがにこりと微笑む。それをブランが半眼で見つめた。

 クインの見た目は若い女性だから、年の功という言葉に違和感を覚えたのはアルだけではないだろう。その食べっぷりにも。


「ブランは年だけ重ねて、料理はできないよね。僕が調理しているのを見ているんだから、多少上手くなってもいいんじゃない?」

『我のこの姿をちゃんと見て言え。なりが違うんだ』


 ブランが片手を挙げて、ぱぁと指を開く。確かに器用な作業は無理そうな手だ。

 アルは見えた肉球は揉みながら頷いた。すぐに鬱陶しそうな顔で振り払われたから、食事を再開したが。


「ブランも人の形をとれれば、料理をできる可能性があるわけか」


 パエリアとローストビーフの次に、ハンバーガーに手を伸ばしながら、アルは呟く。


 ちなみに、手に取ったハンバーガーはチキンフィレサンドらしい。ハンバーグじゃないのに、ハンバーガーと言ってもいいのかと、首を傾げてしまった。

 アカツキがハンバーガーの可能性は無限大だからと言ってきたが、意味はよく分かっていない。


「できるからって、やるとは限らないけどな」

「俺はできないけど、やる気だけはあったな」


 皮肉のように言うヒロフミに続き、アカツキが自虐的に呟く。アカツキは羨ましそうにクインを見ていて、魔物にさえ料理の腕前が負けてしまったことに、複雑な思いがあるようだ。


 ただ、アルからすると、アカツキは料理の腕前以前に、絶望的なくらい才能がないと思う。食べ物を非食べ物に変える才能はある。

 色々な謎を追究したがるアルをして、アカツキのその性質の理由を調べるのは困難そうだし、やる気が出ない。


「つき兄のは食べ物を無駄にするから、やる気も無い方がいいわ」

「……ひでぇ。事実だけど」


 サクラにさえこき下ろされて、アカツキはしょんぼりと項垂れた。その間も次々に料理を口に運んでいるので、落ち込んだ振りなのだろう。


『……イモ、恐るべし』


 ブランが何気なく手を伸ばしてフライドポテトを口に運ぶと、すぐに無心で貪り始めながら呟いた。どうやら口に合ったらしい。


「チーズ味?」

『うむ。旨い。というか、止めどころが分からなくなる』

「無限にいけるやつだな。でも、チキンナゲットも美味いよ?」


 ヒロフミが他の料理も勧めた。フライドポテトを食べ尽くされたくなかったのかもしれないが、ブランが満足げにチキンナゲットを食べているから、アルは苦笑するだけだ。


「油っぽいものが多いですね」

「仕方ない。暴飲暴食したい気分だったんだろ」


 アルがぼそりと呟くと、ヒロフミが肩をすくめた。その手には炭酸飲料が入ったグラスがある。油っぽい料理に合うそうだ。

 アルも飲んでみたが、確かに口がさっぱりしていい。食べ過ぎてしまう可能性が出てきた。


「やっぱり、難しい話が続いたからですか?」

「そう。自暴自棄ってわけじゃなく……まぁ、気分転換の一種だろ。イービルのこととか、俺たちは長い間追ってきたから、濃い情報が急に押し寄せてきて、戸惑ったんだろうさ」


 ヒロフミはさすがにサクラたちの心情をよく読み解いていた。聞こえているだろうサクラたちが一切反論しないから、外れていないのだろうとアルは頷く。


「これから、もっといろいろな情報が出てきそうですけどね」

「……あぁ、まぁな。クインの話は一通り終わったんだろうが、あの空間にあった文章の解読作業は、これからが本格的になるわけだし」

「異世界への転移術に関する情報が出て来るといいですね」


 アルはヒロフミたちが真に求めているだろう情報について告げる。何気ない言葉だったのだが、ヒロフミは一瞬無表情になって手を止めた。


「……そうだな。本当に、喜ばしいことだ」

「ヒロフミさん……?」


 アルの言葉を言い換えただけのように聞こえるが、それ以上の意味が込められているように思えた。

 賑やかに食事をしているサクラたちとは対照的に、ヒロフミは何かを憂えたように、僅かに目を伏せて食事を続ける。アルの疑問の声に答える気配はない。


「……俺の最悪の予想が外れていることを祈るしかないな」


 ぼそりと呟かれた言葉は、アカツキの笑い声に遮られて、アルの耳にはほとんど届かなかった。

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