第333話 先読みの乙女とは
初代先読みの乙女。
それは確かに気になる存在である。クインが特殊と言うくらいなのだから、重要な情報を持った人物なのだろう。
アルたちは無言でクインを見つめる。視線で話を促されたクインは、一つ頷き、地下に生きる者たちから聞いた情報を思い出すように目を伏せた。
『吾は先読みの乙女の情報について、現在から遡って辿った。だから、初代というのは、吾の憶測にすぎない。その前の先読みの乙女の情報がなかったから、吾はその情報が初代のものなのだろうと判断しただけだ。――まぁ、情報を考えても、初代であるのは間違いないと思うが』
念入りに前提を述べるクインに、アルは少し焦れったくなってくる。早く肝心な情報を聞きたいのだ。
アルのそんな思いが眼差しに滲んでいたのか、僅かに目を上げたクインと視線が合うと、静かに苦笑された。頑是ない子どもを慈しむような雰囲気でもある。
「それで、その情報ってのは、なんなんだ?」
自分を子どもっぽく感じて言葉を呑み込んだアルを、ヒロフミはまったく気に留めない様子でクインを促した。
ヒロフミはアルと違い、ただ好奇心に突き動かされるというよりも、真実を己の目で見極めようとしているかのように、鋭い眼差しだ。
『……うむ。地下に生きる者が語ったことを、そのまま話そう』
一拍おいたクインが、再び目を伏せて言葉を続ける。
『【私は分かたれし魂。神が捨て去りしもの。未来を知った神は、逃れがたき
クインの言葉が途切れた後、暫く沈黙が続いた。それぞれが思考の海に沈んでいるのだ。
アルも、初代の言葉の分析に集中していた。思いがけない真実が、その言葉に籠められているように感じて、落ち着かない心地を必死に静める。
「……神が捨て去り、分かたれた魂……これはどう解釈すべきだと思う?」
ヒロフミが唐突に口を開く。眉を顰め、情報の解釈に苦しんでいるのが伝わってきた。先ほどまでと同様に、一文ずつみんなで分析するつもりなのだと、その言葉で察する。
だが、アル以外の者は、その一文目から理解できていない様子で、口を閉ざして互いの顔を窺っていた。
「――アル、何か気づいたことがあるな?」
一人だけ様子が違うことに、ヒロフミはすぐに気づいた。アルはまっすぐ向けられた視線を受けて、目を伏せる。
なんとなく言葉にするのがはばかられたが、このままでいいわけがないと、アル自身気づいていた。
「……以前、精霊の王と話している時に聞いたことがあります。神は感情を捨て去った、と。世界を創り出した時、神は人間のような感情を持っていて、それゆえ命あるものを慈しみ、生きた森を創って、命あるものの健やかなる発展を望んだようです。……ですが、ある時、感情を持って世界を見守ることが苦しくなり、それを捨て去った――」
アルの言葉に、アカツキが「あ……」と小さな声を零す。
その話を聞いた時、アカツキも共にいたのだから、心当たりがあって当然だ。だが、アカツキの声には、それ以上に深い納得の思いが滲んでいた。
「捨て去ったもの、というのは共通ですね」
「……共通というより、同一と見做すべきだと、アルは思っているようだな?」
アカツキに続いて、ヒロフミがアルの考えを明確にする。サクラが戸惑ったように「え……?」と呟き首を傾げた。
アルはサクラをちらりと見た後、ブランへと視線を落とす。ブランは真剣な眼差しでアルを見上げていた。
「……はい。感情というものは、普通、そう簡単に捨てることはできないでしょう? その後の神の様子から考えても、一種の人格の欠落と言えるのではないかと思うのです。そして、先読みの乙女の魂もまた、一つの人格を遥か昔から継いでいるもの」
ブランの頭を撫で、その眼差しに背中を押されるように、アルは核心を口にする。
「――先読みの乙女は、神の人間らしい感情の源である魂なのではないかと思います。それならば、少し納得がいくことがありますし」
「その能力だな」
ヒロフミがすかさず言葉を続ける。アルはただ頷いた。ヒロフミの脳内で、あらゆる可能性を吟味しているのが、傍から見ていても分かる。
「能力って、先読みの乙女の、よね。つまり、予知?」
「だよな。……そういや、アルさんが前に、予知は神でも不可能のはずって言ってた。つまり、アルさんが常識として把握している神は、そういうのが不可能ってことだろ。そうなると、ちょっとさっきの言葉と矛盾してるような……?」
「さっきの言葉?」
黙り込むアルとヒロフミの代わりのように、サクラとアカツキが話し合う。その内容は、しっかりとアルの思考を辿っていた。
「ほら、初代の先読みの乙女が残した言葉。【未来を知った神】ってやつ」
「ああ、そうね。それは神が予知能力を持っていたことを示している言葉だわ。……つまり、どういうこと?」
そこまで来て、二人は顔を見合わせて首を傾げた。
アルは苦笑してしまう。もうすぐそこに結論があるのに、なぜ二人は気づかないのか、と。
「神はもともと予知能力を持っていた。それは、先読みの乙女に魂ごと分けられた。だから、現在の神、つまりアルが把握していた神には、確かに予知能力が存在しない。――そういうことだろ」
ヒロフミが呆れた顔で告げる。アカツキとサクラは「あぁ、そういうことね!」と納得した後に、ハッと息を飲んだ。
「……先読みの乙女は、もともと神の一部で――」
「未来を知った神は、その未来を直視したくなくて、それを知るための能力ごと、自分から切り離して――」
「先読みの乙女は、神が投げ出した使命をまっとうするために、世界を彷徨い、干渉することにした――」
「その使命は、世界の崩壊による影響を最小限にすること――」
アカツキとサクラが交互に語る。それはそのまま、初代の先読みの乙女が語ったことに繫がった。
僅かな沈黙の後に、アカツキが頭を抱えて空を仰ぐ。
「――なんて壮大な話!! 俺の頭がパンクする!!」
叫ぶような声に、アルは思わず笑ってしまった。正直同感だったが、アカツキほど素直に表現するのははばかられていたのだ。
アカツキが叫んだことで、アルの胸で渦巻いていたもやもやが薄れた気がした。
「確かに壮大だな。というか、考えてもみないことだったが、こう考えてみると、そうであるのが当然という気にもなる。神のごとく力を持つ者は、神から分かれた存在だったということだ」
ヒロフミが苦笑しながら、納得したように呟いた。先読みの乙女の常識外れの能力は、ヒロフミも解釈に苦しんでいたのだろう。神の一部だからこその能力だと考えれば、さほど違和感を覚えない。
だが、アルはヒロフミの言葉を聞いて、さらにあることに気づいてしまった。思わずきつく眉を顰めてしまう。
アルの変化に真っ先に気づいたのは、ずっと様子を窺っていたブランだった。
『アル、どうした? 大丈夫か?』
「……うん。いや……たぶん、考えすぎだと思うんだけど……」
曖昧な返事をするアルに、ブランは僅かに目を眇める。グイッと体を伸ばすと、アルの頬に顔をすり寄せた。アルの混乱を察し、落ち着かせようとしているのだ。
アルは慣れた感触に、目をパチリと瞬かせ、フッと微笑む。ブランの温もりで、思考から解き放たれた気がした。
「どうしたんだ?」
アルが落ち着いたのを見計らったように、ヒロフミが静かに尋ねる。アルはその顔を見つめ返して、そっと口を開いた。
アルの推測がヒロフミたちに与える影響はいかばかりかと考えると、話すのが躊躇いがちになってしまうのもしかたないだろう。それでも、話さないでいられるとは思わなかった。
「……先ほど、ヒロフミさんは、神のような力を持つ者は神から分かたれた存在ということだ、と言いましたよね」
「ああ、そうだが……っ!?」
アルが言う前にヒロフミが察した。まだ分かっていないアカツキとサクラに告げるように、アルは言葉を続ける。
「それと同じようなものが、他にもいますよね」
「……ああ――」
ヒロフミと目が合い、二人同時に唇が動く。
「「――……イービル」」
同じ名前が、アルとヒロフミの口から零れ落ちた。
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